第44話 杉野あかりの過去 #3 私を見てくれている人

 声が聞こえた方へ振り向くとそこには名前も何組かも知らない男の子が立っていた。


「あ、あの……えっと……」


 不意に声をかけられ、しかも知らない男の人だったからうまく言葉が出てこなかった。


「あっ、急にごめん。さっきポスター剥がされて落ち込んでる藤田さん見かけてさ。まさかとは思ったけど他のところのポスターも剥がされてるなんて思ってなくて。見つけたのはいいけどどうしたらいいか分からなかったから藤田さん探してたんだ。」


 と、その男の子は言った。

 その男の子の手元を見ると何枚かポスターを持っていた。


「えっと……ありがとうございます。私と同じクラスでしたっけ?」


 なぜか同い年くらいなのに敬語になってしまった。

 そんなおどおどしてるあたしを見て男の子は少し笑ってこう言った。


「年上とかじゃないからそんなに畏まらなくてもいいよ。俺は2組の菊月蓮。」


 そう、あたしと菊月くんはここではじめて出会った。


「あ、あの……ありがとう、菊月くん。」


 あたしはそう言って菊月くんが持ってたポスターを受け取った。


「どういたしまして。なんか悩んでそうだったけど、俺で良ければ少し話聞くよ。」


 菊月くんはあそこで話そうとすぐそこにあったベンチを指刺した。


「わ、悪いよ……これは私の問題だし……」

「そんなことないよ。もしかしたら2人だったら解決するかもしれないし。あっ、2人じゃないか。」


 断ろうと思ったけど、もしかしたらとも思った。

 それよりも2人じゃないってことの方に驚いていた。


「ほら、そこで隠れてないで出ておいでよ。」


 菊月くんは近くに立っていた大きな木の方を見て手招きをしてそう言うと、そこに1人の女の子がいた。

 私はその女の子に見覚えがあった。

 いや、唯一あたしと仲のいい女の子に見覚えしかなかった。


「あれっ!?遥香……だよね?」


 あたしはその顔を見るとすぐその名前が出てきた。


「お久しぶりです……藤田先輩。」


 あたしとは全く正反対な容姿をしてるこの子は青山遥香(あおやまはるか)と言ってあたしの中学校時代に仲良くなった後輩だ。

 まさか遥香がこの学校の生徒だったとは思わなかった。


「遥香この学校の生徒だったんだ。全然気づかなかったよ……」


 遥香はてっきり他の高校に行ったものだと思っていたからまさかこの高校にいるとは思わなかった。


「声かけてくれたら会いに行ったのに……」


 とあたしは言ったけど遥香はずっと俯いていた。


「は、遥香……?」


 心配になったあたしは遥香に近づこうとすると急に遥香は顔を上げてあたしの肩を持って揺さぶった。


「そんなことよりも、藤田先輩!!」

「えっ!?な、なに!?」


 急にそんなことをするから後退りしそうになった。


「なんで!!なんで、いつもいつも藤田先輩はあの自己満足でやってるような人に負けた感じで選挙活動してるんですか!!私の知ってる藤田先輩はそんな人じゃなかったのに!!」


