■#23 Day 7 Sunday Evening ――7日目。日曜の晩――

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アナの誠実さを信じることに決めたエスター。

彼が次に取った行動は――。


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「だいぶまいってるようだな。よく考えてみたか、アナスタシア? きみはまだ若い、研究もつづけたいだろう? このまま死ぬなんて、もったいないと思わないか?」

「……」アナはバスルームにもたれてうなだれたまま、なにもいわない。

「もう話す気力もなくなったのか?」教授が身をかがめる。

 アナは顔をあげて教授と目を合わせた。

「教授こそ、考えは変わらないんですか? いまの研究だって、もう一度見直して条件を変えてみればちがった結果が出るかもしれないじゃないですか。方法を変えて――」

「そんなことはわかってる!」憤慨したように教授はいった。「それができないからこうして話をしてるんだろう!」ガツッとアナの脚を蹴りつける。

「!」暴力をふるわれてアナはひるんだ。いちだんと恐怖に体が締めつけられる。

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 ドアホンの音がした。金属扉が少し開いたままになっていたせいか、音が地下まではっきり届いた。

「くそっ、だれだ、こんな日曜の夜に」教授はいまいましそうに地下室を出ていき、階段を上がっていった。


「こんばんは、夜分にすみません、マクドネル教授。エスター・ハートです」

「!」ハート家の小僧? どうしてここに? 「なんの用だ?」

「じつはアナスタシア・シチェルヴァコヴァから、教授に伝えてほしいと頼まれていたことがあって。ちょっとお話ししたいんですけど……」

 アナスタシアが? なにをこいつに話すというんだ? まさか……治験結果のことでなにか?

「なにについての話だ?」

「こんな玄関先でお話しするようなことじゃないんですけど」

 くそ、やっぱりか!

 教授はあわててガチャガチャと鍵をまわし、ドアを開けた。

 その瞬間、エスターは体当たりに近い勢いで飛びこんだ。

「なっ……なんだっ!?」教授が勢いでうしろによろける。

 エスターは一瞬で玄関ホールと、そこからつづくリビングを見てとった。アナの姿はない。

「アナ! アナ! いるなら返事してくれ! アナ!」出せるかぎりの大声を張り上げる。

 教授がすぐに背後からつかみかかってきた。「なんだ、きさま!」

「すみません、教授!」ひとこと断るが早いか、エスターは教授のみぞおちに一撃を入れた。「話はあとで」

 ドサッと教授が床に倒れこんで意識を失った。

「…………! ……こよ……! ……けて……!」

 なんだ? どこかから声がする! たしかに聞こえる! エスターは声を頼りにあちこちに目を走らせた。

 あのへんからか? 階段下にまわりこむと、床に跳ね上げ式のふたが見えた。

 ここか!

 エスターはふたを持ちあげ、そこから下に伸びた階段を駆けおりた。地下室だ。金属製の扉を力まかせに押し開ける。

「アナ!」

 アナが奥のボックス型バスルームの近くに立っていた。

「エスター!? 来てくれたの? ああ、エスター……!」

 彼はアナのところに駆け寄った。「よかった! 見つかって! だいじょうぶか、早く……」そのとき、アナの手首に手錠がかけられ、バスルームのタオルハンガーに鎖でつながれているのを見て取った。

「くそっ! なんてことを!」ガチャガチャ引っ張るが、鎖はびくともしない。

「エスター、だめよ、はずれないの。教授はどこ? あぶないわ、早く逃げ――」

「くそったれ、この小僧め……」いつのまにおりてきたのか、痛みに顔をゆがめた教授がみぞおちを手で押さえながら地下室に入ってきた。もう片方の手には銃を持っている。

 エスターもアナも血の気が引いた。エスターはとっさにアナを自分の背後に入れた。

「おまえら……許さんぞ」教授はぐっと腕を伸ばしてエスターに銃口を向けた。「これは正当防衛だ。ふたりまとめて消してやる」

「やめて! やめてください教授!」アナがエスターの前に飛び出そうとしたが、すぐにエスターが彼女を自分のうしろに押しとどめた。

「教授、どうしてこんな……いや、どんな理由があったってこんなことは許されない。アナをいますぐ解放してください」エスターがいった。

「無理だな」教授は少しずつふたりに近づいてくる。

 エスターはアナを守るように両腕を広げ、ひざを落として教授をにらんだ。くそっ、どうすればいい……?

 そのとき。

「フシャーッッ!!」地下室の暗がりでなにかが叫んだ。

 教授が反射的にそちらを見る。

 その瞬間、エスターは教授に飛びかかった。

 パンッ! 一発の銃声が地下室にこだました。

「きゃあああ!」アナは悲鳴をあげ、床に転がったエスターにとりすがった。「エスター! エスター! いやあ!」

 エスターは左脇腹を押さえてうずくまった。「だ、だいじょうぶ……かすっただけ」しかし片目をしかめ、苦痛をこらえている。

「くそ、はずしたか」教授が手を震わせながら、ふたたび銃をかまえようとしていた。

「やめて、もうやめて!」アナはエスターに覆いかぶさるようにしてかばった。

「おまえも早いか遅いかのちがいだ、動かないほうが一発ですむぞ」教授の額には脂汗が浮いている。

 ……ファンファン……ファンファン……。

 教授がぴくりとして顔をあげ、振り返った。

 なんだ、あの音は。

「教授……」エスターが苦しげに話しはじめた。「もう……警察がここに向かってます……兄に電話してから来たので……」

「なんだとっ?」教授は目をむいた。

「まだ……間に合います……あなたは……まだひとを殺してない。ひとが死んだのと、死んでないのとじゃ……大ちがいだ。これ以上、罪を犯さないで……」

 エスターが話すあいだにもサイレンの音は大きくなり、すぐ近くで止まったと思ったとたん、ドタドタと大勢の足音がなだれこんできた。警官だった。

「お願いっ、早く救急車を! 救急車を呼んで!」アナは自由にならない手でエスターの体勢を変えさせながら叫んだ。警官がすぐに無線で連絡を取っている。

 教授はぼう然としたまま警官に取り囲まれ、取り押さえられ、連行されていった。

「エスター……エスター……ごめん……ごめんなさい……しっかりして……」アナはエスターの上半身をひざに乗せて泣いていた。

「謝らないで、アナ……だいじょうぶだ……泣かないで……」エスターは目を閉じてふうふういっている。「ぼくがしくじっただけだ……だいじょうぶ……泣かないで……」

「しっかりして……救急車がすぐ来るわ、しっかり……」

 10分足らずのうちに救急車が到着し、エスターは病院に運ばれた。

 2日間監禁されていたアナも、もちろんいっしょに――。

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