最強の魔王だけどヒマなのでSNSで遊んでいたら、勇者が釣れた。

さちはら一紗

第一話(おわり)

 七百年前、世界に大穴が開いた。


 穴の向こうに繋がったのは魑魅魍魎の渦巻く魔界。


「──人間どもよ。恐れ戦き、頭を垂れるがいい。余は魔王。貴様らの世を新たに統べる者である」


 魔王の宣言は世界中に知れ渡った。


 人間はただちに選び出した戦士、『勇者』を養成し、魔界に次々と送り込んだ。


 魔王の侵略が始まる前に、魔王を討つために。




 その甲斐あってか、世はまだ瀬戸際で人のものであり続けている。


 しかしこの七百年、魔王の元に辿り着いた者は誰ひとりとしていなかった。





 ◇





『勇者オーマ @oumaou0401


 勇者始めました!

 推し武器は聖剣。ドラゴンが得意です!

 同じ勇者のみんなと仲良くなりたいので、話しかけてくれると嬉しいです☆


 #新米勇者 #勇者仲間と繋がりたいタグ #打倒まおー』



 ところは魔界、魔王城。

 すべての雑事をほぼひとりで担うメイド(めちゃくちゃ・色っぽい・ドワーフの略。ロリ巨乳)が石版と睨めっこしていた。


「魔王様、これなんですか」


 メイドが見ているのは、前世紀に人間界を一斉風靡した魔術SNS(読み:すごい・なんか・すごい)。

 通称、ツミッター(正式名称「人間は生まれながらにしての罪人」)である。


 メイドはとあるツミートを見ていた。

 それは何の変哲もない、勇者を名乗るアカウントのものだった。

 なんとなくキャピった文体。

 装飾過多の絵文字に、ごてごてとしたハッシュタグ。


 よくある。最近の若い人間はまあこんなもんだ。

 だがそのツミートに載せられた思念映像しゃしんが問題だった。


 文面から見るにこれが『推し武器の聖剣』とやらなのだろうが、妙に赤黒くて禍々しい。

 どう見ても魔剣である。


 というか、


「これ、魔王様の剣ですよね」


「そうだが?」 


 ベッドに寝っ転がっている美丈夫は、悪びれもなく肯定した。

 メイドの冷たい視線もどこ吹く風で魔界せんべいを囓っている。


 彼こそが異世界を恐怖に陥れた魔王その人である!




「で、何やってるんですか?」


 メイドは生ゴミを見る目つきで続けた。


「わからんか」


「これっぽっちも」


 その先には『わかりたくありません』と続いているのだが、魔王には伝わらない。


 魔王はにんまりと口角を上げる。


「フハハハハ。良いだろう。きさまのために余が懇切丁寧に教えてやろう!

 よいか、ツミッターは魔術SNSというのは知っているな? ここにはな、世界中の魔術師がたむろしているのだ! 無論、その中には勇者や勇者候補も数多くいる! 

 そ・こ・で・だ。

 魔王である余が直々にこの仮想戦場へと出向こうというわけよ。『勇者』と身分を偽ってな!

 勇者はなす術もなく余の術中に嵌まるだろう。

 軟弱な仲間意識で心を許した勇者どものプライベートを暴き、ガッポガッポと情報を手に入れてやるのだ!!

 フハハハハハハ!!

 どうだ、この完璧な作戦は! 恐れ戦くがいい! 余は余の脳細胞が怖いぞ!!」 



 ──魔王はネカマならぬ『ネ勇者』だった。



「……はあ」


「フッ、その顔を見るに、わかっておらんな。時代は情報戦だぞ? 魔王とあろうものが最先端を走らずにどうする。フッフフフ、メイドよ。きさま、アレだな。おっくれってるぅー! だな!」