 遥香は感情的になっていた。

 いきなりの遥香の行動に頭も回らず喋ることもできず、遥香の言いなりになっていた。


「昔のかっこよくて私のような人たちを助けてくれる藤田先輩はどこ行っちゃったんですか……」


 遥香はそう言うとだんだんあたしの持っていた肩に入れていた力を抜いていった。

 そして、あたしの肩から手を離し、また遥香が俯いたところであたしは遥香を思いっきり抱きしめた。


「ずっと私のことを見てくれてたんだ?」

「……はい。ずっと陰で応援してました。本当はこんなこと言うつもりはなかったんですけど、藤田先輩の目の前に行っちゃうと絶対こうやって言ってしまうと思ったので……」

「ありがとうね、遥香……」


 遥香が応援してくれていたこと、あたしに対してそう思っていてくれたことにさっきの葉山先生との件もあったせいか自然に涙が出てきた。

 そして、なぜ遥香がここまであたしに対して感情的になったのかやっと思い出した。

 多分中学生時代のあの時……



 それは、あたしが中学2年で遥香が1年の時。

 遥香はこの時から髪はピンクで少し派手めな格好をしていて、周りからはギャル扱いをされていた。

 遥香が中学1年の時からあたしは遥香のことを知っていた。

 周りにも少なからずそういう子はいたけど遥香は一段と目立っていたから嫌でも情報やら視界に入っていた。

 これはあたしの勝手なイメージだけど、そういう子って明るくて人付き合いが上手い子だろうなと思っていた。

 そんな勝手なイメージであたしには踏み込めない世界だなと思っていたけど実際は違っていた。

 遥香もクラスや同い年の子からは疎外されていた。

 最初は遥香の周りには人が興味本位で集まっていた。

 でも、だんだんとそういう子達は減っていきある時から興味ではなくからかいの対象になっていた。

 そして、そのからかいが度を超えたときちょっとした事件を起こしてしまった。

 とある女子生徒の頬を遥香の爪で傷つけてしまった。

 運悪くもその女子生徒は周りに人気があり女子のグループでは中心となっている子だった。

 そこからはどう見てもからかいではなくいじめに近いものへと発展していた。

 あたしはある時遥香が女子の集団に囲われている時に助けたことがある。

 あたし自身そんなキャラじゃなかったけれど、どう見ても遥香が苦しんでいるようにしか見えなかったから見てもいられず止めに入った。

 助けた後、遥香と少しお話をしてあたしと同じような存在と知ってからその日から卒業までずっとできるだけ遥香のそばにいた。

 卒業してから少し心配だったけれど、こうしてまた再開できたことにすごく嬉しくかった。

 遥香が言うあの時のあたしと言うのはこのことだろう。

 でも、あたしは遥香が思っているほどいい人ではないと自分で思っている。

 遥香がたまたま気になったから……

 遥香がいじめられている現場をたまたま目撃したから……

 その偶然が遥香にとって恩人という見方になったんだとあたしは思っている。

 だけど卒業まで遥香と一緒にいる時に、


「あの時藤田先輩に助けてもらえなければ今頃私どうなってたか……だからあの時助けてくれてありがとうございます!!」


 と言ってくれるのはすごく嬉しかった。

 それに先生からも遥香のいじめには手をつけられなかったらしく、あたしが助けて以降ほとんど遥香に対するいじめがなくなったことに感謝された。

 この時くらいからだと思う。

 あたしが人前に出るようになったのは。

 あたしにも人助けができる、誰かのために何かできると思ったのは。

 でも、当然今まで静かにしてた女子がいきなり目立つような行動をするから周りからは白い目で見られていた。

 

 抱きしめていた遥香と目を合わせて2人で笑顔になった。

 遥香も多分あたしも目頭が少し赤くなっていて今にも泣きそうになっていたんだなって思った。


「あ、あの……もういいかな?」


 横から声が聞こえて一気に現実に戻された。


「あ、あっ……!!ごめんね!!菊月くん……」


 あたしも遥香も今までのことを見られていたと思うとすごく恥ずかしかった。

 だけど、この時の菊月くんには申し訳ないけど完全に菊月くんの存在を忘れていた。

 また遥香と顔を合わせてお互い真っ赤にしてるのを見て笑っていた。


「さて、本題だけど藤田さんは何を悩んでいたの?まぁ、大体選挙絡みだってことは分かるけど……」


 すぐそこにあったベンチへ左から遥香、あたし、そして菊月くんと並んで座り、菊月くんがそう話し始めた。


「えっとね、色々あって立候補やめようかなって思ってたのと重なってて悩んでたってのもあるんだけど……今はやめるって悩みは完全に消えたから別の悩みで……」


 あたしはじっと手に握っているポスターに目をやった。

 

「どうしたら私に注目してもらえるかなって……私、金山くんみたいなことはできないし、でも私に投票してもらうためには注目されないといけないし……」


 ポスターだけでは効果がないのは分かった。

 あたし1人だけの声かけでは誰も振り向かないことも分かった。

 でも、それをどうしたらいいのか本当に分からなかった。

 やっぱりあたしじゃダメなのかなって2人に言っちゃいそうだったけどもう絶対弱音は吐かないって決めたからギリギリのところで飲み込んだ。

 すると、菊月くんがこう切り出した。


「藤田さんはなんで生徒会長になりたいって思ったの?」


 いままで上辺のことでしか生徒会長になりたいっていうことしか言ってなかったけど、菊月くんにならあたしが本当に生徒会長になりたい思いを伝えてもいいのかなって思った。


「私が生徒会長になりたい理由はね……私はお母さんみたいになりたいって思ってたの。私のお母さんは秘書やっててその姿がかっこよくて、私の憧れの存在だった。お母さんの昔話を聞くと私のお母さんはこの学校の生徒で生徒会長だったの。それを聞いて私もやりたいって思ったのがきっかけなんだ。」


 菊月くんも遥香も黙ってあたしの話を聞いてくれた。


「お母さんが生徒会長になった時何をしたのか調べると男女ほぼ共学にしたってのを見た。今まで目標にしていたし、生徒会長やれるなんてすごいなって思ってたけどまさかこんな大きな改変をしていたとは思わなかった。だけど、私にもそんな大きなことはできなくても何か出来ると思って今まで頑張ってきた。」


 今まで誰にもこんなこと話したことなかったからすごく恥ずかしかったけど、2人が真剣に聞いてくれているのを見てだんだんと恥ずかしさが消えて普通に喋っていた。


「それから私考えたんだ……考えた結果、また男女とかグループとかで平等じゃなくなってきている。だからみんなで仲良く、誰もが助け合ってみんな笑顔と感謝で溢れるそんな学校にしたいなって。」


 そんな学校にしたかった。

 だから時間がある時、学校のことで困っていることはないか聞いてまわってた。

 でも、やっぱり困ってるのはグループに入れないとか人付き合いが苦手な人しかいなくて、あたし自身そういう子たちにしか話ができなかった……いや、それしか出来なかった。


「そんな理由で生徒会長になりたいなって思ったの……どう?菊月くん……」

 

