異世界探偵事務所~賽目アリスと不死身の探偵~
青い川流
第1話 賽目アリスの出会い
やってしまった。
今月は出費がかさんだことで、財布の中が侘しいことになっていた。だから今日からアルバイトということで、名前も聞いたことないような無名の探偵事務所の事務員として働くことになっていたのだが――――
「初日から遅刻はヤバいって!!!」
私は声を抑えて小さくそう叫びながら、通勤ラッシュで混み合う駅構内の人と人の間を縫うように駆け抜ける。集合時間は7時30分、時計の針は7時25分を示していた。
【異世界探偵事務所】
集合時間から10分過ぎて辿り着いた建物には、手書きの拙い文字でそう書かれていた。
「異世界探偵事務所―――?
本当にここなのかどうか、スマホや印刷した募集要項、建物に取り付けられた看板の文字を10分ほど見比べる。結局、何が正しいのか分からなかったが、築30年は過ぎているであろう錆びた色をしたコンクリートのビル、そこの3階の窓から外を覗いている男性の顔を見てここが目的の場所だという革新を持つことが出来た。
私がアルバイトをするのに、煌びやかなカフェテリアでも近所のチェーン店でもなく、わざわざこの探偵事務所を選んだ理由は、ここの探偵が超が付くほどのイケメンだからだ。
彼について知ったのはニュースの街頭インタビューだった。偶然インタビューを受けていた彼は、自分のことを【名探偵】と自負した後に、今はアルバイト募集中であると発言していたのだ。
彼が著名な探偵かどうかは正直、私の興味のところではないが、彼の探偵でいるにはもったいないほどの整った顔立ちとスタイルを見て、私はある種の一目ぼれの状態なのだ。まあ、その一目ぼれは、俳優やら芸能人やらに向けるものと同質であることを私は自分自身で悟っているのだが。
「……入ったらまずは遅刻したことの謝罪から――――」
自分にそう言い聞かせてから、モザイクタイルの扉を3回ノックする。
少しした後に、中から「どうぞー」という彼の虚ろな声が聞こえてくる。扉をゆっくりと開けると、そこには座り心地のよさそうな2つの黒いソファが、間に長机を挟んで、向かい合っており、その向こう側では、よく仕事場にある動くイスに座ってこちらの様子を伺っている男性がいた。
「あ、あの、遅れてすみませんでした!」
「ん、何を言っているんだ。ちょうど今が7時30分、キミは遅刻はしていないよ。まぁ、初日はせめて5分前くらいに来るのがちょうどいいが―――まあ、許容しよう。」
私は事務所の中の置時計と、自分の腕時計の針が示す時間を交互に見て、腕時計が10分早く進んでいることに気が付いた。
男はイスに腰をかけながら窓の外を見て背中を伸ばす。
彼が―――【
名探偵を自称するほどのナルシストであり、命以上に金を優先する守銭奴。一部の界隈では、モデル並に恵まれた顔と体型を持ちながら、業界進出を試みず、ひたむきに依頼人からの仕事を待ち続ける変人とも称されているある種での名探偵。
「さて……キミの名前はなんだい?」
「私ですか? 私は【
凪川は手元のカップに注がれたコーヒーを一気に飲み干すと、私にそれを押し付けてくる。意味も分からずに戸惑っていると、彼はイスの下からインスタントコーヒーの袋を1つ取り出して、こちらに投げてきた。それをなんとかキャッチして彼の方へと視線を移すと、彼は汚れた皿が無残にも積み上げられたシンクの方を指さしていた。
「えーっと……あの面接は?」
「面接は僕の気分で中止になった。代わりに実戦での試験というわけだ。あそこの皿、全部洗って拭いて、そっちの棚の中に仕舞っておいて、ああ、その前にカップにコーヒーを注いで僕にちょうだいね。」
「は? あの、これはどういう―――」
「ああ。あと、敬語、止めてくんない? 年下の子に敬語使われてるのって見下されてるみたいで非情に不愉快なんだよね。」
目の前の男はそう言って大きく欠伸をした。
よくよく見てみると――――ボサボサの髪、部屋の隅に無造作にまとめられた雑誌類、6、7袋ほど積み上げられた満杯のゴミ袋。ダメ人間の住んでる典型的な特徴である。
この男――――顔以外、とんでもないダメ人間だ!!
私は思わず手に持っていたカップを地面に落としてしまった。
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