 魔王はアホであった。

 魔王はぶっちゃけ、異世界侵略とかもう飽きていた。


「魔王様、お言葉ですが。七百年ずっとこんな調子ですよね。いつになったら真面目にお仕事をなさるんですか?」


 メイドのマジトーンの説教に、魔王はスンッと真顔になった。


「いやだってさー。余の部下、優秀すぎるじゃんよー。ほっといてもたかが世界征服とかできるであろ? できないとか言わせんが。

 それにさー。いつまでも余がさ? 口出すのもさ? 部下の教育に悪いなぁーとか? 思って?」 


 ベットの上で寝っ転がりながら、ツミッター専用石版スマホ(スゴい・マジで・ホンマに)をいじっている。


 窘めても無意味であることはメイドもよく理解していた。

 溜息を吐いて部屋から出て行く。

 別に魔王がアホだったのは今に始まったことではない。

 できるメイドは黙って給料分の仕事のみをするものである。





 溜息と舌打ちを残して出て行くメイドを見送り、魔王はいそいそと魔界まんじゅうを棚から出した。

 せんべいを食べたので甘味がほしくなったのだ。


「しかしこのツミッター、いつまで見ても飽きぬな……十年、二十年は余裕で過ぎ去っていくぞ」


 ツミッターは、とある大魔術師が五徹明けに入れた酒の勢いでうっかり諸々の技術革新をすっとばして作り出した魔法である。

 酒はすごい。


 酒でろれつの回らなかった大魔術師は「罪人」を「ツミート」と言い、そこから「ツミッター」と名付けた。


 そして大魔術師は五徹明けの急性アルコール中毒で死んだ。

 酒はこわい。




 酒の勢いで出来た大魔法はさほど文明を進めることはなかった。


 ツミッターの使用には一定以上の魔術の素養が必要であったのはまだいい。

 セキュリティがびっくりするほどガバガバであったのもまあいいだろう。


 問題は、ツミッターが使用者にもたらすある効果にあった。



 いかにINTが高い魔術師であろうとも、ツミッターを使っているさなかは『知能指数が下がる』のである。


 使いようによっては世界を制する武器となるはずのツミッターはそれゆえに、煮ても焼いても食えない落書き帳の有様だった。

 酒に飲まれたような呟きのみがそこに存在する。


 仕組みは誰にも解明できないまま、改良などもできず、チグハグなロスト・ハイテクノロジーとしてツミッターは世に君臨している

 大魔術師は腐っても大魔術師だったのだ。

 死んだけど。




 そういうわけで、ツミッターでは愚かな人間たちが今日も元気に愚かを晒している。

 知能指数が下がるのは仕様なので仕方がない。


 どんなに普段威張りちらしているエリート魔術師も、どんなに普段格好良くキメているベテラン勇者もここでは踊るアホウに見るアホウ。


 ──いちにちで何個民家の壺を割ったと犯罪自慢をする勇者。


 ──気が付いたらドラゴンの群れを全滅させていたと嘯く魔法学校生。


 ──サキュバスのアカウントにセクハラをする賢者。


 ──勇者に成りすまし勇者を引っかけようとする魔王。


 まさに人類は愚かである。

 ぶっちゃけあともう七百年ぐらい放っておけば勝手に滅ぶ気がする。






 魔王が日課の『やはり人類は愚かww』するのにも飽きてきたころ、石版がぶるりと振動した。


「おっ?」


 魔王がネカマならぬネ勇者して呟いたツミートに反応が来たのだ。


『見習いナナシ @774_minarai


 @oumaou0401

 初めまして! 見習い勇者のナナシといいます。 

 先輩勇者として、オーマさんのお話が聞きたいです。よろしくおねがいします! 』


「ウォアーー!! 釣れたーーー!? マジであるか。余が言うのもなんだが人類終わってんな……」


 魔王は魔術的にすごいのでツミッターをしていても然程知能指数は然程下がらない。

 元々アホなのであまり変わらないとも言う。


 魔王は嬉々として返信を打ち出す。

 どんな話をしようか、と虚構の勇者エピソードを原稿用紙三千枚分くらいに構想を膨らませるうちに、返信も出来ないまま深夜となっていた。


「……はっ、いかんいかん。まずは相手の話を聞かねばな。『話を聞きたい』とは言っていたが相手のことを知らぬままでなにを求められているのかも読み解けぬ。うむ、うむ。それが先輩としての甲斐性ってやつだな!」


