第2話
ズボンを女性から受け取ると、定位置に座り机の上に広げた。見事な出来栄えだった。いろんな色の生地が混ざって、ちょっと無理じゃないかと思われた破れが、ほとんど元通りになっている。しばらく見とれてしまった。
「これくらいでいいですか?」
そういう声に、康平はかぶりを振った。
「これくらいでなんて、滅相もない。上出来ですよ。
こんなにして頂いて」
頭を下げて、お金を払いながら再度丁寧にお礼を言うと、お婆ちゃんは台に手をつき、声を出して立ち上がった。
「こんな上等の生地は無くて、色んな糸を縫い合わせたの。だから、少し遅くなってしまって。ごめんなさいね」
康平はたまげた。そんなに手間が掛かっていたなんて。何と優れた技術だろう。するとそばにいた、先ほどの女性が
「うふ。家にはおばあちゃんのお手伝いの、妖精がいるもんで」
と、ニコッとした。
出がけに、看板をもう一度見た。『【フェアリー河野】ねえ。おばあちゃんのお手伝いの妖精か……』そうつぶやくと、ひとり微笑んで、道端のシャーベット状の雪の上から車を出した。
数日後の夕方、お婆ちゃんの技がすっかり気に入った康平は、今度は十年以上大切に着ているポロシャツを持って行った。お婆ちゃんは、自分より大きなシャツを広げて、繊維をまじまじと見つめ、ニコニコした。
「長く着ていますね」
「新しく買えばいいんでしょうけど」
そう言うとお婆ちゃんはゆっくり首を横に振り、
「気に入ったのはねえこうなるのよ。こんなに大事に着てくれると、服も嬉しいですよ。ちょっと時間かかるけど、いいですか」
首と肩と腕の、縫い合わせの所が一か所だけなので、新しく買うのももったいない気がして買えずにいた。多少の時間は仕方がないと思っていた。そんな時にまた、この前の女性が出て来た。
「あら、またご注文の依頼ですか。ありがとうございますね」
「ああ、この前のズボンを、とても上手に仕上げて頂いたので、今度は十年着ているシャツをお願いに来ました」
するとその女性は、
「今度も上手に仕上げますよ。いつものように妖精が手伝いますから……」
と、お婆ちゃんを見て微笑んだ。『今、あのことを聞いてみよう』と、康平が思った時、女性の方から看板のことを話し始めてくれた。
「そうそう、この店の名前の【フェアリー】って、格好いいって思われませんか?あれ、娘が付けたんですよ。娘も裁縫が好きで、将来はあの名前の店を、お婆ちゃんと一緒に出したいって言ってたんです」
そう言って、笑顔で話す女性に、康平は、看板が二つある理由を尋ねた。すると、
「娘は、妖精が好きでね。『衣服にも、服の妖精が宿っているから』って言って」
と、娘さんが名付けたと言う、看板のことを一方的に話し始めた。その顔は、よほど嬉しいのか満面の笑みになった。康平も、それを見て自分まで嬉しくなった。
「じゃあ、もう一つはお婆ちゃんの時代のもの、と言うわけですか」
女性はうなずくと弾けそうな笑みになり、胸を張って
「だからうちは、服を修理に出してくださる方には、【妖精の手縫い】と言う【真心】のおまけをしています」
とにこやかに言った。康平は思わず微笑んだ。
「【真心】のおまけ、ですか。何よりですね」
女性はうなずくと、『お婆ちゃんの一針、一針に、妖精の手縫いの【真心】が加わり、気持ちが縫い込まれていって仕上がる』と言うのだ。素敵な話だった。
「娘が大好きだったお婆ちゃんだから、娘の言った【服の妖精】を感じることができるんでしょう」
「好きだった、って、娘さんは現在、どこにお出でになるのですか」
康平にも娘がいて、女性の娘さんとは同じ年ごろではないだろうか。自分の娘は東京にいて、数年に一回しか会えず寂しい。この女性の娘さんも多分遠くにいて、寂しいのではないかと、つい、同情してしまった。同じ寂しさを持つ者同士だとすれば、気持ちは大いに分かる。
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