『妖精のおまけ』

@kumosennin710

第1話

クロウズ・リペア―【フェアリー河野】と言う、おしゃれな名前の店を見つけて思わず車を、雪の残る空き地に止めた。この土地では降雪はあっても、積雪は数年に一回しかない。しかし、数日前は珍しく積もった。

車を降りて入り口の方を見ると、その下にもう一枚【洋服の病院・河野】と書かれた、薄汚れた小さな看板があった。不思議に思いながら店の前に行くと、タイムスリップしたような古い店構えだった。薄いガラスに格子の入った引き戸。屋根瓦も、ずいぶん古ぼけていて、雨どいは途中が破れていた。くたびれた屋根にはまだ雪が残っている。急に不安になった。『ここでは無理だ。止めよう』と思い、引き返そうとして、何気なく店内の方を見ると、白髪頭のお婆ちゃんが、そのガラス越しにニコニコしてこっちを見ている。もう引き返せない。腹をくくって入ることにした。

「こんにちは。ここでは、こう言うの、修理できますか」

 と、気に入っていた、オーダースーツのズボンを見せた。その膝は、この珍しい積雪で転び、かぎ裂きにしてしまった。オーダーした大手百貨店に行っても、オーダーゆえの悲しさ、すでに生地がなかった。がっかりして帰る途中に、見つけた看板がこの店だった。

「大切だったのね」

お婆ちゃんは質問には答えず、ズボンを見ながらひとり言のようにつぶやいた。亀原小に勤めている、須屋康平の母親よりも少し年上のようだ。分厚い老眼鏡が、ますます不安を募らせる。店内を見回すと、かつては、洋品店だったらしく、時代物のスカートやワンピースを、マネキンに着せたままにしてある。今は、お婆ちゃんの周りだけが作業場のようである。勝手に想像していると、いつの間にか卓球台のような、長い机の端っこに、紙とボールペンが置かれ、

「三日後でいいですか。ここに、名前と電話番号を書いてください」

 と言われた。ボールペンを握り、紙を見ながら、

「よく降りましたね」

「私の若い頃は、時々積もったけどね……」

 そんな話をしながら、腹の中では

“三日後だって。そんなにすぐできるのか”

と、驚くと同時に不安になった。ただ、出がけに壁の格子を見ると、たくさん修理済みの服が掛かっていた。康平は、少しほっとした。

それから三日経った、昼休みのこと。学校に一本の電話が有った。『ズボンが出来たので今日、取りに来られるか』と言う話だった。その夕方店に行くと、この前のお婆ちゃんより、若い女性が出て来た。あのお婆ちゃんの娘さんだろうか。その手にはズボンが乗っていた。

「亀小の先生ですね。私も娘もあそこの卒業生なんですよ」

「ああ、そうか。ここはうちの学校の校区ですね」

 康平は、そこの教頭だった。女性は、人数がずいぶん減ったとか、保護者はうるさくないか、等々。よほど話し好きなのか、康平には話をさせないほどよくしゃべった。しばらくして、お婆ちゃんがゆっくり出て来た。

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