中編 ざまあ

「アッシュ。君をこのパーティから追放する」


 見覚えのある光景だった。


 僕を糾弾するために集まった栄光の光の面々、それを遠巻きに眺める酒場の冒険者たち。


「こ、これは一体?」


 白い空間と女神様。先程までの光景は夢だったのだろうか?


 混乱する僕に向けてグレンが再度声をかける。


「聞こえなかったのか? 君には我ら栄光の光から去ってもらう」

「っ!」


 同じだ。


 僕がグレンに追放を言い渡された時と全く同じセリフだった。


「ほ、本当に時が戻っている!」

「何を言っている?」


 夢じゃなかった。世界は一度滅んで、女神様の手で時が戻されたのだ。


「やった、生きてる!」


 自分の体をペタペタと触って生を実感する。


「あ、でもこのままじゃまたーーっが!」


 頬に強い衝撃。


 殴られたと気づいたのは酒場の床に転がってからだった。


「おいおい、うちのリーダー様が喋ってんだろうが。何訳わかんねえことをぶつぶつ言ってんだ」

「ど、ドン」


 僕を殴ったパーティの壁役であるドンが、床でうずくまる僕を見下ろす。


「いいか、お前はな追放されんだよ。役立たずだから……っな!」

「グっ!」


 ドンに腹部を蹴り飛ばされる。


「げ、ゲホっゲホ!」

「ちょっと、ドン。無能くんが吐いたりしたらどうすんの。床が汚れるでしょ」


 むせかえる僕にまるで汚いものでも見るような視線を向ける魔女のハンナ。


「…………」


 僧侶のイワンはこちらに視線すら向けない。


「うう、くそ」


 生き返った喜びに浸ることもできない。

 

「アッシュ聞いた通りだ」

「グレン」

「君は役立たずだ。この栄光の光にはふさわしくない」


 出ていけ。


 こうして、僕は2度目の追放を言い渡された。




「畜生、またか」


 蹴られた腹部の痛みに耐えながらなんとか宿に戻った僕はそう愚痴った。


「なんでまた同じことを」


 なんで女神様はよりによって僕が追放される瞬間に時間を戻したんだ。こんな惨めな気持ちをもう一度味合わせるなんて。


「そうだ、使命!」


 目まぐるしく変わる展開にすっかり忘れていたが、僕には世界を滅びから救う使命が与えられていたんだ。


「確か最速で『真のざまあ』を成さなきゃいけないって」


 正直『ざまあ』がなんなのかいまいちわからなかったが、確か女神様は成り上がり、下剋上、復讐だって言ってた。


「ひとまず冒険者として成り上がって栄光の光を見返さなきゃいけないのか。でも僕が一体どうやって」


 あまり時間もない。最速というのがどれだけの速さを言っているのかわからないが、少なくとも3ヶ月で栄光の光は神々を怒らせてしまう。それまでに成り上がって『真のざまあ』を成さなければ。


「そうだ、スキルをもらったんだ」


 女神様から『真のざまあ』を成すためにスキルをもらったことを思い出した。


「ステータスオープン」


 目の前に半透明のステータスウィンドウが浮かび上がる。


 僕のステータスはめちゃくちゃ低い。戦闘で役に立たない僕がレベルをあげても無駄だと、経験値を得る機会が少なかったのだ。


 見慣れた低いステータスにため息をつきながら、スキル欄を確認する。


「な、なんだこれは!」


 驚愕に目を見開く。


[スキル]

・忍び足

・怪力

・武装破壊

・憤怒


「あ、新しいスキルが3つも!?」


 本来スキルは成人の儀で神から授かるもの。当然個人が持つスキルは1人につき1つだけだ。


「ぼ、僕が4つもスキルを。これさえあれば成り上がれる!」


 希望が見えてきた。


「これで『真のざまあ』をなせる!!」


 この日から僕はソロで迷宮攻略を開始した。




 僕が得た新しいスキルはとても有用なものだった。


 まず『怪力』その名の通り所有者に無双の力を与えるスキルだ。シンプルでありながらその効果は絶大、剣を持つだけてふらつくほど非力だった僕が片手で身の丈ほどもある大剣を振り回せるようになった。


 そして『武装破壊』これがまたとんでもないスキルだった。


 効果は僕が攻撃を当てた相手の鎧などの防御力を持った武装を問答無用で破壊するというもの。おまけに迷宮に現れる魔物の鱗や硬い表皮なども武装と判断されるらしく、僕の前ではどんなに高い防御力を持つ魔物も敵ではなかった。


 そして最後に『憤怒』正直これは使い勝手が悪かった。


 効果は自信の怒りのたけに応じて攻撃力が増加するというもの。あって困るものではないのだが、この怒りの丈と言うのが結構曖昧で狙って発動できるようなスキルではなかった。


