第3話

すると女性は、康平の問いには答えず、 

「先週の日曜日が、命日でした。珍しくたくさん雪が積もった日……」

と、顔色も変えず窓の外に目を向けた。そこにはとけ残った薄黒い雪が積まれていた。康平も視線は雪を向いていた。ただ、それを聞いた瞬間、康平の頭の中は真っ白になった。何も見えず聞こえず、雪の方に向けた顔は、微動だにしなかった。『めいにち……』頭の中でその言葉だけが巡っていた。体の外側に反して心の内は、右往左往していた。取り返しのつかないことを口にしてしまった。女性と康平の間には時が凍って壁を作っていた。どかすのは容易ではなさそうだった。しばし沈黙の中で立ち尽くした。康平の口から絞り出すような言葉が漏れたのは、しばらく経ってからだった。

「そ、それは……。済みません。辛い気持ちを思い出させてしまって……」

 肩をすぼめ、頭を下げる康平だった。その間も時間は固まっていた。それでも、康平の気持ちを察した女性は

「なあに先生。あの子は妖精になって、今は毎日、婆ちゃんの傍で、手伝いをしているんです。だから、お婆ちゃんの修理なのに、とても上手にできているでしょ」

 と、誇らしげな顔をして胸を張った。おかげで、時間は少しずつ解け始めた。恐る恐る顔を上げた康平も、笑顔なく弱弱しくうなずいた。

 誇らしげな女性の顔を見た康平は、痛んだ服を一針、一針、丁寧に縫っている時のお婆ちゃんのその姿を想った。丸まった背中をもっと丸めて、分厚い老眼鏡で服をじっと見つめ、『今まできつかったね。痛くはなかったかい。もうじき治してあげるからね』と、声を掛けているかもしれない。その時きっと、妖精になったお孫さんと一緒に、その針を丁寧に縫い進めているのだろう。康平はその気持ちに、

“お婆ちゃん。あのポロシャツ。直ったら、もっと大切に、もっと長く着ますね。お孫さんにもそう伝えてください。そして、また妖精のおまけも願いします”

と、感謝して誓うのだった。相変わらず、元気な笑顔の女性に、先ほどのショックは徐々に解けて、康平を日常に引き戻してくれた。なんとなく安心した康平は、長居をしてしまったお詫びと、修理のお願いをして店を出た。ふと気が付くと夕焼けが、道端の薄黒い雪を茜色に染めていて、柔らかく光って見えた。その柔らかな陽射しは、お婆ちゃんと、お孫さんまで優しく包んでいるかのようだ。

学校に戻る道すがら、康平は夕日を背にして立ち止まった。遠くのあのお店は、まさに茜色に染まっていた。もう一度夕日を見ると

「妖精のおまけか。楽しみだな」

 と、ひとり言をつぶやき、微笑みながら、学校をめざした。

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『妖精のおまけ』 @kumosennin710

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