 魔王の人格は架空の勇者ロールに侵食されていた。

 結果として辿り着いた結論は当初の目的に合致しているので無問題である。


「さあ、勇者よ。遠慮なく話すがよい! 余が一言一句漏らさずに聞き、親身に答えてやろう!」


 そして魔王は猛然と文字を打ち始めた。







 ──そして夜が明けた。


 一晩中語り明かしたのだ。

 今時の勇者は夜更かしだな、と思いながら魔王は枕に顔を埋もれさせた。


 さまざまなことを聞かれた。

 戦い方、旅の心構え、様々な魔術、そういった真面目な話から、流行の詩歌、とっておきの魔界ジョーク、黒歴史的武勇伝まで。

 なんかいろいろめちゃくちゃな失言をしてしまった気がするがそこはそれ。

 深夜テンションである。

 仕方ない。


「しかし勇者にしておくには惜しい人材よ……スカウトしたらダメであろうか。ダメか」


 ここまで気が合う相手はそうそういないのだが。

 ままならないものである。



 勇者見習いのナナシは己の実力に伸び悩んでいるようだった。

 日夜悩みを聞きながら、魔王はこまめにアドバイスを送る。


 自慢を混ぜても楽しそうに聞いてくれるのでめちゃくちゃいい子だった。

 当初の建前は既に崩壊し、敵に塩を送ることしかしていない。

 とうとうメイドに「仕事しやがれです」とブチ切れられて執務室に閉じ込められた。悲しい。


『オーマさん、やりましたよー!』


 その甲斐あってか、ナナシはめきめきと成長を見せていた。


 今日も倒した魔物を嬉々として報告するナナシに頷きながら魔王は言う。

 スライム一匹にひいこら言っていた勇者見習いはもういない。

 いまやスライム百体切りである。

 天まで届くスライムタワーも夢ではない。


『流石は我が宿敵だな!!』


『え? なんで宿敵?』


『あ、いや、違うぞ! 宿敵と書いてライバルとルビを振り、友と呼ぶのだ!!』


『ライバル……! 友……! えへ、えへへへ』


 なんかすごい懐かれていた。


『オーマさんのおかげです!』


『よせ。稽古をつけたわけでもない。ちょっと口を出しただけだ。ナナシの努力の成果だ』


『いいえ。オーマさんが根気よく色々と教えてくれたおかげです。本当に、いろいろなことを知ってるんですね』


『うむ? うむ、伊達に長生きしとらんからな。ふはは。剣よりは魔術のほうが得意なのだが。特に呪いとか詳しいぞ!』


『…………あの、オーマさんはどんな呪いも解くことができるのですか?』


『? そうさな。解けなかった呪いはないが』


 ナナシの雰囲気が何か違っていた。


 魔王は首を傾げたが、いつものように『すごいですね!』と言われたことで気のせいか、と忘れた。





 ノリと勢いで結んだ師弟関係のような日々も長くは続かなかった。


『オーマさん、話があります。

 このさき、もうあまり話すことはできなくなるでしょう。旅に出ることにしたんです。

 〝ツミッターはある程度大きな街でしか使えない〟ですから』


 そうだ、ナナシは見習いだからこうして毎日のように話をすることができていたのだ。

 ツミッターをつなげるために必要な魔術エネルギーワイファイを旅の最中に得るのは人間には困難だろう。


『……そうか。寂しくなるな。だがめでたいことだ。うむ。気をつけて行って参れよ』


『はい! いままでありがとうございました。

 ──オーマさん、魔王城を目指していたら、きっとあなたに会えますよね』


『ああ……』


 それっきり、会話は途切れた。




 魔王は思う。

 ナナシならば本当に、魔王城まで辿り着くかも知れないと。

 強くなったナナシと戦うのはどれほど楽しいだろうか、と。


 だがその考えも、一瞬にして霧散した。


 今まで誰一人として魔王の元に辿り着いた勇者はいない。

 ナナシもまた、魔王に辿り着く前に敗れるだろう。



 彼に出会うことは、ない。






「……メイドよ」


「はい」


「直ちに旅の用意をせよ。余は『外』へ出る」


「は? いえ、畏まりました。しかしなぜ急に『外』へ向かわれると?」


「決まっておろう」



 会いたいのならば、魔王城にて待ち続ける必要などない。

 鮮血色の外套を翻し、魔王は宣言する。






「──オフ会である!!」





 ◇





 場面は変わり。

 魔界と繋がる穴から、遠き小国。


 それは呪われた国だった。

 人々が次々と魔物のような姿に変えられてしまう呪いが国を蝕んでいた。




「姫、本当に行かれるのですか!?」


 そして、いまだ呪いに侵されていない末の姫君シナナは今、旅立とうとしていた。


「じいや、何度止めても無駄です。決めたのです。私は、勇者オーマさまに会いに行きます」


 そう、彼女こそが見習い勇者を名乗ったナナシの正体であった。




 シナナ姫はじいやの制止を振り払う。

 じいやの姿もまた呪いによって変化し、今や燕尾服を着た猫だった。

 もふもふである。


