スーザンの猫~「スーザンと猫」2~

蕃茉莉

スーザンの猫

 しあわせにおなり、と。


 だれかに、そう言われた気がする。

 母さんかもしれないし、父さんかもしれないし、もしかしたら、ただの夢かもしれない。


 目を覚ますと、ぼくはおおきな葉っぱの下にいた。

 あたたかい雨が、さらさらと葉っぱにあたり、茎をつたって土にしみこむ。雨のしみこんだところから、やわらかい草が次々と伸びあがってくるのが見えた。

 あたりを見回して母さんと兄さんたちを探したけど、どこにもいない。ついさっきまで、母さんのおなかにくっついて、みんなといっしょに眠っていたような気がするのだけれど。

 みんなを探そうと歩き出したら、ぬかるんだ土に足がふにゃんと浸かった。ぼくは気持ち悪くて、前足をぷるぷるした。こまかい雨が毛を濡らして、からだがしっとりするのも居心地悪くて、結局葉っぱのしたに戻ることにした。


 さらさら、さらさら、ぽたん。さらさら、ぽたん、ぽたん。


 母さん、と呼んでみたけど、聞こえるのは雨の音ばかりだ。


 しばらくすると、おなかがすいてきた。ぼくは、母さんのおっぱいを思い出した。 

 母さんのおなかを押すと、おっぱいからあたたかいミルクが出てくる。たくさんミルクが出てくるおっぱいが好きなんだけど、そこはいつも兄さんに取られてしまう。しかたなく、すみっこのおっぱいに吸いついていると、母さんが背中をなめてくれる。それがとっても気持ちよくて、ぼくはいつも、おっぱいをくわえたまま眠ってしまう。


 さっきまで、そうだったような気がするのに。みんなは、どこにいったんだろう。

 もういちど、母さん、と呼んでみたけど、やっぱり返事はない。

 かなしくはないけど、ちょっと早いような気がした。なにがちょっと早いのか、よくわからないけど。

 おっぱいがないので、ぼくはしかたなく茎を伝って落ちてくる雨をなめた。雨はちょっと青臭い、土の味がした。


 やがて、少しずつ周囲が暗くなってきた。暗くなるにつれて雨はやんで、葉っぱの上から金色の光がきらきら降ってきた。お月さまだよ、と前に父さんが教えてくれた。お月さまは、ぼくが知っているお月さまよりも、すこし大きい気がした。

 ほう、と。しんしん、と。あちこちから夜の声がする。

 ひとりで夜を過ごすのは、はじめてだ。雨がやんだから、ぼくは葉っぱの下から出て、おっぱいをさがすことにした。

 夜のなかを歩いていくと、なんだかいいにおいがしてきた。においのするほうに歩いていくと、お月さまの光がまあるく集まっているところがあって、そこには白い花が咲いていた。

 いいにおいは、その花たちからしてくるようだ。たくさんの花の中に入ると、ぜんぶあまいにおい。においをかいでいると、おなかがすいているのを忘れることができた。においのおっぱいだ。花の上でふみふみすると、もっとたくさんにおいがする。やっぱり、においのおっぱいだ。

 ふみふみしていたら、うしろの花がぼくの首筋をくすぐる。母さんがなめてくれたみたいに。うれしくて、きもちよくて、ぼくはごろごろ言った。そして、いつものように眠ってしまった。


 つめたいしずくが顔にあたって目をさますと、朝になっていた。くもの巣みたいなレースの葉っぱに、たくさん朝露がついている。朝露をなめて顔を洗っていると、

 こっちだよ。

 と言われた気がした。


 こっちだよ。


 顔を洗うのをやめて、じっと声のするほうを見たけど、だれもいない。声は、そっちからしているようにも聞こえるし、もっと遠いところから聞こえてくるような気もする。なんだかわからないけど、ぼくは

 行かなくちゃ。

 と思った。


 呼ばれたほうに歩いていくと、おおきな木にでこぼことだれかが木の板を打ちつけたようなところがあった。そのでこぼこの前に、だれかが二本足で立っている。ぼくは前に父さんから教わっていたから、それが“ひと”だとわかった。そして、“このひと”だとわかった。


”このひと”が、”こっち”だったんだ。


 ぼくは、思い出した。

 このひとに会うために、ぼくは母さんから生まれてきた。このひとに会うから、ぼくはここに来たんだ。


 そのひとは、前足を空に向けて、朝露を集めているところらしかった。ぼくは、そのひとのところに歩いていくと、こんにちは、といった。そのひとが、目をまるくしてぼくを見た。

 雨がふる前の空の色とおなじ目の、夕焼け色の髪をしたそのひと。


 ぼくは、このひとと一緒にしあわせになるんだ、と思った。

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スーザンの猫~「スーザンと猫」2~ 蕃茉莉 @sottovoce-nikko

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