第7話 森妖精

 緑色の肌に銀色の瞳。

 森妖精たちは異質な外見をしていた。領都の人間たちに近しく仕えるわけではない彼らは、しばしば領主に逆らうほど職務に忠実だ。付き合い方を間違えなければ領都に送るもろもろの物資、きれいな水や食料の素材となるペースト、木材などの資材を決まった量おさめてくれるのでどこの領主も基本的に彼らに干渉しない。ただ、若干の増産や災害による一時的減産など生産調整が必要になる場合もあってその時には領主と家政を取り仕切る女主人が彼らと話し合いを持つことがある。侍女は次席くらいからそれに立ち会うことが許され、将来の女主人としてどう対応するかを学ぶ。もちろんハイリも何回かそういう場に立ち会っていた。

 隠し通路を長々と森にむかっていたハイリたちはその途中で彼らと遭遇した。

 どうやらそのへんは彼らのメンテナンス用の通路だったらしい。

 双方まずびっくりした。それからハイリが後継者の証を見せると帰れと言われた。

 帰れない事情を説明するのは慎重を要したが、彼らは受け入れてくれた。

「領都の方々には不愉快な思いをさせることになるが」

 滞在するよう案内されたのは半地下の使っていない物置。液肥でもおいてあったのか床に染みの跡があって、少し甘いがやっぱり臭いにおいが残っていた。

 森妖精たちの説明では、彼らの集落にははいってほしくないし、人間でも他の亜人でも滞在は無理だろうという。ガイエンの知識によれば、彼らは寝方も食事の仕方も全然違うという。

 それと、滞在は領主にしろ代行にしろ引き渡しの話をするまでとなった。その間は範囲は狭いが自由にしていい。

「つまり、話し合う相手が領主なら帰ればいい。だが、代行の場合は逃げなければならないということだ」

 ハイリは話をまとめた。森妖精たちもそのことは承知していて、この半地下倉庫の奥には使われていないがさらに深い階層、闇の世界にも通じているという地下へおりる階段がある。そういう場所を選ぶという消極的な協力をしてくれた。

 食べ物もわけてくれた。領都に送っている食糧原料となるペースト。おかゆのようなものだ。トイレは森妖精用ではない古いものがあって、魔法の力で水洗という領都にあるのと同じものがあった。少し手入れするだけで使えたので彼らはほっとした。

 おかゆをもってきてくれる森妖精に聞くと、これも領都のと同じところにつながっていて森に還元されているのだという。

「ああ、なるほど」

 ガイエンは知識のいくつかに紐づいたらしく納得していた。

 倉庫での滞在は二日ほどになった。トクは武器といえば魔力で動作するスタンバトンしかもってきていなかったので、武器になりそうなものを探していたし、ガイエンは森妖精から聞いた話をもとにいろいろ思い出しては確かめにでていた。悪魔の幻夢斎はほとんどの時間を瞑想についやし、時々外に出てなにか確かめている。ハイリは彼が自分の能力を確認し、確かめているのだろうと思った。はたしてそうだった。

 ハイリはというとずっといらいらしていた。ただ、森妖精と話せる時は以前に聞けなかったことを聞いてなにやら納得していた。「そういうことね」と言った回数は十数回になる。

 その彼らの目を引いたのはやはり森妖精たちの働きぶりだった。

「すごく計画的なのね」

 森の木々に追肥をおこなったり、前に追肥や剪定した区画の状況を確認したり、森妖精たちは数人一組の班を作り、領都ではあまりみないつややかな紙に書かれた計画通りに作業したり、何かこまったことがあれば集まって相談して決めている。森の野生動物に遭遇すると記録をつけて邪魔なら班員全員で威嚇を行って追い払っていた。武器を持つのは班で一人だけで、それは魔力で穂先を撃ちだせる槍だった。穂先は二本くらい予備をもっている。森妖精たちもいくらかの魔法が使えた。

「詩に歌ったものは知っていたが、目の当たりにすると格別でありますな」

 悪魔、幻夢斎はしみじみとそういって、ハイリたちの知らない異国の調子で森妖精を謡った詩を吟じた。

 作業をしていた森妖精たちがふと手を休めてその詩に聞き入り、真似をして楽し気に歌い始めた。

「変わった人ですな」

 寡黙な老オークがそうつぶやいた。ハイリの護衛であるから必ず彼女に目の届く範囲にいるのが彼の仕事だ。それをこなしながら武器になるものをさがしている。それでも手持ち無沙汰なときもあって、幻夢斎と一度手合わせをしている。素手の勝負だったが辛勝したトクは彼に一目置くようになった。

 今、トクがもっているのはスタンバトンと壊れたのをもらって修繕した森妖精の槍。この槍はガイエンが森妖精と話をしてもらってきたものを幻夢斎が修理したものだ。

 森の生活は忙しいながらどこかのどかであった。だが、そんな時間は長くは続かなかった。

 二日目の朝、森妖精の代表がやってきて彼女たちに領主代行と面談することになった、と告げたのだ。

「増産についての相談と聞いております。よその亜人を大勢つれこんだようで、食糧をもう少し増やせないかとのことですがそれだけかどうかは」

「感謝します。仕事の邪魔をしてしまったこと、もうしわけなく」

 ハイリは鷹揚にそういった。森妖精の代表は領主に対するようにお辞儀をして会見の場へむかった。

「さあ、まいりましょう」

 滲む不安を隠しきれないが彼女はそういった。ガイエンがかき集めた物資はまだまだ不安があったが、もう猶予はない。みなわかっていた。

「幻夢斎、道はわかりますか」

「歌えば思い出します。お耳汚しごめん」

 そういいながら彼の喉からはまた違った音階の、どこか楽し気な異国の歌が流れだした。

「おおむねわかりました。まいりましょう」

 そうして彼らは闇の世界へ通じる古くかび臭い通路へ、立ち入り禁止の表示の向こうへ、さえぎる一本の鎖をまたぎこして踏み込んだ。

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歌う悪魔と水槽の中の姫 @HighTaka

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