タイムスリップ

岩田へいきち

 タイムスリップ

 国道の長い坂を登り切るとそこからは真っ直ぐで急な下り坂だ。下りきった辺りの左手から海が広がる。左側に垂直につながる防波堤のコンクリートの道を100mほど行くと隼人の家がある。


 中学生の隼人は、学校帰りにこの坂を下りるたびにこの坂をノーブレーキで下ってあの90度の角を曲がりたいと考えていた。 幾度となく挑戦したが、スピードが上がり過ぎて途中でブレーキ をかけてしまう。あと少しで行けそうな気がするが恐ろしくて止めてしまう。


今日は、中間テストの一日目、午前中で下校、秋晴れの下、海もキラキラと輝いてる。隼人は、今日こそ達成してやると意気込んだ。


 下り坂に入り、徐々にスピードが上がっていく。ヘルメットの顎ひもの風を切る音が次第に大きくなる。坂を下り切る手前で対向車線の路側帯まで右側に大きく膨らみ、脇道手前の端を目指して車体を左にギリギリまで傾ける。スピードはもう最高潮、猛スピードでコンクリート道へ突っ込む。


――だめだ~!曲がりきれない。


 隼人はとっさに後ブレーキをかける。

タイヤが滑りスピン。後輪から堤防から突き出していたコンクリートの角に激突。隼人の身体は、反動で宙に浮く。防波堤でバウンドした形だ。隼人の身体は、7~8mの距離を斜め前方に飛ばされ反対側の土手に着地した。


 わずかな時間だったのだろうが、飛んでいる間、走馬灯のようにいろいろなことが頭の中をぐるぐる巡った。もはや過去も現在も未来も無い感じ、時間が止まっている感じにも思えた。


 隼人は、上手く頭を入れて着地したのか、奇跡的に無傷だった。隼人と一緒に飛ばされた自転車は、後輪のリムがくの字に大きく折れ曲がり、再起不能だ。

隼人は、自転車がこんなに壊れているのによくもまあ生きていたもんだと自分ながらに感心したが胸のドキドキが止まらず、そのあと、翌日のテスト勉強は全く手につかなかった。


 あれから40年、隼人は、脳出血を患い、左半身片マヒの身体障害者となっていた。


 高校サッカー選手権を見ながら自分ももう一度サッカーがやりたい。若返ったら、左半身も動くようになったらこいつらには負けやしないのにと思った。


 隼人は、ある日、無理だと思いつつも時間が止まった瞬間や、ズレてると感じた時へ行きたいと強く念じれば、そこへ行けるのではないかという自分の仮説を試してみることにした。


そう、隼人は、自転車で飛ばされたあの瞬間に戻れるよう強く念じたのだ。



――あっっ、ここかあ。


正に激突の寸前、タイヤが滑りだした瞬間であった。


――いや、それじゃタイヤスリップだろ。


 しばらくして救急車のサイレンが鳴り響いた。

身体は若返っていたが、隼人は、やっぱり身体障害者になってしまった。


終わり

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タイムスリップ 岩田へいきち @iwatahei

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