後編 真のざまあ
あれから何度もループを繰り返した。
最速で『真のざまあ』を成せ。
女神様から与えられた使命のため、世界を救うために何度も、何度も。
残念なことにループをやり直す前のレベルとステータスは引き継がれることはない。ループする度に僕は一から強くならなければならないのだ。
最初のループではこの迷宮都市でも上位の冒険者となることで『ざまあ』を成そうとした。しかしそれでは『真のざまあ』と認められなかったため、もういっそのことこの迷宮都市で上位なんて中途半端なことは言わず、最強の冒険者を目指したことがある。
この迷宮都市は現在停滞している。現時点での人類が到達した最下層、そこから先へ続く道を守る最強の魔物エンシェントゴーレムを、発見されてから20年以上誰も討伐できていないからだ。
このエンシェントゴーレムさえ倒すことができれば、名実ともに最強の冒険者となることができる。そうすれば「戻ってきてもいい」なんて舐めたことを言わせることなく、「どうか戻ってきてください!!」とあちらが懇願するような存在となるのだ。
一度二度のループで『真のざまあ』を成そうなんて甘い考えは捨てた。僕は何度もループを繰り返すことでダンジョンの情報を自分の中に蓄積していった。効率の良いレベルの上げ方、最強の武器と防具が眠る隠し部屋、最下層までの最短ルート。
一度無茶をしすぎて世界が炎上する前に死んでしまったことがある。しかし直後女神様の力のおかげで追放された瞬間に時が戻った時は大いに安心した。……たとえ死のうが『真のざまあ』を成すまでこのループから逃げ出せないと気づいたのはそれから3日後だった。
そして数十回目のループののち、ソロでエンシェントゴーレムの討伐に成功した。
それからはもう凄かった。
エンシェントゴーレム討伐の知らせは迷宮都市中に知れ渡った。
20数年ぶりの未到達領域への進出、それを成したのがそれまで勇者パーティの小判鮫として有名だった僕ということに迷宮都市中がどよめいた。
迷宮都市は連日お祭り騒ぎになった。それも僕を讃えるための祭りだ。
街の至る所で僕を称賛する声が響いた。迷宮都市の歴史に僕の名前は永遠に刻まれることになった。
主役として祭りを楽しむ中、僕の前にかつての仲間たち、栄光の光が現れた。
「何の用?」
「…………」
彼らは無言のまま手をついて跪き、僕に頭を下げた。
「アッシュ、どうか僕たちの元へ戻ってきてください」
正直驚いた、彼らがここまで素直に頭を下げるとは、しかも衆人観衆のど真ん中で。
でもまあ、仕方ないことだろう。
彼らの落ちぶれっぷりは前回と同じ……いや、それ以上だ。
僕がいなくなったことで何度もクエストを失敗し、その違約金が払えなくなって借金をして今度はその借金で首が回らなくなったと聞く。
それに加え、パーティから追放した僕の躍進。
なまじ若手有望株の有名パーティだったため噂の中心となりやすい。落ちぶれた彼らを嘲笑う噂が迷宮都市中に広がっていた。「パーティがうまく機能しないのはアッシュを追放したからだ」「栄光の光を支えていたのは追放されたアッシュだった」「いや、むしろあいつらの方が捨てられたのだ」なんて噂話が。
栄光の光のメンバーは全員心身ともに限界だったのだろう。かつての傲慢な態度をかなぐり捨てて僕に縋りついてくる。
だけど僕は、そんな彼らを見てもなんとも思なかった。
憐れむことも、ざまあ見ろとも思ない。
「今更、頭を下げたところでどうなるっていうんだ」
自分でも驚くほど平坦な声。
「全部自業自得じゃないか」
そうだ、彼らが落ちぶれたのも、その結果世界を滅ぼしてしまうのも全部彼らの自業自得だ。
「もう遅いんだよ」
直後、頭の中で鳴り響いた音は僕を再び絶望に突き落とした。
ブッブーー!!
