からあげ探偵

朝飯抜太郎

第1話 ロンリーマート食品放置事件

  俺の名は狐井路アガル。鶏モモ肉のからあげで、探偵だ。

 からあげが服を着て日本語をしゃべり、歩いたり走ったりして事件を解決する。それが俺だ。

 何故、一食べ物である俺が、イタリア製のスーツを着こなし、颯爽と街を歩いているか?

 料理は、調理されたときに生まれ、誰かに食べられることで死ぬ。それが正しい理だ。しかし、時折、その理から外れてしまった料理がある。どんなにシステムが進歩したって、そういう悲しいことが起きてしまうのが、人間の社会の限界だ。

 そういう悲しみを和らげる為、物言わぬ料理たちの代理人として、俺はここにいる。

 俺は、からあげ探偵。食べ物を粗末にするヤツを見つけ出すのが俺の仕事だ。


「狐井路さん。新しい放置事件が発生しました」

 秘書キム・チーの声に、報告書をタイプする手が止まる。

「放置されていたのはロンリーマートの期間限定商品、阪神タイガース応援ヘルシー弁当。場所は、第三茂田稲井公園のゾウさん滑り台の頂上です」

「これで四件目だな。これ、同一犯だと思う?」

 食品の放置事件がこれまでに3件起きている。鳥のからあげ放置事件、サンマの塩焼き放置事件、ユンケル黄帝液(マムシ配合)散布事件。最初のからあげの事件で俺は人間界に呼ばれたわけだが、それからたて続けに三件だ。

 これらの食べ物たちは結局誰にも食べられることなく、その賞味期限を全うした。ふつう、こういう食べ物は、犬や猫、カラスといった都市型動物が食べてくれるものだが、何故かこの付近から動物達が姿を消しており、誰も食べてくれるものがなかったというわけだ。その動物消失も依頼がきているが手が回らないので調査員の柚子胡椒姉弟に丸投げしてある。

「どうでしょうか」キムはいい加減なことは言わない。

「事件の発生日時および発生場所が近いこと、そして放置された食べ物がどれもコンビニチェーン・ロンリーマートの商品だということは大きな類似点ですが……」

「ロンリーマート方面の調査はどうなってる?」

「マヨネ調査員から先ほど連絡がありました。まだ、これらの商品を買った人物の特定には至っていません。この辺りがロンリーマート過密地帯であることが原因です」

 キムは印刷された地図を俺に渡した。その地図には、事件の発生した場所と、付近のロンリーマートの位置が示されている。うんざりする程のロンマ数。マヨネちゃんは苦労してるだろうな。

「したがって、ロンリーマートでの繋がりはあまり重要ではないかもしれません。ただ……」

 これは関係ないと思いますが、とキムは前置きして、地図の事件発生位置の最短距離を線でつないだ。線の長さはどれも同じくらいだ。すると地図上に、船かお椀のような形が現れる。

「だから何だということですが」

 しかし、俺は地図上に別の図形を思い描いていた。

「いや、さすがキムだな。そうか……えーと、放置されていた食べ物は……」

 なるほど。謎がひとつ解けた。

「……だから何だということでもあるけど」

「何がわかったんですか」キムが俺に顔を寄せる。

 俺は地図に新しい点を打ち、そして点を線でつなぐ。

「五芒星だよ」


 夜、地図上に見つかった新しい点に移動しながら、隣のマヨネちゃんに説明する。

「五芒星は日本では陰陽師、安倍晴明が五行の象徴として使った。陰陽道だ。その元になった陰陽五行説、その元になった五行説では、万物の元素を、木、火、土、金、水の五つと定めてる。そこに五神ってのもあって、それぞれ青龍、朱雀、黄龍、白虎、玄武となる」

「で、それがどう関係あるんです?」

 マヨネちゃんはコンビニを探索するので酷く疲れてるようで、奥底には理不尽な怒りのようなものが感じられる。俺は早口で説明する。

「つまり五芒星の頂点に置かれた食べ物は五神に対応しているんだ」

「は?」

「朱雀は鳥つながりでからあげ、阪神タイガース応援弁当は白虎、サンマは青くて細長いから青竜、ユンケル黄帝液(マムシ配合)は蛇と龍が似てるのと黄つながりで、黄龍……。次は何だろな。亀だからな」

「からあげさん。本気ですか?」

「さあ……とりあえず本人は本気だろうな」


 新しい点は、駅の裏側にある噴水広場だった。街の繁華街は反対側なのでこちらに人影はない。

 そして俺達は、その噴水広場の真ん中、噴水の上に鍋を置こうとしている男を発見した。

「現行犯逮捕ッ!」

 俺は叫び、マヨネちゃんが一足先に男に向かって走った。

 男はぎょっとした顔で動きを止める。そりゃ、そうだろう。黒いスーツを着たからあげと、マヨネーズが走ってくるんだから。

 しかし、男は逃げなかった。代わりに叫んだ。

「お前らじゃないッ!」


 俺たちはとりあえず噴水広場に腰掛けて男の話を聞いていた。男はうなだれている。

「で、五芒星から式神を呼び出そうとしたと」

「五芒星って魔法陣みたいなもんなんですか?」

 マヨネちゃんはまだ納得がいってない。俺だってそうだ。

 この男は受験生で、受験ノイローゼというやつなのか、試験日が近づくにつれて、ある妄想に取りつかれた。

 曰く、「バレンタインにチョコレートをもらえば試験に合格する」

「でも、俺はチョコレートもらえないから……」男は悔しそうにつぶやいた。

「チョコレートの式神を呼び出そうとしたんだ」

「そんなもん、いるわけないでしょ」

「あんたらも同じようなもんだろ! 俺は去年見たんだ。チョコレートを配り歩くチョコレートを……そいつは自分が式神だと言った」

 俺は知り合いリストを検索して、一人該当食べ物を見つける。

「千代子か……」

「狐井路さん、知り合いですか」

 俺はうんざりしながら答える。

「自分のことを式神って呼ぶ同業者を知ってる。チョコレートだ。毎年、バレンタインに人間界にやってくる」

 人は俺たちを精霊だとか、もったいないおばけ、とか言うが、特に決まった呼び方はない。俺は探偵と呼ぶことにしているが、式神だろうが妖精だろうが、派遣された食べ物の裁量ってことだ。

