第一章 白夢村
第4話 水無月カンナの足跡(1)
事務所から車で25分、渋谷までやって来た私たちは、
「お、おお…」
凪川はそれを見上げてそう唸った。そりゃそうだ、脅威の40階建新築タワマン。ただの学生が一人暮らしで借りていい賃貸ではない。
「なあ、これ、俺の事務所よりでかいんだけど…彼女の実家は富豪か何か?」
探偵は苦い顔をして私に尋ねる。
「いや、彼女のご家族は両親と兄、全員が10年前の火事で亡くなってると聞きました。噂によれば、彼女は身売りをして年収1000万稼いでるとか…」
「へ、へぇ…世の中意外なことが多いものだな。1000万って…俺の3倍……」
凪川は肩をがっくりと落とした。
そう、水無月カンナにはあまりにも謎が多すぎる。さっき言った身売りしているという話も、あくまでも学校で流れていた噂でしかない。確たる証拠は1つもない。
「とにかく探偵なんですから、こういう噂に流されずに聞き込み調査でもしましょうよ!」
「ん? ああ、そうだな――――というか思ったんだが、せっかく依頼人の家まで来たんだ。まずは依頼人自身に話を聞いたほうがいいんじゃないか?」
「そうですね、そうしましょう! 彼女の部屋は確か21階の6号室です!」
私達はエレベーターに乗って彼女のいる部屋の前まで移動する。
インターフォンを押すと、中からバタバタと物音が聞こえてから扉の鍵が開き、中から私服姿のカンナが姿を現した。
ズボンを履かず、下着姿にぶかぶかのTシャツという、悩殺ファッション……それを全く気にする様子のない彼女の微笑に私は思わずたじろいでしまうが、探偵はニッコリと笑みを浮かべて彼女に会釈する。その笑顔は、素人目にも営業スマイルであることが容易に見て取れた。
「あ、お二人でしたか……どうぞ、中にお入りください。」
彼女はそう言うと、何か違和感がある部屋の中に私達を案内した。
違和感――――その正体が何かは分からない。しかし、どうにも部屋に入ってから頭の片隅で何かが引っかかっている。今、気づかなければならない、何か……。
指を弄りながら頭をフル回転させていると、私の耳元に凪川が口を近づけてボソッと一言呟いた。
「……彼女、本当にここで暮らしているのか?」
彼のその言葉を聞いた瞬間、私は頭の中で渦を巻いていた違和感の正体に気づく。それは、この部屋の生活感の無さだ。
水気が全く感じられない透明感のあるキッチン、何一つ物がない場所にぽつりと置かれている机と3つのイス、全開になっている扉やふすま。目につくところだけでも、普段から人が暮らしているとは思えない光景ばかりである。
「……確かに、変ですね。」
「2人ともどうかしましたか?」
「い、いやなんでもないよ。」
カンナは私達にイスに座るように促すと、自身もイスも座り、床に置いてある水筒の水を一気に飲み干した。
探偵は太々しく足を組んでイスに座る。私は足を揃えて静かにイスに腰を下ろした。
「……さて、単刀直入に聞くが、あなたはここに住んでいるのか?」
凪川はド直球にカンナにそう尋ねた。
「ええ?! ちょっと、あまりにも直球すぎません?! もうちょっと濁したほうが……」
「助手よ、時には押すことも大切なのだ。」
「アンタが退くこととか想像できないんだが?!」
「ふふふ……」
カンナは私達のやり取りを見て妖しく笑みを浮かべていた。
「……そうですね、詳しくお話しなければならないとは思います。しかしそれは今ではない。この事件が終結を迎えたら――――私も話したいことが沢山ありますから。」
「……」
凪川は不機嫌そうに彼女の顔を睨みつけている。
カンナはうろたえることなく、笑みを保っている。
「特に……凪川さんには、私の兄のことを沢山お話したいですから。」
カンナは、凪川の目を見て、そう言い放った。
私はよくわからず、カンナが見つめる凪川の方へと視線を向ける。
「……え?」
凪川は、なぜか、ひどく醜い表情をしていた。
憎悪、嫉妬、憤怒。あらゆる醜悪さを煮詰めたような表情を浮かべていた。
直後、彼は立ち上がるとカンナの胸ぐらをつかみ、彼女を思いっきり揺さぶった。
「おいっ!!! 答えろっ、お前……まさか!!!」
しかし、カンナはその妖しい笑みを崩さず、彼に吐き捨てる。
「だから、終わってからゆっくりと話をしましょう。この、10年間の物語を。」
凪川は、ゆっくりとカンナから手をはなすと、すぐに部屋を出て行った。彼は、こちらにその表情を見せないように、どこか遠くを見つめていた。
異世界探偵事務所~賽目アリスと不死身の探偵~ 青い川流 @akasaka21221
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