「ああ……ちくしょう」
世界がまた火に包まれる。
「アッシュ。君をこのパーティから追放する」
そしてもう何度も目にした光景へと切り替わった。
「ははは、まあそんな気はしてたよね」
乾いた笑い声を上げる。
「アッシュ、何を笑ってるんだ? 状況がわかってるのか?」
「わかってたさ。途中から気づいてた、この程度じゃ神々は満足しない。僕がやったのは最初の『ざまあ」の焼き増しだからね」
「おい! 聞いているのか!?」
「いいさ、次は別の方法を試す。それでダメなら次をーー」
「てめえ! さっきから何訳わかんねことをぶつぶつと!!」
グレンの言葉を無視し続ける僕に、激昂したパーティの壁役ドンが殴りかかってくる。
僕はそれをひらりとかわす。何回も殴られ続けたのでタイミングを覚えてしまった。
「おっと、ごめんごめん。追放の話だったね。うんわかった、これでさよならだ」
そう言って僕はスタコラと彼らの元から去る。
「何あれ、態度ワルー」
「いいではありませんか、潔くパーティを去ってくれて。身の程を知ったのでしょう」
「くっそ、とっとと消えろ!」
後ろから何やら言われているがちっとも気にならなかった。そんなことを気に留めている余裕すらなかった。
今までの『ざまあ』は成り上がった僕に対して落ちぶれた彼らがすり寄ってくるが、僕はそれを一蹴するというものだった。
これまでの経験から、栄光の光は僕が何もしなくても勝手に落ちぶれていくことがわかっている。だから僕は自分が成り上がることに集中しているだけだった。
だけど、これだけじゃ神々は満足しない。おそらくだが、彼らがもっと落ちぶれるために僕も何かアクションを起こさなければならないのだろう。
だから、僕は栄光の光をよく知ることにしたのだ。
『忍び足』のスキルを効率的に使い、栄光の光のメンバー全員の情報を集めて回った。
思えば栄光の光は全員割と個人主義なところがあって、それぞれの私生活に触れる機会は少なかった。
ループを繰り返して彼らの日常をつぶさに観察した。
そして、彼らの知られざる秘密を知ることとなった。
その秘密は、どれも彼らの弱みとなるものだった。
これは……使える!
それは一筋の光明だった。
その秘密を知った僕は、即座にそれを利用することを考えた。綿密なプランを考え、ループを繰り返して計画を検証することでその精度を高めていく。
そして出来上がった攻略チャート。最速で「真のざまあ」を目指すための道筋。
「アッシュ。君をこのパーティから追放する」
「うん。わかった」
「……え?」
この200回目のループで終わらせてみせる。
酒場を後にした僕がまず行ったことはとある手紙を女性の自宅に届けることだ。
その女性とは栄光の光の壁役であるドンの婚約者である貴族の令嬢。届けた手紙の中身はドンが複数の女性と関係を持っているとう浮気の告発だ。
ドンは元々女遊びの激しい男だった。
そんな彼が1人の女性、それも貴族の令嬢と婚約したと聞かされた時は栄光の光の全員が驚いたものだ。
それ以来ドンは女遊びをやめて真面目になったと思っていた。しかしそれは表向きだけで、調べてみると実際には町の娼婦から人妻まで複数の女性とこっそり関係を持っていたのだ。
手紙の中にはドンの浮気相手の情報全てと今夜ドンが密会する場所が書かれている。
その手紙を読んで何やら覚悟を決めた表情を浮かべ、ドンが密会する場所へと向かった令嬢を見た僕は一足早く移動を始めた。
向かう先は裏路地の小さな酒場。そこはドンの行きつけの店だった。
僕を追放した後、栄光の光から1人離れたドンはそこで女性を囲みながら楽しそうに酒を飲んでいた。
