第8話

先ほどから、いろんな事象の動きが気になった博が調べてみると、確かに時間の進み方が遅い。時間だけでなく、あらゆる流れが遅い。実際の話し言葉さえ、博にしてみるとタイムラグがあった。人の動きも、見ていてイライラするほどゆっくりしている。ここに来てすぐにはそれを感じていたのか、少々ストレスだった。しかし、徐々にそのスピードがなじんでいた。

 男性の話を聞いた博は、これまでの事実を確証すべく、反転して中心地と思われる方角へ急ぎながら、AIでこの洞穴の過去と現在のあらゆるデータを照らし合わせてみた。分析結果は、驚くべきものだった。洞穴の地質の構造をよく見ると、火山岩でできた洞窟の岩盤に、さらに新たな熱変成が加わり、その後圧力変成が加わって洞窟の壁を構成していた。そこにマントルからの微弱な磁力、さらに大陸間プレートのずれにより発生する磁力。

 そして、火山岩同士のこすれ合いによる電磁波に、洞窟内の湿度が加わり、時間の進む速さをほんのわずかずつ遅らせていたのだ。そして、まるで地球を覆うオゾン層のように樹海上空を覆い、樹海に人が来なくなった当時、つまり百年ほど前の状態を保持していたのだった。だから、空があり、緑があり、水がある、いわゆる豊かな自然が残っていた。その後、高齢者が入ってその自然を活用した生活を始めたため、ちょうどいい状態が保たれ、拡大していったと考えられた。

 さらに進むと【姥捨てランド事務局】の看板を見つけた。中に入ると受付がある。受付嬢……と言うか受付熟女に尋ねると、局長を呼んでもらうことができた。出てきた局長を見て博はたまげた。

「と、父さん!な、何してるんだ!」

「おう、お前もとうとう来たのか。でも少し早いんじゃないか。母さんもそこにいるぞ」

 と、受付熟女を指さす父の泰四郎。数年前、行方不明になったのだった。家にいる時は、しょんぼりと肩をすぼめ、ため息ばかりついていた泰四郎は、博の疑問に対して、いきいきと、そして簡潔に答えた。

「心豊かな暮らしをやっているだけさ」

 泰四郎によると、『土を耕し、作物を育て、ゆったりした時間の中で、苦労しながらも自分の足元を見つめて生活している。空いた時間には、陶芸やスポーツ、読書、絵画等のそれぞれの趣味を楽しむ……。だから必要以上の便利さは要らない。細胞の終わりが来たら、この先の自然死墓場で自然に還っていく。それが土となって人々に還っていく。それを繰り返すのがここの取り決めだ』と言った。そう言えば、親父は若い時から『豊かな暮らしとは、便利さだけを追及することではなく、ある程度の不便は我慢しても、ほどほどの暮らしで満足する。その代わり心の豊かさを求めること』と、言っていた。この樹海が広がっていったのは、そのことの証明だったのだろうか。

 その時、室長の声が突然入った。

「西山君。森の様子はどうなんだ?大丈夫か?」

「室長。僕、こっちに残るかもしれません」

 そう言って室長との交信は途切れた。博はこの後、急いで最初のおじさんのもとへ行き、クワの使い方を習うつもりだった。

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あの森には近づくな! @kumosennin710

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