パイルバンカー令嬢は悪霊を貫く!

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炸裂せよ!パイルバンカー!

「メリス、貴様との婚約は本日を持って破棄とする! ネトリーにしてきた悪逆非道の数々……もはや許せん!」


 貴族学校の卒業記念パーティの席で、王子イログールイは高らかに宣言した。

 突然の出来事に、会場に集った貴族子弟たちにどよめきが走る。


「あら、イログールイ様。わたくしが何をしたと言いますの?」

「教科書を破ったり、机に落書きをしたり、上履きにカエルを入れたり、階段から突き落としたり、挙げ句に悪漢に襲わせてネトリーを傷物にしようとしたではないか!」

「で、殿下。きっと私のせいなのです。平民上がりの私が、知らず知らずに無礼を働いてしまって……」

「ネトリー、君は悪くないんだ。必ず守るから、いまは静かにしておくれ」

「は、はい……」


 銀髪碧眼の王子イログールイのすぐそばには、ピンク髪なのだけれどもなぜか地味なのだけれどもなぜか巨乳という矛盾の塊のような少女ネトリーがいた。

 ネトリーは、平民の出身であるが学業優秀にして人格も極めて優れているとして、特例的に貴族学校に編入していた秀才である。


「で、メリス。何か申し開きはあるか?」

「申し開き……でございますの? そもそも申し開くようなことが思い当たりませんわ」


 細い顎に指を当て、首を45度にかしげたのは公爵令嬢メリスだ。

 貴族でも最大の勢力を持つウラコーヤ家に生まれ、頭脳明晰にして容姿端麗、金髪縦ロールという完璧な貴族令嬢である。


「とぼけるなよ、メリス。お前がやったネトリーへの嫌がらせの数々は、すべて証拠も揃っているんだ!」

「証拠があるから、なんですの?」


 メリスは、心底わからないという顔で答えた。


「正室と側室の間で確執が生まれるのは当たり前のことですの。陰口の叩き合いからはじまって、足の引っ張りあい、毒の盛りあい、決闘士を使った代理戦争などなど、恋の鞘当てで真剣が抜かれるのは珍しくないのでは?」

「それはそうなんだけど、発想が怖いわ!」

「それが貴族令嬢というものですの」


 メリスは、金髪縦ロールをびよんびよんと揺らしながらイログールイ、否、隣りにいるネトリーに向かって歩いて行く。

 メリスは、ネトリーの顎先をつまんでぐいっと引き上げて、告げた。


「泥棒猫ちゃん? あなたの身分では、王子への横恋慕など百年早いですの。どうしてこんなことを企てたのかしら?」

「横恋慕だなんて……そんな。私はただ、王子のことが……」

「純粋に、ただ好きだったとでもおっしゃりたいの?」

「好きだなんて、私のような平民にはおこがましいこと……」

「そこだっ!!」


 戸惑うネトリーの隙を突き、メリスはネトリーの懐に手を突っ込んだ!

 素早く引き抜かれたその手には、王宮絵師でも難しいと思われるであろう精緻な表紙の描かれた本が握られていた!!


「『中世恋愛戦記ネトリー=ネトッタ 解体新書 ~バッドエンドからトゥルーエンド、バグ技までを余さず紹介~』。これが、あなたのチートずるの正体でしたのね?」

「かっ、返せっ!!」


 メリスが取り上げた本を取り返そうと、ネトリーが必死な形相で飛びかかる。

 しかし、メリスは金髪縦ロールをびよんびよんと優雅に揺らしながら、それをかわし続ける。


「返してほしければ、正直に答えるのですわ。あなた、この本をどこで手に入れたのですの?」

「か、返せっ! それを拾ったのは王都の郊外にある廃墟からだ!」

「ほう、あの有名な心霊スポットの?」

「夏休みにっ! 肝試しで攻略対象のイケメン数名と一緒に行ったんだ!」

「ふむ、そういうことでしたのね」


 そこまで聞くと、メリスは『中世恋愛戦記ネトリー=ネトッタ 解体新書 ~バッドエンドからトゥルーエンド、バグ技までを余さず紹介~』を興味なさげに放り捨てた。

 ネトリーは床に転がったそれに覆いかぶさるように飛びつき、憎しみのこもった目でメリスを見上げる。


「私の聖書にこんな真似をしてくれて……。絶対に許さない!」

「うふふふ、すごい執着ですのね。でもそれが聖書だと言うのなら、こちらは一体何になるのかしら?」


 メリスがこれみよがしに掲げた指の間には、サイコロほどの大きさの立方体の箱が挟まれていた。


「かっ、返せっ! それを返せっ! ぶっ殺すぞ!!」

「うふふふ、やっと本性が見えてきましたのね」


 メリスは箱をひらひらと弄びながら飛びかかってくるネトリーをあしらいつつ、優雅に笑う。

 ネトリーの顔は真っ赤に染まり、よだれを垂れ流し、まるで狂犬病に侵された野犬のような表情になっていた。


 豹変したネトリーに狼狽したイログールイ王子が思わず疑問を口にする。


「な、な、なんなのだその黒い箱は……」

「これは特級呪物、コンヤクトリバコですの」

「コンヤクトリバコ……だと……?」

「これに魅入られたものは、婚約者がいる相手を寝取りたくて寝取りたくて我欲が抑えられなくなってしまう……そういう厄物ヤクモノなのですわ」

「な、なんだって!?」

「ぐふぅ、ぐふぅ、返せっ! ソレヲカエセ!!」


 もはや狼面人身と化したネトリーが、メリスへと飛びかかる!