両脇に女性を侍らせ、酒を持つ手とは反対の手で女性の腰に手を当てている。
僕は『忍び足』のスキルでその酒場にこっそり潜入してドンの様子を伺う。
「ねードン様。今日やけのご機嫌じゃない?」
胸を大胆に露出させた女性が媚びるようにドンにしだれかかる。
「んー? そりゃ、今日やっと気に入らなかったやつをパーティから追い出せたからな」
「それって前から言ってた小判鮫くん?」
「そうだ。荷物持ち以外役に立たない雑魚だ」
そう言ってドンは嘲笑った。
「全くムカつくやつだったぜ。戦えもしない荷物持ちのくせに、一端にパーティの一員だって顔してやがってよお。お前なんて栄光の光が仕方なく使ってやってたお荷物やろうだってのによ」
「ドン様ひどーい!」
下品た笑い声が店の中に響く。その笑い声を聞いた僕は怒りを抑えるために拳を固く握りしめる。
ああ、そうだ。長いループの中で忘れていたがドンはこういうやつだった。
戦闘力至上主義という、冒険者の悪いところだけ煮詰めたような性格のドンは戦う力を持たない僕を常に邪険に扱ってきた。
僕のことを名前では呼ばず、「お前」だとか、「荷物持ち」と呼んでいた。そのくせパーティ内で最も僕をこき使っていたのは彼だった。
そのことを思い出すと、怒りとか悔しさが込み上げてきて頭がどうにかなりそうだった。
だけどぐっと我慢する。ああやって笑ってられるのは後ちょっとなのだから。
酒が回っていい具合にテンションを上がってきたドン。その時、酒場のドアが音を立てて開かれた。
裏路地の汚い酒場にはふさわしくない、一眼で高貴な身分だとわかる女性が現れた。
ドンの婚約者だ。
「……ドン様」
ドンの手が隣に座る女性の胸元にあるのを、どこか座った目で見つめるドンの婚約者。
「お、お前! なんでこんなところに!?」
「ドン様こそ、なぜこんなところに女性と? その方はどなたですか?」
慌てるドンとは対照的に婚約者の声はどこまでも平坦だった。
「ドン様、約束してくれましたよね? 私と結婚するからにはもう女遊びはしないと。これからは私だけを見てくれると」
「い、いやこれはーー」
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」
そう言って婚約者は懐からナイフを取り出しドンに切っ先を向ける。
酒場に緊張感が走る。
悲鳴どころか誰も声を上げなかった。それほどまでに婚約者の女性の迫力がすごかったのだ。
しかし、ドンはそんな状況下であってもまだ余裕そうな表情を浮かべていた。当然だ、彼には「絶対防御」のスキルがある。普段身につけている防具こそ外しているが、ただの布の服であってもナイフを弾くぐらいは余裕でできる。
自分は死なないと彼は思っているのだ。
「絶対に許さない!!!」
そう叫んだ婚約者がドンに向かって走り出しナイフを突き立てる。
ドンは避けることすらしなかった。それほどまでに自分のスキルに自信を持っているのだ。
しかしーー
「がはっ! な、なんで……」
ドンの腹部にナイフが深々と突き刺さる。ドンはそれを信じられないものを見るような目で見つめる。
ドンにナイフが刺さる直前、僕が『忍び足』のスキルを使いこっそり近づき、『武装破壊』のスキルでドンの防御力をゼロにしたのだ。
血を吐きながら地面に倒れるドン。そんなドンに婚約者の女性は何度もナイフを突き立てる。
遅れて酒場から悲鳴が上がる。僕はその悲鳴を聞きながら酒場を後にする。
これでまずは一つ。
僕は即座に次の『ざまあ』へと向かう。
僕が次に向かったのは住宅街の一角の大きな屋敷、一見すると人が住まなくなって久しい廃墟にも見える。ここは栄光の光の攻撃役、魔女のハンナが所有する物件だ。
