第25話 エピローグ アロネの騎士
「――その話は本当なのか?」
俺は耳を疑った。死にそうになりながらも語ってくれた矢頭の話が、にわかに信じ難いものだったからだ。
「信じるかどうかはキミ次第だよ。僕もカレンから聞いただけだから、責任は持てない」
「じゃあ何でその話を俺にしたんだ?」
「ふふ」
だいぶ息が落ち着いてきたためか、小さく漏れた矢頭の笑い声もしっかりと聞き取れた。
「これだけは先に言っておくよ。僕はカレンに唆されていたわけじゃない。自分の意思で彼女に協力し、キミを殺そうとしていた。まあ、身体の自由を奪われたのは不本意だったけどね」
「…………」
何となく、そんな気はしていた。
森林公園でモンスターに襲われた時、『誰が俺の近くにいるかカレンに分かるはずがない』という会話をアロネとした。それと同じで、矢頭が俺の友人であることをカレンは知りようがないのだ。俺たちの会話ログを洗い出すにしても早すぎだったし。
つまり矢頭の方からカレンに接触したということになる。
明らかにカレンの存在を認知しており、さらに仲睦まじく会話もしていた様子。これで冤罪と言われる方が、よっぽど信じられない。
「なら僕がキミを殺そうとしていた理由は分かるかい?」
「いや、知らねえよ。お前の恨みを買った覚えなんかないぞ」
「だろうね。だってこれは僕が一方的に抱いた私怨なんだから」
そう言って、矢頭は爆弾発言を投下した。
「実は僕、紅葉さんのことが好きなんだ」
「ファッ!? ……マジで?」
「本当だよ。キミたちのグループに入ったのは、彼女とお近づきになるためだったんだから」
エタファンの話か。確かに矢頭の加入は不自然だったけれども。
にしても矢頭が? 莉愛を? そんな素振りは一切無かったような気がするけどなぁ。
「何で莉愛なんだ? お前なら黙ってても女子が寄ってくるだろうに」
「だからだよ。僕に気に入られようと猫を被る他の女子とは違って、紅葉さんはありのままの姿で接してくれた。そんな彼女の素直でまっすぐな性格に惹かれたんだ」
「……嫌味な奴だな」
言外に自分はモテることを肯定しやがった。俺も一度は言ってみてえよ、そんなセリフ。
「もしくはキミたちのように、腹を割って何でも話せる《特別》な関係が羨ましかったのかもしれないな。僕はキミに成り代わりたかったんだ」
「そんでカレンに協力したってわけか。俺をデータで殺せるんなら証拠が残らないから。……考え方がガキだな」
「ガキだよ。好きな相手に親しい男子がいて、気が気でなくなるくらいには」
「そりゃ夫婦だのなんだのって囃し立てられてるけどさぁ、俺と莉愛、マジでそんな関係じゃないんだけどなぁ」
「端からじゃ、そうは見えないんだよ」
「そっかぁ」
ま、気持ちは分らんでもないけどな。
そして矢頭の企ては絶賛進行中ってわけか。邪魔な俺をこの世界から追い出すために、さっきの話をしたのだ。
「僕からも一つナイト君に問いたい。どうして出会ったばかりの少女に命を懸けられるんだ? 付き合いの長い紅葉さんとかならともかくさ。しかも相手は人間じゃないだろ?」
「人間だろうがAIだろうが、護るべき対象には違いねえよ」
そう言って、俺は目を閉じた。
昔の話だが、その背中だけは今でも鮮明に思い出せる。
「親父がさ、カッコ良かったんだよ。経緯はもう忘れちゃったけど、俺と母さんの前に立ちはだかって護ってくれた親父の姿に憧れたんだ。俺もこんな風に、身を挺して誰かを護れる人間になりたいって」
「……なんだか曖昧な理由だね」
「お前が莉愛を好きになった理由も存外曖昧だけどな。それに莉愛を護れるんだったら、お前だって自分の命を投げ打つだろ?」
「その回答は説得力がありすぎる」
似た者同士、俺たちはお互いの愚直さを笑い合った。
さて、矢頭の予想とカレンの言葉が正しければ、そろそろの頃合いだ。俺も覚悟を決めなくちゃな。
「ナイト?」
ほんの数分前に別れたばかりなのに、その声は妙に懐かしく感じられた。
見れば、莉愛が一人で歩いてくる。
「莉愛……戻ってきたのか」
「うん。ここで引き返さないと、二度とナイトに会えなくなっちゃう気がしてさ」
熟年夫婦以上に分かり合ってるねと言わんばかりに呆れる矢頭を無視し、俺は莉愛と向かい合った。
「ナイト、行っちゃうんだね……」
「ああ、約束だからな」
「分かってる。うちが発破かけたようなもんだしね。後悔してないよ」
そう言ってくれるのはありがたいが、しんみりした雰囲気に慣れず言葉に詰まる。気を落とした莉愛なんて初めて見た。もしかしたら最後の会話になるかもしれないってのに、何を言っていいか分からない。
だが心配するまでもなかった。
さすがは俺の大親友。俺のケツに容赦ない回し蹴りを叩き込む。
「痛ッ!?」
「オラァ! うちも後悔してないんだから、アンタも絶対するなよ! 約束破ったら、死刑だから!!」
「すでに執行してんじゃねえか!」
しかもお前、まだ戦士のステータス持ってんだからな! クソ痛てえよ!!
