第30話 チェックポイント

 特別実習で利用されるダンジョンは、Fランクの八重ダンジョン。

 自衛隊が攻略済みのダンジョンで、総階層は10階層ある。

 他のFランクダンジョンと比較して出現する魔物が弱い代わりに、面積が広いのが特徴だ。

 出現する魔物が弱いというだけあって、3層までは、最大でもFランク下位の魔物しか出てこない。


 ポータルを抜けた先は八重ダンジョンの1層、山林である。

 シェリルたち三人は、後から現れたルイズへ振り返った。


「着いたな。私はこれから君達と一定の距離を保ったままついて行く。こちらへ近付いた魔物は私が処理をするので気にしなくて良い。では実習開始だ」


 ルイズはそう言い残すと、シェリルたち三人から離れてゆく。

 それを見送った美珂は、方針の確認を始める。


「実習の最終目的は、明日の18時までに3層のゴールポイントにたどり着くこと。加えて私たちは、各階層あわせて3ヶ所のチェックポイントを通過してゴールすることが求められている。なので私たちはチェックポイント、ポータルの順で探索を進めていく。ここまでは良い?」


 チェックポイントルールは、実技成績トップ20位以内の者のために与えられたようなもの。

 余裕でそこに入っている三人は、サブミッションクリアの筆頭候補だった。

 頷いた二人を見て、美珂は続ける。


「それと、チェックポイントまでの道なんだけど……広すぎて覚えきれなかった。一応チェックポイント周辺は覚えてるから、そこに近付けば分かると思う。でも、分かるところまでは手探りで歩かなきゃいけない」