栄光の光の誰も知らなかったハンナの隠し拠点。彼女がこの屋敷の存在を誰にも教えていなかったのには理由がある。
彼女はこの屋敷で違法な魔術の研究をおこなっているのだ。
屋敷の中には迷宮都市でも禁制扱いされている薬物に、禁術とされた魔術の記載された魔導書、そして実験のために連れ去られていたスラムの孤児たちがいる。
この事実を知った時驚きよりも、ああやっぱりなという気持ちが先に来た。ハンナは元々魔術の研究に並々ならぬ情熱を注いでいたのだ。
栄光の光に所属しているのも、冒険者としての富と名声を得るためではなく、開発した新魔術の試し打ちを魔物相手に行うためであるという側面が大きい。
僕は屋敷に忍び込み、仕掛けられていた数々の罠をくぐり抜けて(過去のループで何度も引っかかって死んだためすべて把握している)屋敷の地下、研究室へとたどり着く。
研究室には数々の怪しい薬品と積み上げられた魔導書、そして近くに実験体である孤児たちを閉じ込めている檻があった。
「ひっ、だ、だれ!?」
怯えたような声を上げる小さな子供。その体は何も身につけていなく、曝け出された肌にはハンナの魔術によるものなのか多くの傷があった。
「怖がらないで、今出してあげるからね」
僕は孤児たちを檻から出し、持ってきた服を渡して着るように促す。
「も、もう僕たちこのまま死んじゃうかと」
「大丈夫だよ。このまま都市の衛兵のところに行けば保護してくれる。そこで衛兵にこれを渡して欲しいんだ」
僕は子供たちの1人に鞄を渡す。
この鞄の中には薬物と魔導書の一部、そしてハンナがこれまで繰り返してきた違法な研究の証拠が入っている。
「ほら、早くここから出ていくんだ」
そう促すと彼らは足速に屋敷から出ていく。
僕はそれを確認した後、屋敷に火をつけた。すべて焼けて消えるように念入りに。
屋敷から火が上がり、夜の迷宮都市を明るく照らす様を野次馬に紛れてよく見ていた。
燃え盛る屋敷を見ると、彼女の魔術に何度も燃やされかけたことを思い出す。
ハンナは元々かなり気まぐれで気性の激しい女だった。不機嫌な彼女の憂さ晴らしのために事故だと言って何度魔術を当てられたかわからない。
面白半分に火をつけられて死にかけた僕に向かって彼女は決まってこう言った。
『役立たずのあんたが死んだって誰も困らないでしょ? いっそ魔術の発展のために死んだら役に立っていいじゃない』
そんな彼女の研究成果が燃えてなくなるのは気分がよかった。
「ちょっと! なんで私の屋敷が燃えてるのよ!!」
しばらくするとヒステリックな叫び声が聞こえてきた。
ハンナだ。
彼女は燃え上がる屋敷を見て悲鳴をあげると、慌てて中に飛び込もうとした。そんな彼女を周囲の野次馬が必死に止める。
「おい何考えてんだ嬢ちゃん!!」
「放しなさい! あの中には私の人生をかけて築いた研究成果があるのよ!!」
暴れるハンナとそれを必死に抑えようとする野次馬たち。そんな彼らの元に迷宮都市の衛兵達が近づく。
「ちょっといいですか。あの燃えてる屋敷はあなたのもの、間違いないですか?」
「そうよ! あんた、衛兵なら早く火を止めなさいよ!」
「先ほど我々の詰所に誘拐されてあの屋敷に閉じ込められていたという子供達がきましてね。彼らの持っていた袋の中に違法な品物がごっそりと入ってたんですよ。それはあなたのものですか?」
「なっ! そ、それはーー」
「先ほど研究成果がどうのこうのとおっしゃってましたね。その研究についてうちでお話しいただけますか?」
衛兵達は丁寧な物腰ながら、有無を言わせぬ迫力でハンナを取り囲む。
