第3話 分かれ道
「異世界…探偵?」
私は思わず聞き返してしまった。
ソファにゆったりと座り込んでコーヒーを嗜んでいる探偵は、私の問いに応えず、ソファに座ってゆったりと窓の外を眺めている。
【異世界探偵】
そういえば、この事務所の入り口にもそんなことが書いてあったような気がする。
「凪川さん、異世界探偵とは何ですか?」
探偵は口を開かない。
というか、こちらに興味を示していなかった。彼の興味の先は、こちらではなく、『事件ファイル102』という古びたファイルの中身へと移っていた。
彼は棚からそのファイルを取り出すと、たった1枚、そのファイルに貼られたその緑色のテープのあるページを迷いなく開いた。
「…何を見てるんですか?」
彼の見ていたページには、赤いペンで太く、2001年と書き込まれ、色褪せた新聞の切り抜きが貼り付けてある。サブタイトルは『夢現村児童連続怪死事件』。
内容は、
「この事件が一体――――うっ……!」
それを見て、私は吐き気を催した。
それは、モノクロ写真だった。色彩が存在せずとも理解できる。それは目が抉られ、視覚を失った
探偵は、私の方を見ると、すぐにファイルを閉じて、棚の中へとしまい込んだ。
「すまない、キミはまだ慣れてなかったな。」
探偵は、今度は机の上に白紙とペンを並べて、何かを書き連ねていく。
私はそれを見ようと体を動かそうとするが、上体を傾けた瞬間、先ほどの写真が脳内にフラッシュバックし、落ち着き始めた吐き気が再び舞い戻る。
「無理するな、助手よ。慣れるまでは時間がかかるからな……」
「凪川さんは―――随分と慣れてらっしゃるんですね。」
「まぁ、そりゃ、小さい頃から見てきてるからな――――よし、出来た。」
彼は、立ち上がり、私の背後に回って私の肩を掴むと、ゆっくりとソファに座るように誘導してくれた。彼のご厚意に甘えることにした私は、ソファに座り、彼の書いたものに目を通した。
『異世界探偵事務所・五つのオキテ』
その壱 探偵たる者、誰よりも強くあれ
その弐 探偵たる者、探究者であれ
その参 探偵たる者、強い信念を抱け
その肆 探偵たる者、常に楽観的であれ
その伍 探偵たる者、唯一であれ
「これは……」
「この探偵事務所に代々伝わる
「ええ、今日は特に用事もありませんし、大丈夫です――――それより、このオキテの、その伍……唯一って何ですか?」
探偵は、シャーロックホームズが被っているような帽子を被ると、ガチャガチャと積み上げられたゴミ溜めの中を漁りながら私の質問に答えた。
「それは俺の先代――――つまりは、五代目の【凪川
「大丈夫ですか……?」
「んー、ああ、まあ辛うじて――――あああああ!!!」
その瞬間、天井スレスレまで積まれ、奇跡的にバランスを保っていたゴミ袋が崩れ、凪川の頭上へと容赦なく降り注ぎ、彼をそのまま踏みつぶした。
「……」
呆れて声も出ない。
彼は右腕をゴミの山から外に出すと、そのままほふく前進で、床を這いずりながらゆっくりと出てきた。唯一綺麗に整えていた帽子も、ゴミの山に襲われ、ススがついてしまっていた。
「はぁ……もういい! 行くぞ
探偵は大きく溜息を吐き、そう声を上げる。
右手には、レンタカーのキーが握られていた。
「ハハハ……準備が良いですね。お願いですから、安全運転でお願いしますよ。」
私は、皮肉を垂れつつも、席を立ち、ビルの外へと駆け出した。
*
この時、もし私が彼の違和感に気が付き、すぐにでも逃げ出していたならば、今の運命は変わっていたのだろうか。しかし、【もしも】なんてことを考えても既に意味も意義も消滅していた。
私は、まだ知らなかったのだ。
彼との――――異世界探偵と私の出会いが、世界の運命を大きく揺るがすことに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます