■#24 1 Week Later ――1週間後――

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事件から1週間。

入院中のエスターと付き添うアナの前にあらわれた人物、そしてふたりのこれからは――?


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「まったく、おまえは……勇み足にもほどがあるぞ!」長兄のアンソニーがあきれ顔で声を張り上げていた。「警察が到着するまで待てと、あれほどいったのに――命があったからよかったものの、もしものことがあったら母さんがどうなってたか……」

 エスターがマクドネル教授の家に乗りこんでから、1週間が経っていた。

 病院に運びこまれたエスターは緊急手術を受け、順調に回復の経過をたどっている。

 ベッドのそばにはアナの姿もあった。彼女もとなりの特別室で療養していたが3日で退院でき、いまはこうして毎日エスターの病室に通っていた。

 ふたりが病院に運びこまれた翌日、クレアがさっそく駆けつけたが、エスターはそのときまだ面会謝絶だった。しかし強引に病室に入った彼女が目にしたのは、特別に付き添うことを許されたアナがエスターの手を握り、目と目で会話するふたりの姿だった。クレアは放心したような様子で帰っていったそうだ。

「ごめん、兄さん、頭ではわかってたんだけど待ってられなくて……」エスターはしおらしくいい、アナを上目づかいに見た。「でも、ほんとうにありがとう。兄さんが警察にかけあってくれなかったら、いまごろぼくらは――」

「ミスター・ハート、わたしが悪いんです、わたしが彼を巻きこんでしまったから。どうかエスターを責めないでください」アナはアンソニーが病室に入ってきたときからずっと恐縮しっぱなしだった。

「いや、話を聞いたが、きみも立派な被害者だ。きみが謝ったり申し訳なく思ったりする必要はまったくないんだよ」アンソニーはなぐさめでなく、本心からいっているようだった。「とにかく、弟が突っ走ったのがいけなかった。あまりに急な話だったし、確たる証拠もない状況で、こちらも警察の手配に手間取ったのはたしかなんだが……ふだんはわりと冷静でのんびりかまえているこいつが、まさかあんな行動に出るとは――」

 アンソニーがアナを見る。「ま、きみみたいな子が危険な目に遭ってるかもしれないと思えば、しかたがなかったのかもな」そういいながら、にやにや笑いを浮かべた。

「ちょっ……やめてよ、トニー!」エスターが赤い顔をしてがばっと体を起こした。「いっててて……!」脇腹を押さえてベッドに倒れこむ。

「エスター! だいじょうぶ?」あわててアナがエスターの肩を抱いた。

「ま、なんにせよ、結果オーライだ」

 コンコン。そのとき病室のドアにノックがあった。

「ああ、来たかな」アンソニーがドアを開けにいった。「ちょっとお客さんを呼んでおいたんだ」

「客?」エスターがけげんそうにきいた。

 アンソニーが迎え入れたのは、肩くらいの美しい金髪をふわりと巻き髪にし、青いスーツを着た上品で知的な婦人だった。40歳に届くか届かないかだろうか? ふっくら――と表現するのがひかえめなくらいのぽっちゃり体型で、あたたかい人柄がにじみ出ているようなやわらかい雰囲気の女性。

 エスターもアナも、いったいだれ?という顔でぽかんとしていた。

「ひさしぶりね、エスター。すっかり元気になったようでうれしいわ。いえ、そんな大ケガをして“元気”とはいえないだろうけど」女性がにこっと満面の笑みを浮かべた。「それにしても予想以上のハンサムになったわね」

 エスターは目をみはった。「えっ……その声……まさか、マリーナ先生!?」

「そのとおりよ! わからなかった?」屈託のない明るい笑みは、たしかに8年前の笑顔と変わらなかった。

「うわ、驚いた……正直、わかりませんでした」エスターが信じられないというように頭をふった。

「でしょうね、ずいぶん太ったから。それに年もとったわ」先生がうふふと笑う。

 アナも同じくらいびっくりしていた。もしかして、8年前にエスターの担当だった、あのサラサラ金髪の先生なの? あのときエスターに好きになってもらえていたひと。いつのまにか、わたしのあこがれの目標になっていたひと。

「あなたの武勇伝とそのいきさつを聞いて、来ずにはいられなかったの」そういったマリーナ先生は、エスターからアナへと視線を移した。

「アナスタシア・シチェルヴァコヴァね?」アナに向かってたずねる。

「は、はい、そうです」

「入学早々、たいへんな目に遭ったわね。マクドネル“元”教授は、たたけばいくらでもホコリが出そうよ。もう教授職には戻れないでしょう。でも、安心して。あなたのことは、わたしが引き受けるわ」

「えっ?」アナとエスターの声が重なった。

「知らなかったでしょうけど、じつはわたし、UCバークレーで教鞭をとっているの。臨床の医師もつづけながらね。だから、あなたが大学を辞める必要はないわ、アナスタシア。それはハート家からもじゅうじゅう頼まれていることなの」アンソニーに向かってうなずく。

「……そんな……そんなことって……」アナは目に涙を浮かべ、信じられないというようにマリーナとエスターとアンソニーの顔を交互に見くらべた。

「よかったね、アナ、ほんとによかった」エスターが笑顔でアナの手を握る。

 マリーナはまぶしそうにエスターとアナに目を細め、くすりと笑った。「ほんとうにすてきな青年になったのね、エスター。あーあ、もったいないことしちゃったかな」

「えっ……!」エスターが若干あせった顔になる。

「ふふ、冗談よ、心配しないで。いまはわたしにも尊敬できるパートナーがいて、子どももいるから!」マリーナ先生はウインクした。


 アンソニーとマリーナ先生が帰り、ぼくとアナのふたりきりになった。

「エスター、パッチがね、ゆうべエアとものすごい追いかけっこをしてたのよ」

 パッチというのは、大学で行き倒れたところを保護した子猫のことだ。結局、うちのみんなと仲良くなって、うちの子に加わった。そして、さらにもう1匹。教授宅の地下室でぼくらを助けてくれたあの猫。あいつも家族にしないで、どうするっていうんだ? しっぽ型のストラップでアナがいることを教えてくれたから、テイルと名付けた。いまはまだ動物病院にいるけど、すぐにみんなと合流だ。

「そっか、テイルも早くいっしょに暮らせるといいな」

「そうね」

「となると……」ぼくはアナの手をぎゅっと握った。「いまやあのコテージには猫が5匹。もうすぐ6匹になる。でも、それでもまだまだ広いんだ」

 アナはまだピンとこない表情で聞いている。うーん、もうひと押しか。

「でさ、2階にはゲストルームが3部屋もあるんだよ」

 あれ、ちょっと真顔になったぞ? いや、困った顔か?

「猫6匹――いまは5匹だけど――の相手って、けっこうたいへんだろう? あいつら、意外とさみしがり屋だしさ」じつはアナが退院してから、彼女がうちの猫たちの世話――というか遊び相手――をするために通ってくれていた。アナは運転ができないから、ハート家の専属運転手が送り迎えをしているけど、時間によっては泊まってもらうこともあるだろう。ということは――もう住んでもらえばいいってことにならないかな?

「そ、そう……かも……?」

「だよね?」ぼくはとびきりの笑顔をつくった。アナの顔がほんのり赤くなる。よし、あとひと息。

「だから、アナ、ぼくが退院するときは、ふたりと6匹だとすごくいいと思うんだ」ニコッ。

 アナの頬の赤みがいっきに濃くなった。よし。

 ふたりと6匹になったら、いろんな話をいっぱいしよう。

 彼女のことを、もっと聞きたい。

 アナは卒業アルバムにいなかったから、スナップ写真を引っ張り出して彼女の姿をいっしょに探すのもいいな。彼女はむかしの自分をいやがっていたけど、クレアにもらった写真を見ていたら、赤毛のくるくるもすごくかわいく思えたんだ。そう、ものすごくかわいい。いまのアナがあの髪でも――メガネをかけていても――ぼくは変わらず彼女をかわいいと思うだろう。

 いま、彼女の髪はけっこうウエーブが出てきてる。サラサラヘアがストレートパーマだったってこと、じつはきのう打ち明けられた。そんなこと気にしなくていいのに。ぼくはどんなヘアスタイルだってかまわない。アナのやりたいスタイルにすればいい。どんな髪だってかわいいよ。

 ぼくは彼女の手を引いた。

 びっくりしたアナの、まんまるの目。

 ああ、きれいなクリスタルブルーだ。

 もっと顔が近づいて、その瞳が閉じる。

 そしてぼくは、そっとくちびるを重ねた。


― 完 ―

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エスターと運命の1週間 ― Who’s that girl? - His seven crucial days in Los Angels ― スイートミモザブックス @Sweetmimosabooks_1

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