 僕は本来持っていた「忍び足」のスキルと与えられた3つのスキルで冒険者としてこの迷宮都市で成り上がることに決めた。


 冒険者として成り上がるためには迷宮のより深い所で、より多くの魔物を倒さなければならない。


 かつての仲間である栄光の光に裏切られた僕は、また裏切られるのが怖くて新しくパーティを組む気にはなれなかった。そのためソロ、つまり1人で迷宮に潜ることになる。


 当然ソロでの攻略はリスクが大きい。万が一負傷した時助けてくれる存在はいないし、敵に囲まれてそのままなぶり殺しにされる可能性も高くなる。


 そのため僕がたどり着いた戦闘スタイルはかなり異質なものだった。


 まず、得物は大剣の二刀流。


 『怪力』のスキルに任せて2本の大剣を手に、『忍び足』のスキルを使い魔物に気づかれないように接近する。


 そして左の攻撃で『武装破壊』のスキルを発動。魔物の防御力を一気に下げる。


 そして完全に無防備になったところでトドメの右。


 相手に反撃させる隙すら与えずに即殺するこの戦闘スタイルはソロ攻略をする僕に最も適した戦い方だった。


 スキルの恩恵によって確立されたこの戦闘スタイルは格上にも十分通用した。


 かなり無茶な攻略をしたおかげで僕のレベルとステータスは短時間でメキメキと上昇していった。


 仲間に捨てられた悔しさ。必ず成り上がってみせるという意地。そして世界を救わなければならない使命感から、僕は迷宮攻略に明け暮れた。


 そして2ヶ月。


 たった2ヶ月で僕はこの迷宮都市で知らぬものはいないほどに名を轟かせる冒険者となった。


「依頼されてたツインヘッドドラゴンの魔石です」


 僕は依頼されていた魔物の討伐証明である魔石をギルドの受付嬢に渡した。


「ほ、本物のツインヘッドドラゴンの魔石!? 本当にお一人であの魔物を討伐してきたんですか!?」


 ギルドに掲げられていた依頼を引き受けた時、何度も1人では無理だと僕を止めようとした受付嬢は驚愕の表情を浮かべる。


「……おいマジかよ、あのツインヘッドドラゴンを1人で?」

「ついこの間討伐に向かったAランクパーティが全滅したばっかりだぞ?」

「ツインヘッドドラゴンだけじゃない。あいつはここ最近高難易度のクエストを全て成功させてる」

「やべーな。そんな奴が少し前まで無名だったなんて信じられねえ」

。本物の化け物だな」


 僕を遠巻きに見ていた他の冒険者から、賞賛混じりの囁き声が聞こえてくる。


「あ、あの。この後一緒にお食事でもどうですか?」


 僕を担当していた若き受付嬢からそんな誘いを受ける。


「……いえ、申し訳ありませんがやることがありますので」

「そ、そうですか」


 シュンと項垂れる受付嬢。


 不思議な気分だった。


 冒険者は強さが正義である。栄光の光にいた時は女性から声をかけられることも、冒険者たちの間で話題の中心となることもなかった。


 新たなスキルと強さを得てから僕の世界はガラリと変わった。戸惑いはあるが、そのことがどこか心地良い。


 だけど、僕の目的はそこではない。


 僕の目的は「真のざまあ」を成すことだ。


「あ、アッシュ」


 報酬を受け取っている僕の背中に聞き覚えのある声がかけられる。


「……グレン」


 2ヶ月ぶりに聞いた声、その声には以前のような覇気がなかった。


 振り返ればグレンをはじめとする栄光の光の面々が揃っていた。


「久しぶりだねアッシュ。君の活躍は最近よく聞いてるよ」


 苦々しい表情を浮かべる他のパーティメンバーに反してグレンが僕に向ける表情は笑顔だった。


 だけど、長い付き合いの僕はその表情が作り物であることに気づいた。


「……何の用?」

「君をもう一度僕たちのパーティに入れてあげようと思ったんだ」

「……は?」


 入れてあげよう?


 なんでこんなにも上から目線なんだ?


「なかなか素晴らしい活躍をしているそうじゃないか。高難易度のクエストを1人でいくつもこなしているんだって? それも僕たちが君を追放してあげたから、その悔しさをバネに成長できたおかげだろう」

「お前、何を……」

「それでみんなと話し合ったんだ。その結果、今の君は我ら栄光の光にふさわしいという結論に達した。おめでとう、戻ってきたまえアッシュ」


 追放してあげたから?


 僕が成長できたのはその悔しさをバネにしたことは事実だ。だけどそれを、追放したお前がいうのか?


 挙句のはてに戻ってきたまえだって?