「ち、違う! これは誰かの陰謀よ! 私は誰かに嵌められたのよ!」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。その話もちゃんと聞いてあげますよ」
喚き続けながら連行されるハンナを確認して僕は動き出す。
これで二つ目。
次の『ざまあ』はすぐだ。
次のターゲットはパーティの回復役である僧侶のイワン。
正直彼の抱えている秘密が一番意外だった。
この男、変態ショタコン野郎だった。
イワンは冒険者でありながら教会に勤める聖職者だ。冒険者をしている理由を彼は『魔物の脅威から人々を救うため』なんて綺麗事を言っていたが、真の目的は冒険者としての名声を得ることで民衆の支持を集めて教会内での地位を高めるためだ。
そんな彼の楽しみは教会が支援を行なっている孤児院から気に入った少年を囲うこと。この男は孤児院の支援を打ち切ることを匂わせることで気に入った少年を半ば強制的に自身の愛人としていたのだ。
今夜も彼の寝所に青ざめた顔をした少年がきた。
「よく来ましたね」
「……これで本当に孤児院の支援は続けてくれるのですか?」
「ええもちろん。約束は守ります」
どこか覚悟を決めた表情の少年を見たイワンは嗜虐的な笑みを浮かべる。
イワンのその笑みには見覚えがある。彼はパーティの回復役のくせに僕がどれだけ怪我を負っても一切の治療をしてくれなかった。
『あなたを治療したところで魔力の無駄です』
痛みにうめく僕を見て、そう言いながらあの嫌らしい笑みを浮かべるのだ。
「さあ、私にすべてをゆだねなさい。天国を見せて差し上げましょう」
そう言って着ていた服をすべて脱ぐ。彼の股間は興奮でいきりたっていた。
その様子を部屋に潜みじっと見ていた僕は『忍び足』で彼に近づきーー
イワンの股間についている汚いものを思いっきり蹴りあげた。
「っっっ!!??」
声にならない悲鳴をあげたイワンは白目を剥いて倒れ、そのまま気絶した。
「っ、嫌な感触だ」
『怪力』スキルで強化された足がクリーンヒットしたおかげで完全に潰れてしまっている。イワンが目を覚ます頃には時間がかかり過ぎて彼の得意の治癒スキルでも治しきれないだろう。
彼の股間はもう役に立たない。最もそれがなくてもこれから役に立つ機会はなくなるだろう。彼が教会で行ってきた不正や悪事の証拠をすでに教会や衛兵に送っている。
おそらくこれからの人生は鉱山で奴隷として過ごすことになるだろう。
「あ、あのあなたはーー」
「君は何も見なかった。このまま孤児院に帰るんだ、いいね?」
「は、はい」
少年を見送り一息つく。
「これで、ようやく一区切りだ」
まだ終わりではない。
最後の『ざまあ』のため、僕は迷宮へと向かった。
迷宮に向かった僕の目的は当然最下層のエンシェントゴーレム。この魔物を倒すことで僕の『真のざまあ』は完了するのだ。
一度倒した相手とはいえ簡単にはいかない。今回はあまりに時間がないのだ。
最下層に向けて全力で迷宮を駆け巡る。途中必要なアイテムの補充も忘れない。僕の知識を総動員して隠し部屋や宝箱を最短ルートで回収していく。
途中のレベル上げは必要最低限に。とにかく時間との勝負だった。
そして迷宮に潜ってわずか2日。
壮絶な死闘の果てにエンシェントゴーレムを討伐した僕は冒険者ギルドへ凱旋する。
「……エンシェントゴーレムを倒して来ました」
「は?」
意味がわからないと首を傾げる受付嬢の前にエンシェントゴーレムの巨大な魔石をドン! と置く。
にわかにざわめき出すギルド。
やがて鑑定の結果これが正真正銘エンシェントゴーレムの魔石であると証明されると騒然となった。
