マッチ売りの少女を拾いまして

浅葱

魔女の物語

 その日は全国的に寒かったらしい。

 なんでこんな日に集会があるかな、と内心悪態をつきながら彼女は家路を急いでいた。

 夜も更けて、寒さは一段と増している。大通りを歩いている間にちらほらと白いものが舞い始めた。

 少しくらいならいいけど、と思いながら足を速める。

 大通りから路地に入る。街灯が一気に減るので余計に寒く感じられた。しかも心なしか白いものの降ってくる量が増えている気がする。


(寒くて、暗くて、雪が降ってきて……もしかしたら「マッチ売りの少女」でも拾ってしまうかも)


 そこまで考えてしまった! と彼女は口元を押さえた。

 考えていたことなので口元を押さえても全く意味はないのだが、彼女にはそうしたくもなる理由があった。

 足取りが重くなる。次の角を曲がりたくない。しかし曲がらなければ家に帰れない。正直回れ右して逃げ出したい。だがそうしたらどうなるのかと考えたら、そんなことはできなかった。

 そうでなければいいが、もしそうであったなら。

 家に連れて帰ってお風呂に入れてあげよう。

 そう思いながら次の角を曲がると、案の定裸足の少女が倒れていた。

 少女はこんな寒い日にする格好ではないと言いたくなるほど薄着で、小さな籠を持っていたようだった。籠の中身は質の悪そうなマッチ。

 誰がどう見ても「マッチ売りの少女」だった。

 彼女は少女を当たり前のように担ぎ上げると、寒い寒いと文句を言いながら家に帰った。

 帰宅し急いで風呂に湯を満たす。冷えた体を温めるのはそれが最善だと彼女は思ったからだった。

 十分に体が温まったと判断してから出してバスタオルで体をぬぐう。意識のない人間は通常よりも重いのだが、少女の体はそれを差し引いても軽かった。


「かわいそうに。……幸せになろうね」


 頬には赤みがさし、呼吸も安定している。熱も幸いなさそうだと判断し、様子を見るためにソファに寝かせ、コーンフレークを牛乳で煮てオートミールっぽくしてみた。(さすがにオートミールは買っていなかった)


「まさか本当に「マッチ売りの少女」を拾っちゃうだなんて……」


 童話の絵本を漁りテーブルに積む。

 彼女は一般的な会社のOLだが、その正体は”魔女”である。

 現代の魔女は怪しい薬を作らないし、箒で空も飛ばない。寿命も普通の人より少し長いぐらいだ。では何をもって魔女と呼ぶのか。

 それは特殊能力があるかどうかである。

 彼女の能力、それは「おとぎ話の主人公を呼び出してしまう」というものだった。

 もちろん呼び出すにはそれ相応の条件というものがある。

 羽毛布団を買ったものの、毎日布団をふかふかにする為にばさばさと振る作業を面倒だなと思い、一時的でもいいからお手伝いさんかなにかこないかなと思ったら彼女の家に女の子が訪ねてきたことがあった。


「糸巻きを探しているんです」


 そう困ったように言う少女に、彼女は自分が「ホレのおばさん」になっていることを知り、途方に暮れた。

 それからはめったに余計なことを考えないようにしていたが、同僚の結婚式に出席し、そのウエディングドレス姿を見た時、まるでシンデレラのドレスみたい(ディズニーのイメージ)と彼女は思った。そして帰宅した家の横で薄汚れた格好の少女が泣いているのを見た。彼女はその側で心配そうにしているネズミも確認してしまいため息をついた。しょうがないので先日買ったばかりのかぼちゃに魔法をかけて、元の世界に送り返してあげたこともあった。

 ロシアの民話のバーバ・ヤガー(魔女)にされたこともある。

 悪い魔女だと思われたことも、いい魔女だと感謝されたこともある。

 一つ言えることは、昔からの民話というものには本物の魔女が関わっていることが多い。けれど歴史上の魔女狩りで捕まった魔女は一人もいない。

 捕まって火あぶりになるような者は「魔女」ではないからだ。

 魔女はその特殊能力で時空や物語を超えるイレギュラーな存在だった。


「それにしても困ったわね」


 まさか「マッチ売りの少女」を拾うとは思わなかった。しかも少女は以前の登場人物たちと違い、帰る場所があるわけではない。いや、もし少女が帰ると言っても彼女は止めるつもりだ。

