第2話 異世界探偵

 「キミは、確か現役の高校生だったな。歴史の授業を受けていてどう感じる?」


 「え?」


 割ったカップを箒で掃いていた私に、探偵は問いかけた。

 私は別に勉強が特別得意とかっていうわけじゃない。だから、今までそんなことを考えたこともないので、思いつくまで少し時間がかかる。


 「昔の人って、偉大で立派なんだなって思います。今の人はそんなことは無いように感じるので、より一層。きっと、現代にもいるんでしょうけど、どうにも時代の中心人物は政治家ばかりで、汚れた世界のように思います。」


 考えた末に思いついたのはこれだけだった。もうちょっと良いことを言えたようにも思えるが、そのが中々思いつかなかったのだ。

 ド直球の私の言葉を聞いて彼は一体何を思ったのか、ニヤリと笑って私の手首を指さした。反射的に私は手首の方へと視線を移すが、そこには私が趣味で集めているミサンガが1つ着けてあるだけだった。


 「あの―――ミサンガがどうかしたんですか?」


 「黒いミサンガ、いいね。どうやらキミは本当にこの場にいるに相応しい人間のようだ。」


 彼は立ち上がり、ゆっくりと近づいてミサンガが着いている私の右手を手に取り、それを見せつけるように彼と私の間に持ってくる。


 「キミ、きっと政治とか歴史とか伝統とか、そういうもの全く興味ないでしょ? 言ってることが抽象的で、漠然としてるし、考え方の芯にあるのは、政治に対する負の感情だけだ。いや、というよりはに近いのかな?」。

 

 「……」


 「黒いミサンガは、一般的に『意志』や『魔除け』の意味がある。強い信念を持つことは、この仕事にとっての実用性は皆無だが本質としてはピッタリ。魔除けはその逆か、本質としての意味は皆無だが実用性は大いにあり――――これは自作か?」


 「え、ええ……」


 彼は手を放すと、大きく両手を広げて胸を張ると、天井を見上げて爽やかな笑顔を浮かべる。


 「勤勉でいいね! ちょうどそんな人材が欲しかった、先週来た爺は堅苦しいし、この探偵事務所の存在意義を全く理解しようとしなかった。キミみたいな若く、勤勉で、頭の柔らかい人は素晴らしい、まったくもって素晴らしすぎる!」


 「え、えーっと……」


 話についていくことが出来ない、なんだか彼の中だけで勝手に話が進んでいるような……


 「よし、決めた! キミは今日からだ、アリス!!!」


 ん……? なんだか勝手に決められたような――――


 私は、さも自分は当たり前のことを言っているかのような顔をしている彼を見て、もしかしたら自分が間違っているのかもしれないと思って少し考えるが、やっぱりどう考えても、今私は勝手に探偵助手に任命されたような……


 「え、いや勝手に決めないでくださいよ!!! 私は事務とかの仕事をするつもりで来たんですけど?! 探偵助手とか、絶対危険じゃないですかやりたくありませんよ!!」


 「ハハハ、面白いこと言うなぁ、事務仕事するんだよ。それに危険って思うかもしれないけど多少の警戒心とを持ち合わせていれば、ちょっと危険くらいだから、大丈夫大丈夫。」


 「それ全然安全じゃない!!!」


 そんなやり取りを30分ほど繰り返していると、突然、事務所の扉から部屋に3回のノック音が響いた。


 「……来客、ですかね?」


 「助手ワトソンクン、出たまえ。」


 「助手ワトソンじゃないです。」


 私はそう言いつつも、事務所の扉を開き、向こう側で立っていたその人を中に招き入れる。その人は、見覚えのある顔をしていた。そうだ、彼女は――――


 「あ! 久しぶり、アリスちゃん。」


 「カレン―――――」


 「おや、2人は知り合いなのかい?」


 「ええ、彼女は中学時代の旧友で――――」


 そう、中学卒業以来、交流のなかった隣のクラスのいけ好かない女。ずっと微笑んでいて何を考えてるのか分からないし、何度も何度も苗字が変わって、クラスの皆も彼女に軽い恐怖を抱いていた。

 今も彼女の口は微笑みを保ち続けている。その子供らしい顔も、2年程度じゃ変化もとくに見られない。強いているなら少し痩せたのだろうか? 顔色が悪くなったように思える。


 「それで、カレンさんでしたっけ? 今日は何のご依頼で?」


 凪川はそう言うと彼女を黒いソファに座るように促して、彼自身は向かい側のもう1つのソファに腰を下ろした。


 「実は、最近、同じ夢ばかり見るんです。それも悪夢。」


 「悪夢ですか、なるほど……では、悪夢について詳細を教えてください。」


 凪川は胸ポケットから小さなメモ帳と、高級そうなボールペンを取り出して手際よく彼女の言うことを書き連ねていく。その姿だけは、さながらプロの探偵のようである。


 「その―――村の、夢なんです。私は知らないところなんですが、そこは多分かなりの奥地で、村の周りは森で囲まれていました。私はなぜか7歳くらいになっていて、村の広場のような場所で、小学四年生くらいの背丈の男の子と一緒に遊んでいるんです。結構広い村なのに人気ひとけが全くなくて、少し不思議な雰囲気がある村でした。」


 「ふむふむ……」


 「それのどこが悪夢だったの?」


 私は思わず気になって聞いてしまう。

 彼女は少し俯くと、ゆっくりと心音を確かめるかのように息を吸って吐いた。


 「男の子と一緒に遊んでいると、突然、場面が切り替わるんです。リモコンでチャンネルを変えたときみたいに。気づいた時には、村全体が大きな火事に遭っていたんです――――いや、あれが本当に火事だったのかも怪しいんですが……」


 「といいますと?」


 「地面が、泥になっていたんです。燃えている村が、泥の中に沈んでいっていたんです。それだけじゃありません、その時どこからか村の住民が現れたんですが、彼らも村と同様に泥の中へと沈んでいったんです。息が出来ずに悶える子供や周りで沈んでいく人達の屍を蹴落としてまで上がろうとする大人を何度も、何度も見てきました。中には、私を見て助けを求めてくる人もいるんです……もう、きついんです。自分が生きていていいのかさえもあやふやになってきて、そもそも自分は生きているのかという疑問が最近ずっと頭から離れません。どうすればいいんですか?探偵さん、どうすれば、どうすればいいんですか?」


 彼女は次第に早口になっていく、素人目にも彼女が錯乱していることが分かる。

 凪川は「ふーむ……」と言って足を組むと、メモ帳とペンを胸ポケットにしまって、彼女の目をじっくり観察する。私も彼と同じように彼女と目を合わせようとするが、彼女の瞳孔はキョロキョロと不規則に動いており、なかなか捉えることが出来ない。すぐに諦めて私は客人と、この探偵に紅茶でも出そうかと思い、席を立ったその時だった。


 「分かりました。その依頼受けましょう。つまり、あなたの依頼内容は、その悪夢の解決と、悪夢の正体についての調査、ですよね?」


 彼はそう言うと、どこからか紙とペンを取り出して、彼女の前に差し出す。

 それは契約書だった。文字は小さくてよく読めないが、どうやら調査代などの明細書のようだ。


 「あ、ありがとうございます。期待して待ってます!……あの、どれくらいかかりますか?」


 「ん? かかるというのは金額の話でしょうか? それとも解決までの期間?」


 「両方です。」


 「金額は心配しなくていいですよ、交通費とか道具代とか諸々込みで5万くらいです。期間はそうですね―――この場合なら4日、あれば、まあ何とか。貴方も相当苦労なされているようですから、今回は3日で何とかしてみせます。」


 彼がそういうと、彼女の表情が心無しか明るくなり、声も弾み始めた。

 その後、すぐにペンを手に取って契約書を書いた彼女は、事務所を出て帰路についてしまった。彼女がいなくなり、静まり返った探偵事務所。凪川は、ソファから微動だにせず何かを考え込んでいる。


 「あの……凪川さん、3日で何とかするって言ってましたけど―――何とか出来るんですか?」


 私は心配だった。

 こんな心霊現象に近いものを解決するのは、本当に人の身で可能なのだろうか?こういうのは神社や寺でお祓いして解決するものなのではないだろうか?

 

 私の問いかけに、彼はコーヒーを一口飲むと、私の目を見て呟いた。


 「俺は、……だぜ?」

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