大慌てで対応に追われるギルド職員を僕はどこかぼんやりとした表情で眺める。疲労困憊で立っているのも辛い。しかしまだ倒れるわけにはいかない。最後の仕上げが残っている。
「アッシュ、アッシュ!」
「やあ、グレン」
僕の元へ、慌てた様子のグレンがやってきた。
「ど、ドンが刺されて意識が戻らないんだ!!」
「……まだ死んでなかったの?」
驚いた。大したタフネスだ。
「ハンナもイワンもなぜか捕まって犯罪者だって言われて、もう何がなんだかわからないんだ!!」
混乱したように頭をかきむしるグレン。
ああ、パニックになるとそうする癖は治ってなかったんだな。そんなふうにどこか場違いな感想を抱く。
栄光の光のリーダーであるグレンは僕の幼馴染だ。
昔はどちらかといえばグレンの方が引っ込み思案で、僕は彼の手を引っ張るような関係性だった。
だけどスキルを授かったあの日、グレンが授かったスキルが「勇者」で僕が「忍び足」だとわかったあの日にグレンは変わってしまった。
態度が存在になり、僕のことを「雑魚スキル」と見下すようになった。
スキルを授かるまでは一緒に最高の冒険者になろうと約束し合うような仲だった。しかしこの迷宮都市に来てからは彼が積極的に僕を雑用係として扱うようになった。
『戦えない君は戦闘においては役立たずだ。せめてそれ以外で役立って見せろ』
そう言って雑用の全てを押しつけてくるようになった。その挙句にあっさりと僕をパーティから追放したのだ。
そんな男だが、以外にも弱みとなるような秘密は見つからなかった。
しかし、弱みがなくともグレンはもう終わりだ。この男が自慢にしていた栄光の光はもうおしまいなのだから。
「君がエンシェントゴーレムを倒したとみんなが噂しているが、本当か?」
「……ああ」
「一体どうやって……いや、この際それはどうでもいい。頼む! 栄光の光に戻ってきてくれ!! エンシェントゴーレムを倒した君がいれば栄光の光はまた立て直せる!」
わかってはいたが、ここまで自分本位なことを言われると呆れてしまう。
グレンは僕に握手を求めるように手を差し出す。
「一緒に最高の冒険者になろうと約束しただろう? あの約束を今こそ果たすべきだ!」
「……っ!」
お前が、それを言うのか?
怒りのあまり殴りかかりそうになる衝動をグッと抑る。
「今更、何を言ってるんだ?」
本当にもう今更だ。
「役立たずだと言って僕を追い出したのはお前だろう?」
努めて冷静に、拒絶する。
「何もかも全部、お前が招いたことだ」
お前のせいでこんなことになったんだ。
栄光の光が落ちぶれたのも、僕が追放されたのも、世界が滅んでしまうのも、僕がこのクソッタレなループを繰り返すハメになったのも全部、お前のせいだ。
「今更、もう遅いんだよ」
これで、僕の計画した『ざまあ』は完了した。
終わってくれ。
祈るような気持ちで目を瞑る。
そしてーー
ブッブーー!!
「なん……で……」
絶望的な気持ちで目を見開く。
そしてまた、世界と一緒に火に包まれた。
「残念でしたね、アッシュ」
何度目かになる女神様との邂逅。
だけど僕は立ち上がる気力すらなかった。
「何が、何がダメだったんですか?」
計画は完璧だったはずだ。
「確かに『ざまあ』を成すまでにかかった時間はわずか3日と、とても短かかった。『ざまあ』の内容もこれ以上ないほど素晴らしいものでした」
「っ! だったらなぜ!? なぜ世界は滅んだのです!! なぜ神々は満足してくれなかったのですか!!」
感情が爆発して女神様に詰め寄る。
もう嫌だ。あのループをやり直すのは嫌だ。
なぜ僕がこんな目に合うんだ? 僕が何か悪いことをしたのか?