 マッチを擦って見えた幸せな世界に逃げることしかできなかったなんて、そんな生(せい)は悲しすぎる。

 例えそれがフィクションで、本当にあったことではなかったとしても、少女が不幸になるなんて話は嫌だ。

 少女はよほど疲弊していたのか、翌朝まで目覚めなかった。



 翌朝、窓の外は一面銀世界だった。

 彼女は無理して会社に行くことはせず電話で有休を申請した。後日書類を出すようにとは言われたが、こんな日に出勤しても仕事にならないので受理は容易だった。


「ここは……どこ?」


 さすがに彼女が寝る時はベッドに運んで一緒に寝た。念の為寝室の扉を開けておいたら、朝食の支度をしている間にか細い声が聞こえてきた。


(よかった。目が覚めたみたい)


 お湯に砂糖を入れ、水を足して少し覚ました物を持っていくと、少女は途方に暮れたような顔をしていた。


「あ、あのっ……」

「おはよう。つらいところはない? まずはこれを飲んでくれる?」


 カップを差し出すと少女ははっとしたような顔をし、おそるおそる口をつけた。


「甘い!?」


 そう叫ぶように言うと少女は砂糖入りのお湯を勢いよく飲み、途中でむせた。彼女は笑んで背中をさすってあげた。


「大丈夫?」

「ゲホッ、ゴホッ……あ、ありがとうございます、ここは……」

「私の家よ。路地で倒れているんだもの、びっくりしたわ。おなかがすいているようならごはんにしましょう。それで落ち着いたらお話しましょうね」


 そこまで言うと少女のおなかからぐうううぅ~~と派手な音がした。途端少女が真っ赤になる。彼女は笑い出しそうになるのをこらえ、少女を促した。


「立てる? 立てなければ抱いていくけど……」

「た、立て、ます……」


 そうして台所のテーブルにつき、昨夜用意しておいたコーンフレークの牛乳煮を出すと、少女はとても感動したようにいっぱい食べた。そうして落ち着いてからが本題だった。


「ええと、まずこの本を読んでちょうだい。話はそれからよ」


「マッチ売りの少女」と書いてある絵本を差し出すと、少女は困ったような顔をした。


「……すいません、私、字が読めないんです……」

「大丈夫、読めるから。もし本当に読めなかったら言って」


 少女は戸惑ったように、ためらいながらページをめくる。そして、ひどく驚いた顔をして絵本を読み始めた。

 どういうわけだか彼女が呼び出したおとぎ話の登場人物はみな彼女の持っている本が読めるのだった。なのでもう面倒な時は先に絵本を読ませ自分の境遇を理解してもらってから話をすることにしていた。

「マッチ売りの少女」を読み終えた少女は、しばらく呆然としていた。

 彼女は少女の前にホットミルクを置くと、何も言わず読みかけの小説を読み始めた。

 それからどれほどの時間が経っただろうか。


「……私、死んじゃったんですか?」


 少女がぽつりと呟いた。


「いいえ、死んでいないわ。信じられないだろうけどあなたはその物語の中から私に拾われたの。だから死ぬことはないし、元の世界にも帰らなくていいわ」

「……よくわかりませんけど……おばあちゃんも、ごちそうも、たくさんのプレゼントも、全部夢だったんですね……」

「そういうことになるわね。あなたは私に拾われたことで戸籍もできてるから学校に行こうと思えば行けるし、行かなければずっとこの家の家政婦さんとか助手をしてもらうことになるわ。でも少なくとも、この寒空に薄着でマッチを売るようなことは二度とないわよ」


 彼女がそう言うと少女の目にぶわりと大きな水滴が浮かび、あとからあとから頬を伝って落ちていった。



 それから少女は彼女と暮らすようになった。

 後日判明したことだが、少女もまた魔女の才能があり、「人魚姫を助けに行きましょう!」と叫ぶようになるのはそれから何年かしてからのこと。

 彼女は「夜の海とかやだー」と文句を言いながら少女に付き合わされることになる。

 そうして魔女とマッチ売りの少女は人魚姫を助けたり、他のおとぎ話の住人と出会ったりしながら、楽しく幸せに暮らしましたとさ。



おしまい。

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