ともあれ莉愛には感謝しかない。尻に奔る痛みに耐えながらも、俺は莉愛に頭を下げた。
「莉愛、ありがとな」
「うん。ナイトも元気でね」
別れの挨拶を済まし、俺は青く広がる大空を見上げた。
足が地に着いた瞬間、俺は反射的に駆け出していた。
無防備に背中を晒している銀色の少女と、鍬を振り上げている男の間へと無理やり身体を滑り込ませる。
「なっ……」
金属音と、男の唖然とした声が混ざり合った。
少女の頭を割るはずだった鍬をライトソードで受け止めたのだ。想定外の闖入者に驚いた男は、すぐに武器を引いた。
「アロネ! 助けに来たぞ!」
「えっ……? ナイ……ト?」
呆気に取られてるのは、こちらも同じようだった。
再会を喜びたいのは山々だが、まずはコイツらをどうにかしないとな。一時的に戸惑ってはいたものの、男たちはすでに武器を持って身構えている。戦る気だ。
「怯むな! 相手はガキ一人だろ! 一斉に飛び掛かれ!」
「ガキねぇ」
癇に障ること言ってくれるじゃないの。
「まあ待てよ。俺の身に着けている剣と鎧を見てくれれば分かるように、俺はゲーム上のステータスを付与されたままこっちの世界に来たんだ。しかもカンストしたステータスのな。二年間ゲームの中で生活していたアンタらなら、この意味、分かるだろ?」
「うっ……」
この世界の住人の身体能力がどれくらいなのかは知らないが、ゲーム内ではレベル六〇でも相当な熟練者として扱われる。カンストステータスなら、間違ってもただの村人より弱くはないだろう。事実、人数で圧倒している男たちが怯えたようにじりじりと後退していく。
もう一押しだ。
「俺は別にアンタらをどうにかしたいわけじゃない。けど、アロネに危害を加えるつもりなら話は別だ。もしこの子に指一本でも触れたら……皆殺しにしてやる」
剣の切っ先を奴らに向け、できる限り低い声で謳い上げる。
脅しは……効いたようだ。武器を持っていた男たちがお互いの顔を見合わせると、「チィ!」と舌打ちや不満を漏らしながら踵を返していった。彼らの後ろで控えていた村人たちも、ゆっくりと散らばっていく。
やがて見晴らしの良い丘の上には、俺とアロネだけが取り残された。
「ふう。みんな行ったようだな」
「ナイト……何で……」
「うん? そんなの決まってるだろ?」
失意と困惑により言葉を詰まらせているアロネを怖がらせないよう、俺はできるだけ朗らかな笑顔を作った。
「俺はアロネを護る。その約束を果たしに来ただけさ。それとも、イヤだったか?」
「そんなことない! でも、もしかしたらあっちの世界に帰れないかもしれないんだよ!」
「それも覚悟の上だ。俺は元の世界よりアロネを優先した。俺が勝手に選択したことだから、アロネは気負わなくても大丈夫だよ」
「…………」
大きく見開かれた目尻に再び涙が溜まっていく。
最初の頃より、ずいぶんと感情豊かになったな。
「でも、どうやって……?」
「召喚魔法だよ。お前の『生きたい』って気持ちが、俺を呼び寄せたんだ」
「魔法陣なんて、無いよ?」
「あるさ。ここにな」
そう言って、俺は銃口を突き付けるように自分の頭を指で突いた。
何のことだかはすぐに思い当たったものの、未だに納得はできていない様子。当然だ。それは感覚を共有するプログラムであって、召喚魔法陣ではない。と言いたいのだろう。
「矢頭がカレンから聞いた話によると、実は召喚魔法陣ってのはコレといった決まった形式はないみたいなんだ。必要なのは、ある程度整った構築式と強い縁なんだってさ」
でなければ、わずか半年で異世界を召喚するなんて偉業は成し遂げられなかっただろう。あれはカレンが必死こいて手ほどきし、俺たちの世界と少しずつ縁を強めていった努力の結果だった。ま、それがゲームの世界だったことは予想外だったみたいだけど。
「アロネは一度、自分で召喚術式を構築している。俺の脳にプログラムを刻む際、その経験を無意識のうちに発揮してたんだろうな。魔法陣として申し分ない出来栄えなんだとよ」
「そうだったんだ……」
未だ信じられないといった感じで、アロネが呟いた。
まあ俺も半信半疑だったけどな。でも成功してよかった。俺が一生を懸けても護ると誓った少女を、ちゃんとこの手で助けられたんだから。
「ねえ、ナイト。ちょっとしたお願いがあるんだけど……いいかな?」
「ん、なんだ?」
「少し屈んでみて」
言われた通り、膝を折ってアロネの顔の位置に合わせる。
すると突然、アロネが俺の頬を両側から抓ってきた。
「……できた」
ずっと、こうしてみたかった。と、アロネの頬には涙が伝った。
あまりにも些細な願望で、けど本人にとってはとても重要なことで。だったらこっちの方が分かりやすいんじゃないかと、俺はアロネの身体を抱き寄せた。
「おめでとう、アロネ」
「うん。ありがとう、ナイト」
自分の身体、そして相手が今ここに実在することを確認するように抱擁を交わす。
しばらくお互いの体温を交換し合った後、俺は立ち上がった。
「さて、そろそろ出発するか」
「どこに行くの?」
「知ってるだろ? 人間は生きてるだけで腹が減るんだ。まずは食料を確保しないとな」
そう。いつまでもここにいるわけにはいかない。俺たちは生き続けなきゃならないんだから。
俺は、未だ足元がおぼつかないアロネの手を握った。
「俺が一生守り続けてやるから安心しろ。お姫様」
「うん!」
新しい世界で新しい命を手に入れた俺たちの新たな冒険が、今始まる。
アロネの騎士 秋山 楓 @barusan2022
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