そんな思いが溢れ出して止まらなくなった。
そんな僕とは対照的に、女神様は冷静に告げる。
「それは、『真のざまあ』ではなかったからです」
女神様の告げた言葉に愕然とする。
「『真のざまあ』じゃ、ない?」
「そうです。素晴らしい『ざまあ』でしたが、『真のざまあ』ではなかった」
「そんな……」
体から力が抜け、へたり込む。
『真のざまあ』じゃないって、なんだよそれ。
「……女神様教えてください。もうわからないんです。『真のざまあ』とはなんなんですか?」
すがるように質問する。
「どうすれば、神々が満足するような『ざまあ』を成すことができるんですか?」
もう限界だった。これ以上は無理だと思った。
そんな僕に、女神様は優しく告げる。
「何か勘違いしているようですね」
「え?」
顔を上げる。
「『ざまあ』とは、誰かのために行うものではありません。他の誰でもない、あなた自身のために行うことなのです」
女神様は優しく微笑む。
「そのためにも、我慢をしてはいけない。それこそが『ざまあ』の秘訣なのです」
女神様の姿が薄れていく。
「それは一体、どういうーー」
「がんばってくださいアッシュ。あなたらなやり遂げられると、信じていますよ」
そして僕の意識は薄れていった。
「アッシュ。君をこのパーティから追放する」
「…………」
何度も見たおなじみの光景。
「聞こえなかったのか? 君には我ら栄光の光から去ってもらう」
「…………」
そこで僕は呆然と佇む。
「聞いているのかアッシュ!」
「…………」
僕を怒鳴りつけるグレンの声が遠くに感じる。
なおも無言を貫いていると頬に鈍い衝撃。
「おいおい、うちのリーダー様が喋ってんだろうが。何黙りこくってやがる」
「…………」
ドンに殴られた僕は酒場の汚い床に倒れるが、気にしてられなかった。
頭の中は女神様が言った言葉でいっぱいだった。
「『ざまあ』は他の誰でもない、僕のために成すもの……」
「あ? 何言ってやがるこいつ?」
「ドンが強く殴りすぎておかしくなっちゃたんじゃない?」
「いやですねえ、実に惨めだ」
女神様の言葉を反芻する。
「『ざまあ』を成す秘訣は、我慢をしないこと……」
「っ! いい加減にしないかアッシュ! さっきから僕を無視して訳のわからないことをぶつぶつと!!」
「我慢? 僕は今まで我慢をしてきたのか?」
「話を聞けアッシュ!! いいか、君は追放されるんだ! 君が無能だからだ!!」
「我慢なんて、そんなのしてきたつもりはーー」
「いい加減にしろ!!」
大きな声に意識が引き戻される。
「アッシュ! お前はずっと昔からそうだった! 雑魚スキルのくせに『勇者』のスキルをもつ僕と対等だと言う顔をして、図々しく栄光の光に居座り続けた! おかしくなったふりをして誤魔化そうたって無駄だ! どこへでも好きなところへ行くがいい、たとえどこに行っても役立たずのお前には居場所はないだろうがな!!」
ブチっ
頭の中で何かが切れた音がした。
ああそうか、やっとわかった。
僕はグレンに、この幼馴染に見下されていたことが許せなく、役立たずだと罵られるたびにこの男に殴りかかりたい衝動をグッと我慢していたのだ。
他の栄光の光の誰でもない、グレンに対して僕は怒りを覚えていたのだ。
こいつのことが、大っ嫌いだったんだ。
もう我慢の限界だ。
「うるせえええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
スキル『憤怒』発動。怒りの丈が最高潮に達し、攻撃力が著しく上昇する。
スキル『忍び足』発動。グレンが反応する暇を与えることなくグレンの懐に飛び込む。
スキル『怪力』発動。上昇した攻撃力を拳に乗せて顔面に叩き込む。
スキル『武装破壊』発動。グレンが装備していた煌びやかな鎧の防御力を完全に無視して攻撃が到達し、鎧とその下の衣服が破壊され弾け飛ぶ。
僕のすべての力を込めた拳がグレンの顔面に突き刺さり、酒場のテーブルを薙ぎ倒しながら端の壁まで吹き飛ばした。
轟音を立てて壁に激突したグレンは生きてこそいたが、端正だった顔はぐしゃぐしゃに潰れ、惨めに全裸を晒したまま気絶している。
あまりに哀れな光景。
酒場にいた全ての人がその光景を目にしていた。
僕の心には、かつてないほどの爽快感が満ちていた。
「ざっっっっまああああああああ!!!!」
直後、頭の中で僕を祝福するファンファーレが鳴り響いた。
リアルタイムアタックin迷宮都市〜パーティを追放されてから最速で真のざまあを成さないと、世界滅亡のループから抜け出せない!?〜 ツネキチ @tsunekiti
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