 正直あたしも深い内容は話さず、上辺だけの言葉を並べて生徒会長になろうと思っていたんだと思う。

 だって、こんなこと聞いたって無理だとみんなに笑われるだけだって分かっていたから……

 

「明日、そのポスター大量に持ってくることできないかな?」

「えっ?このポスター……?」


 菊月くんは何を言い出すのかなと思ったら、ポスターのことをだった。


「え、べ、別にいいけど……どうするの……?」

「明日からそのポスター俺生徒に配るよ。」

「えっ!?そんなことしなくても……」

「注目集めたいんでしょ?だったら出来ることしないと。」


 とんでもなくありがたい話だった。

 あたしに友達がいないから、そういうことをしてくれる人がいなかったからすごくありがたかった。

 でも……


「菊月くんにそこまでしてもらうつもりはないよ……菊月くんの迷惑になっちゃう……」


 あたしが困った顔を菊月くんに向けると菊月くんはふっと笑ってこう言った。


「困るなんて全然思ってないし、むしろ藤田さんに協力したいくらいなんだ。陰ながら応援してたしね。」


 菊月くんからこんな言葉が出るとは思ってなかった。


「藤田さんが今まで何をやってきたのかも少しは見てきた。そんな藤田さんだからこそ報われてほしいって思うんだ。」


 あぁ、ちゃんとあたしを見てくれる人はまだここにいたんだ……

 こう言ってくれる人をあたしは大事にしたいと思っていた。



「だから、困るなんて思ってないから気にしないで。ね、青山さん?」

「え、えっ!?私もなんですか!?」


 菊月くんは急に遥香にもそう言うから遥香は驚いていた。

 でも、いいですよと言ってくれた。


「じ、じゃあ、お願いしちゃおうかな……」


 あたしは今すぐにでも飛び跳ねたい気分だった。


「これで少しは金山くんと戦えるかも……なんだけど……」

「まだ何か足りないかな?」


 あたしの言葉に菊月くんと遥香は頭の上にハテナを並べていた。


「さっきも言ったけど、みんなが仲良く、誰にでも優しく、助け合えるようにしたいって……そう思った時やっぱり金山くんに目がいってる人たちも多少はこっちに目を向かせないとダメなのかなって……」


 ただ、それをどうしたらいいかは全く思いつかなかった。

 すると、菊月くんは立ち上がりながら、


「うーん……俺もこれだって言う提案は思い浮かばないんだけど……」


 と言ってあたしをじっと見た。


「え、え?な、なに?」

「例えばさ、容姿全体ガラッと今の流行りに合わせて変えてみるとかね。」

「な、なんで……?」

「そうすれば、そういう話題で話す機会とか増えるんじゃないかなって思って。」

「な、なるほど……」


 確かに菊月くんが言ってることは的を得てる気がした。


「今藤田さんがやろうとしてるのは輪に入れてない人たちの方に寄り添ってる気がしたから。だったら藤田さんももう一方の輪にも入るべきなのかなって思ってさ。」


 確かにあたし自身を変えてしまえば、金山くんの方へ向いていた目もこっちに向いてくれるかもしれないと思った。

 だけど……


「私そういうことに疎いし、やったことないし……どうしたら……」


 見ての通り今までそんなこと考えたこともなかったから今からそういうこと勉強しても遅いと思った。

 すると菊月くんは遥香の方を向いて、


「ここにお手本になってくれそうな人がいるよ。」


 と言った。


「あぁ……!!確かに遥香なら……!!」


 遥香の容姿はあたしと全然違うし、高校に入ってからまた一段とおしゃれになってるように感じた。


「また、私なんですか〜?」


 嫌なのかなって思ったけど顔は違うって言っていた。


「藤田先輩の頼みなら全然教えますよ!!むしろもっと可愛くしてあげます!!」

「ありがとうね……遥香……」


 もうこの時点で泣きそうだった。

 こんないい人たちにも支持されてるなんてあたしは恵まれてるなって思わざるを得なかった。


「藤田先輩!!さっそく色々変えていきましょう!!」


 遥香はニコニコな笑顔であたしの手を引っ張った。


「あ、ちょ、ちょっと待って遥香!!」


 菊月くんにお礼言ってなかったから遥香を止めた。


「菊月くん、ありがとうね!!本当に助かったよ!!菊月くんのおかげでなんとかなりそうかも!!明日ポスター持ってくね!!」

「うん、頑張って!!」


 こんなあたしに自然と手を伸ばしてくれる菊月くんは何者だろうと思った。

 でも、菊月くんのおかげでもしかしたらなんとかなりそうっていうのは心の底から嬉しかった。


「早く行きましょう!!藤田先輩!!」

「……うん!!分かったから、あんまり引っ張らないで〜」


 遥香に腕を引かれながら逆方向へ歩いていく菊月くんをじっと見つめて見送った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様がくれた1年 斎田遊矢 @yuuyasaida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