 あまりの侮辱に目の前で作り笑いを浮かべる男をぶん殴りたい衝動に駆られたが、拳を強く握りしめることで耐える。


 あくまで冷静に、言葉を発する。


「……僕を馬鹿にするなよ、グレン」


 その声は自分でも驚くほど底冷えするものだった。


「な、何を……」

「僕が何も知らないとでも? 僕を追放してから随分と落ちぶれたみたいじゃないか」


 前回、女神様に時を戻される前は酒浸りになっていたため知る由もなかったが、僕が抜けた栄光の光は目に見えてクエストの成功率が下がったと噂になっていた。


 女神様が言った通り、僕が今まで行ってきた雑用の数々を代わりにこなす存在がおらずパーティとして機能不全に陥っているようだった。


 現に彼らの顔には色濃く疲弊の色が残っており、修繕するお金にも困窮しているのか以前は常にピカピカだった装備も明らかにボロくなっている。


「自分達がうまく行かなかくなったからと言って、今更僕に擦り寄ってくるのか? 惨めだな」

「な、な……!」


 僕にここま言われるのが想定外だったのか、グレンは口をあんぐりと開けて呆気に取られた表情を見せる。

 

 何も言えないでいるグレンに代わって栄光の光の面々が僕に向かって口々に醜い罵倒をぶつけてきた。


「てめえ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!!」

「そうよ! 大人しく私たちの元に戻って来ればいいのよ!」

「こちらが限りなく譲歩してあげているのですぞ! こうべを垂れて感謝すべきです!」


 ギルドに剣呑な雰囲気が漂う。


 こちらに殺気を向けて来る栄光の光。


 以前はそれだけで萎縮してしまったものだが、成長した今の僕にはそんなもの怖くもなんともない。


「何、やる気?」


 背中に背負った大剣に手をかけ、逆に殺気を飛ばす。


「ひっ!!」


 そうすると、グレン達は腰を抜かして地面にへたり込む。


 僕の実力はとっくの昔に彼らを大きく追い越していたようだ。


 僕との実力差を知ったグレンは先ほどまでの作り笑いを消して、必死の形相で僕に縋りついてくる。


「た、頼むアッシュ! 戻ってきてくれ!」

「嫌だね」

「そ、そんなこと言わずに頼む! クエストの失敗続きで借金があるんだ! せめてその借金だけでも払ってくれ、僕たちは仲間だっただろう?」


 なんて、図々しい奴なんだ。


 呆れ果ててため息しか出ない。僕はこんな奴を仲間だったと思っていたのか。


「僕を追い出したのはお前だグレン」


 ふと、不思議な感覚に陥る。


 どこまでも哀れな彼らを見て、胸の中に暗い愉悦を覚える。だが、その感覚が妙に心地よい。


「全て自業自得だ」


 ああ、そうなのか。これがそうなのか。


「今更僕に縋ろうとしても、もう遅い」


 ざまあみろ。


 口の中で聞こえないように呟く。


 これで、『ざまあ』は成した。


 しばらくの間使命を達成した達成感と胸のすくどこかスッキリっした感覚に浸る。


 するとーー


 

 ブッブーー!!



「え?」


 頭の中に聞いたことのない、しかしどこか残念な気持ちになる音が鳴り響く。


 直後、街そのものを燃やし尽くす火柱が現れる。


「ちょ、ちょっーー」


 暑いとも、苦しいとも感じる暇もなく、僕は光に包み込まれた。



「ここは、女神様の……?」


 見覚えのある真っ白な景色。


「残念でしたねアッシュ」


 そしてまた美しい女神様が僕の前に現れた。


「残念って。ということは僕は失敗したのですか?」

「はい。その通りです」


 世界を飲み込み火の柱。大炎上がまた神々によって引き起こされてしまった。


「そんな、なぜです? 僕は確かに『ざまあ』を成したのに」

「確かにあなたは『ざまあ』を成しました。ですが神々は満足しなかった。言ったでしょう? 最速で『真のざまあ』を成さなければならないと。あなたの『ざまあ』は時間がかかりすぎた上『真のざまあ』ではなかった」

「そんな……」


 時間がかかりすぎた上に、『真のざまあ』ではなかったなんて。


「神々から今回の『ざまあ』について感想を預かっています。『時間かかりすぎ』『相手が勝手に落ちぶれただけ』『目新しさがない』『100万回は見た展開』『借金肩代わりしてくれだけはワロタwww』」


 なんとも俗っぽい感想だった。


「また、世界が滅んでしまうなんて」


 神々を満足させることができなかった。僕の使命は失敗したんだ。


 気落ちする僕に女神様が優しく声をかけてくれた。


「安心してください、また時を戻します」

「また?」


 もう一度チャンスがあるのか?


「ええ。あなたが『真のざまあ』を成し、世界を救うまで何度でも」


 その言葉を最後に意識が遠くなっていく。


 この感覚は、前にもーー




「アッシュ。君をこのパーティから追放する」


 こうして、世界を救うための地獄のループが始まったのだ。

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