「手がかりはあります。

 彼の強さは一目見れば分かる本物でしょう。……勿論、彼の言葉はすべて嘘であるかもしれません。けれど私は信じます。あの人を、信じたい」


 思い浮かべるのは仮想世界にて語り合った日々。




「だってオーマさまは──私の推しですから!!」




 姫は勇者オタクだった。

 少々勇者を偶像アイドル視する癖があった。


 いつものことだ。じいやは慣れている。

 というか姫のトークによりじいやも同担と成り果てていた。


 しかしそこはじいやである。コホン、と気品ある咳払いをする。


「姫、ゆっくりでかまいませんぞ。何年でも待ちましょうとも。ぶっちゃけ呪われようがうちの国は変わらずやっていけるので」


「あ、はい。メンタル上も問題がないようでなによりです。みんな逞しすぎじゃないですかね」 


 呪われた小国は強かった。

 主にメンタルの面で最強だった。

 ぶっちゃけたかが呪われた程度でどうこうなる国ではなかった。


 だがそれが呪われっぱなしでいい理由にはならない。

 国中の魔術師が匙を投げた呪いだ。

 手がかりはもう、外にしかない。


 そして魔術師にすら成し得ない奇跡を起こせるのが、『勇者』という生き物だった。



 彼らならば、可能性はある。

 しかし、勇者というものは魔王を討つためだけに存在する。

 魔界の入り口とは遠く離れた小国に見向きもしない。



 言葉を届けられるとしたら、同じ勇者である者だけだ。

 故に姫は旅に出るための修行の傍ら、見習い勇者と身分を偽り、ありとあらゆる人間に声を掛けた。


「同じ勇者、しかも見習いとなれば警戒心は下がりますからね! 彼らは総じて後輩には面倒見がよいものです。完璧な作戦でしたね! むっふー!」


 姫の目的は、勇者に会いに行けるほどの力をつけること、そして呪いを解くことのできる勇者を見つけることだった。


 大体勇者の死亡率なんてほぼ百パーセントなのだ。人類に魔王討伐など早かった。


 つまり、おっ死ぬ前にとっ捕まえてこの国に拉致しなくてはならない。

 拉致とか物理的に不可能だ。


 そういうわけで好感度を稼いで騙くらかしてドーンである。


 姫はとても賢い。

 猫じいやは何も言わなかった。






 しかしことはそう単純ではなかった。


「姫よ。ご自分がどのような無茶を仰っているか、分かっておいででしょうか」


「……ええ。よくわかっています」


 そう──ツミッターには強大な制約が設けられているのである。

 作り手たる大魔術師の置き土産であった。



 その一、誰しも真名を名乗ることは叶わず、真の自分を現すことは出来ない。

 その二、ツミッターに載せられた思念映像はすぐに記憶から劣化していく。

 その三以下略。 



 そして最後に、ツミッターという仮想世界にて知り合ったものがこの現実世界で出会えたことはない。




『出会えない』のだ。




 偶然出会えたとしても、あの仮想空間で語り合った同志と分かることはない。

 ツミッターの中にいるのは現実の人間でありながら、けっして現実と地続きの世界ではないのだ。



 大魔術師が願ったのは、一夜限りの夢のようなバカ騒ぎ。

 故に、ツミッターの前ではどんな悪事も崇高な目的も打ち砕かれる。


 それは祈りであり、呪いであった。




 ──それでも、多くの者が現実世界での再会を願い続けてきた。




「……オーマさま。あなたのおかげで、私は強くなれました。あなたにもらった力で、私はあなたに会いに行きます」




 姫もまた、願いを抱くそのひとり。




「それがたとえどれほど険しい茨の道であろうとも、私は必ず、勇者オーマさまとオフ会をしてみせます!」




 ──『オフ会』。それは人類未到の偉業である。






 ◇





 時を同じくして。

 魔界より旅立った二人はとある国のとある町に辿り着いていた。




「ところで、なんでこの国から向かうことにしたんです?」


「うむ。それはだな。勇者のツミートから集めた情報を組み立てて、この国に彼がいるであろうと目星を付けたのだ」


 いわゆるネトストである。

 魔王は超絶有能なので推理とかお手の物だし行動は動き始めたら滅茶苦茶早い。

 目的は早々に達せられるだろう。

 魔王クオリティである。


 メイドはじっくりゆっくりと町の様子を見渡した。


「あの、魔王様。参照した情報、この国とは噛み合ってないようですが……。もしかして、五百年前のこの国を思い浮かべてたのでは?」


「えっ」


 魔王クオリティである。





 ──オフ会への道程は険しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の魔王だけどヒマなのでSNSで遊んでいたら、勇者が釣れた。 さちはら一紗 @sachihara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