「し、知ってるのか」男が最後の希望にすがる。

「知ってるが、あんたの思うようなものじゃない。多分、そいつはチョコを配ってたんじゃない。回収してたんだよ。余って捨てられるチョコをな」

 男は今度こそがっくりとうなだれた。


 あとは報告書を提出すれば、事件は終了だ。この男には然るべき罰が下されるだろうが、それは俺らの仕事じゃない。一応、男の住所を確かめる為に家までついていく。

 男の家は五芒星の中心にあった。そして、そこには意外な人物(食物)がいた。

「あ! アガルくん!」

「ゆ、柚子……詩央もか」

 犬猫失踪事件を調査していた調査員、パーカーにジーパン姿の柚子と詩央が、男の家の玄関前に立っている。

「見てよ、これ」

 柚子が嬉しそうに、透明のビニール袋に入れられた黒い塊を手渡した。

「何だ?」

「毒物」

 柚子の後ろで、詩央が呟く。

「これがこの付近でたくさん見つかったの。そんで、この毒物が、この家の住人によって、犬とか猫に食べさせてたってのを何人も見てる」

「マジか……じゃあ、この付近の動物たちはその毒で……」

 俺とマヨネちゃんは顔を見合わせて、次に連れてきた男を見る。男は視線を感じて、あわてて首を振った。

「死んだわけじゃないみたいよ。ただ、これを見せるとものすごい勢いで逃げてくね」「経験……あるいは本能……」後ろで詩央が呟く。

「ここまで調査したあたしたち、どう? えらい?」

 そして、唐突に最後の登場人物が家から現れる。


「お兄ちゃん!」

 ツインテールのその女の子は俺たちを無視して、後ろの男に心配そうに近づくと、思いっきり怒鳴りつけた。

「どこ行ってたのよ! こんな遅くに! 試験もうすぐなんでしょ! 風邪引いたらどうするの。ほんと、バカなんだから」

「お前、受験生にバカとか言うなよ……」

 男は咄嗟に反論するが、声に力がない。そして、女の子に引きずられるまま、男は家に連れ戻されていく。

「ちょ、ちょっと待った!」

 柚子が、それをなんとか押しとどめ、女の子にビニール袋を突きつける。

「これ、あなたが作ったでしょう!」

 女の子はそれを見ると、表情を一変させると、あわててビニール袋ごと柚子から奪いとった。

 そして、くるりとふりかえり、そのまま家の中に入っていった。あっという間の出来事だった。「さっきの何だったんだ?」「知らないわよ!」という兄妹の声が小さく聞こえた。

 その間、俺たちは、呆気にとられ、ただ立ち尽くしていた。


「そ……そんなの、ないよ!」

 柚子がわれにかえり、俺に泣きついた。さっきまでの勝ち誇った笑みが消えている。

 何だかわからないが勢いだけで相手に敗北感をあたえられる人種がいる。さっきの妹はその種の人間だ。

「さっきの黒いの、もっとあるか?」

 ちょっと泣き出した柚子をなだめつつ、俺は後ろの詩央に聞いた。詩央がふところから別のビニール袋を取り出して、俺に渡した。

 俺はそれを袋から取り出して眺めてみる。やっぱりそうだ。これは、

「チョコレートだ」

「え? チョコ?」

「そのなり損ないというか……なんか色々入ってるな。毛か? いや虫みたいにも見える……」

「そんなことより! どうするんですか、犯人二人が家に立てこもっちゃいましたよ!」

 マヨネちゃんは疲労がピークに達しているのか、完全に怒っている。

「そうだな。帰ろう」

「帰る!?」

 不満そうな声と嬉しそうな声がハモる。

 とりあえず涙目で睨みつける柚子の頭に手を置きながら言った。

「まず食べ物放置事件の犯人の方は終了。これ以上の犯行はない。そして、毒物……散布?の事件も明日で終わることがわかった」

「明日?」

「バレンタインデーだ。灯台下暗しだな。あの男。奥手な兄とツンデレ妹……王道じゃないか」

 ここにきて、彼女たちにも全体像が見えたようだ。

「さて、報告書は明日書くとして、今夜は飲もうか。キムちゃん寝たかな」

「やった! 打ち上げだね。さっき電話した時、事務所にいたからまだ寝てないでしょー」

 さっき泣いていた柚子がもう笑っている。

 やれやれ、とりあえず一件落着か。あの受験生は、もう一山ありそうだが、それも罰のうちだ。俺はチョコレートのなり損ないをもう一度眺めてから、袋に戻し、帰路についた。


 俺は時折、思う。

 カツとカレーを合わせてカツカレーを作った人間は何を考えていたんだろうか。

 神が食物を作り、悪魔が調味料を作る。そして、頭のおかしい人間がそれらを合わせて新しい食べ物を、俺たちを作るんじゃないだろうか。

 本気で、五芒星からチョコレートを作り出そうとしていたあの男は、カツカレーの領域に近づいていたのかもしれない。

 今日は月が明るい。俺たちは、それに照らされながら、人間界の夜を歩く。

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