 太く、長く伸びた黒い爪が、メリスを引き裂かんと襲いかかった!!


「うふふ、ついに正体を表しましたのね。犬畜生め」


 メリスが右手の白手袋をすっと脱ぎ去ると、その下からは奇妙な紋様が刻み込まれた白銀の杭が現れた!

 手に握っているのではない。

 右腕は肘の上まででなくなっており、その先に、代わりといわんばかりに太い金属の杭が備わっていたのである!!


 それはメリスの精神力に感応して射出される聖なる杭。

 すなわち、ミスリル製サイコパイルバンカー!

 あらゆる魑魅魍魎邪霊邪神を貫く究極の聖霊兵器である!!


「悪霊退散! 破ァっ!!!!」


 気合一閃!

 高速でモーターが回転する「ギュィィィイイイン!」という金属の咆哮と共に、メリスの右手の杭は大量の蒸気を噴出しつつ、凄まじい速度で突き出された!!

 銀色の光を放つ先端は音速を超え、衝撃波ソニックブームと共にネトリーの頭上をかすめていく!!!!


 粉砕!

 玉・砕!!

 大☆喝☆采!!!!


 ネトリーの背後の壁が黄金色のオーラに吹き飛ばされ、地平線まで一筋の光条が走り抜ける!!!!

 王城の壁が崩れ落ち、あたりにはもうもうと土煙が立ち込めた。


 そして、やがて煙がおさまると、そこから右手の杭を突き出したままの姿勢でドヤ顔をしているメリスの姿が現れた。当然、縦ロールもびよんびよんしている。

 右手の杭の先には、黒く厭らしい色をした、奇妙にベチャベチャしたの死骸がぶら下がっていた。


「……はっ!? 私はいままで何をしていたの!?」

「正気に戻ったようね、ネトリー。もともとあなたはそこそこのイケメンの群れに刃傷沙汰にならない程度にちやほやされる、オタサーの姫くらいの、ゆるい逆ハーレムを志向していたはず。それが王子の婚約者と成り代わろうなんて、こんな悪霊にでも憑かれなければありえなかったのですわ」

「そ、そういうことだったんですね。最近、自分が自分じゃないような気がして変な気分だったんですが……。王妃とか、側室とか超めんどくさそうですし、どうして自分がそんなものになりたかったのか、いまではまったくわかりません。ぶっちゃけ王子も体臭がキツくて近寄りたくなかったですし……」

「俺ってそんなに臭かったの!?」

「体臭ぐらいは我慢できなくては王妃は勤まりませんよ」

「はい、私などにはとても王妃は勤まりそうにありません……」

「王妃の座と天秤にかけちゃうレベルの体臭なの!?」


 がっくりと項垂れるネトリーの横で、同じくがっくり膝をつくイログールイ王子。

 それを見下ろしながら、金髪縦ロールを揺らすネトリーが告げた。


「本当はこの後、『寺生まれの令嬢』というネタとか、八尺様、カンカンダラ、メリーさんに口裂け女、そしてくねくねとかを出したりだとか、『杭を打つ=悔いを撃つ=その悔いを、喰い尽くす!!』『令嬢とはすなわち霊場の意。彼岸と交感し、此岸と結ぶ者である』『奈廊殺禍(なろうさっか):奈落にある回廊を統べる邪神。理不尽な婚約破棄やパーティ追放が後を絶たないのはこいつのせい』『天訃霊(テンプレ):流行りの要素を取り入れた作品をたった数本書いてウケなかったことを恨んで悪霊と化した奈廊殺禍の眷属。諦める前に10本は書け。テンプレを書けば必ずウケるってわけじゃないんだ。先人にリスペクトを持て』みたいなネタをつぎ込みたかったのだけれども、ぶっちゃけ飽きてきたのでこの辺で切り上げますの。まあ、王城を爆破して、それを背景にわたくしと王子がキスをする場面で終了ということでよいのではないのかしら? 臭いは我慢しますわ」

「なんかめちゃくちゃだけど俺が臭いことだけは確定なのかよ!?」


 そして王城は爆発四散し、それを背景にメリスとイログールイはキスをした。メリスは鼻をつまんでいた。

 それからなんやかんやあって、王国には平和が訪れたのである。


(了)

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