 八重ダンジョンは滝山ダンジョンの3倍ほどの面積を誇っている。

 加えて、行き先が知らされたのはつい昨日のこと。

 いくら人より記憶力の良い美珂でも、この短期間で地図を暗記し尽くすのは不可能だった。


「この間よりもずっと速いペースになると思う。シェリルにも魔法以外の力を借りることになるから、みんなよろしくね」


 三人のジョブは前回の探索から変わっていない。


 美珂は侍見習い、

 シェリルは見習い魔法使い、

 有希は見習い短剣術士だ。


 軽くブリーフィングを終えた三人は、美珂を先頭にダンジョン探索を開始する。


 美珂の宣言通り、足取りは前回よりずっと早い。

 山林の間を、シェリルたちは快調に突き進んで行く。

 そんな三人の後ろに、涼しい顔でルイズが追う。


 何度目かの接敵で、美珂は静かに声を上げた。


「――みんな、気を付けて」


 美珂が示す先にいたのは、何の変哲もない葉っぱ。

 ただし、周囲の雑草と見比べると、明らかに別物だということが分かる。


「Gランク上位の魔物、ビッグベジー。あの草に近付くと、ダイコンとかニンジンの怪物が噛み付いて来るから注意して」


 言っていることはギャグだが、1メートルほどの野菜が地面から現れ嚙み付いて来るのは恐怖でしかない。

 とはいえ対策は簡単だ。


「有希、お願いできる?」


「任せてよっ!」


 美珂に頼まれた有希はどこからともなく投げナイフを取り出すと、


「――やっ!」


 と掛け声を上げて、頭の葉っぱ目掛けて投げつける。

 投げナイフは寸分違わず命中すると、葉っぱを貫通した。

 そして、


「よしっ、一撃!」


 ビッグベジーは何の見せ場もなく、あっさりと光へ還る。

 葉っぱは弱点であり、見つけることさえできれば、このように一撃で仕留められるほどには脆い。


「ドロップ品は魔石だけかぁ……それにしても魔石、結構溜まって来たね?」


 有希は自身の背嚢を叩いて言う。

 中から魔石の重い感触が伝わってくる。


「結構戦ってるからねえ……」


 美珂はため息を吐きながら、そう返答した。



 他に注意すべき魔物もおらず、三人は快足を飛ばして進んで行く。

 探索開始から2時間が経過して。


「あっ、この辺りから道が分かるよ!」


 美珂は唐突にそんな宣言をする。

 そして言葉通り、その30分後にはチェックポイントにたどり着く。

 チェックポイントは山林が少し開けた場所にあり、シンプルな簡易天幕の下にタッチパネルと液晶が置かれていた。

 他に仮設トイレが2つある。

 人は誰もいない。


「まだ誰も来てないみたい」


 シェリルが周囲を見回して言う。

 最近の足跡も、誰かが休憩した痕跡も無い。


「う~ん……1層のチェックポイントだし、誰か来るまで待ってみる? たぶん、他のパーティと合流できるチャンスはこれが最後だと思うし」


「良いと思う! 私たち以外の様子とか聞きたいし」


 シェリルもこくこくと頷く。


「じゃあ、とりあえずチェックポイント通過の申請をしよっか?」


 美珂はそう言って、タッチパネルに自身のIDカードをかざす。

 すると隣にあった液晶画面に申請完了の表示がされる。

 続いてシェリル、有希と済ませて、三人は林を背に休むことにした。


「それにしても、ここに来るまで結構かかったよね?」


 有希の言うように、ダンジョンに入ってからチェックポイント到達まで、3時間近く経過している。ペースを速めてこの速度だ。

 もし前回の時と同じ速度で探索していれば、4時間近くかかっていたかもしれない。

 それほどまでに時間を食ったのには、1階層が広いこと以外にも原因がある。


「1層のくせに魔物の数が多い」


 ここまで感じていた三人の心を代弁するかのように、シェリルが言う。

 シェリルの言うように、かかった時間の半分ほどは魔物との戦闘だった。

 一体ごとの驚異度は低いものの、戦闘がかさばれば時間はかかるというもの。


「次に来るパーティはどこになると思う? やっぱり藤堂君のパーティが強いかな?」


 有希の問いにシェリルは首を振って答える。


「藤堂って人のパーティは、サブミッション組だと一番遅いと思う。パーティの3人がもともと参加資格の無い人たちだったし、他の人もどちらかと言えばサポート寄りだから。予想だと、私たちの三つ前に入ったリディアって人たちのパーティな気がする。その次は二つ前のフェルたちのパーティ」


 シェリルは理由を説明する。


「リディアって人のパーティは、探索がしやすい軽戦士系の成績上位者が揃ってた。ああいうパーティが今回みたいな探索だと有利。フェルたちのパーティはバランスが良い代わりに少し重め。一回ごとの戦闘のロスがリディアって人のパーティより大きいと思う」


「相変わらずよく見てるね……あっ、何か来たみたい!」


 美珂の注視する方へ二人が視線を向けると、近寄って来る複数の気配を感じた。

 どうやら魔物ではなさそうで、構えかけた武器を下ろす。

 少しして、


「先客がいたか……」


 と、呟きながら現れたのは、シェリルたちも見たことのある人物。

 それは相手も同じだったようで、シェリルを見た彼は目を丸くして言う。


「あれ、君は主席の人」


「そっちは、主席あいさつした人?」


 そこにいたのは、王道の剣と盾を携えた好青年。1年C組の瀬戸傑だ。

 傑は肩を竦めて言う。


「……断れなくてね。正直、面倒だったよ」


「んう……ごめん……」


 しゅんとして眉を下げるシェリルに、傑は苦笑する。


「あはは……謝らなくていいよ。僕だって面倒だと感じたわけだしね……そうだ、僕らのパーティも休憩させてもらうね? 離れていて欲しかったら言ってくれ」


「ううん大丈夫。だよね、美珂ねえ、有希?」


 シェリルの問いかけに二人は否もなく頷く。

 自分たち以外のパーティを待っていた三人にとって、この出会いはむしろ歓迎するものだ。

 情報交換も含めて、話すことにした。


「そっか、じゃあ皆にもそう言うよ。少し待ってて」


 そう言って林へ消えてゆくと、少し経ち仲間を引き連れて戻ってくる。

 傑のパーティは珍しく男女混合で、傑を入れて5人いた。

 そしてなんという偶然か、シェリルたちはその全員を知っている。

 傑以外に有希の幼馴染である弥幸、そして純正白人のリディア。もう二人は、シェリルを部活に勧誘しようとして揉めた男女、宮代と貴島だ。


 それぞれ軽くあいさつを交わした後、実習について話し合う。


「――魔物が多く感じたのは、やっぱり気のせいじゃなさそうだね。こっちの教師も不思議そうにしてたから。三人は、何か知ってることとか無い?」


 そう言って傑はシェリルたちに目を向けた。

 話し合いに参加する姿勢なのは、シェリルたち三人と傑、弥幸、リディアの計6名。あとの二人は、話は聞くが傍観といった構えだ。


 シェリルたち三人は顔を見合わせ、そして同時に首を振る。


「私たちに心当たりは無いかな。ルイズ先生なら何か知ってるかもしれないけど……」


「そういえばそっちの担当なんだったね。一度聞いてみようか?」


 美珂と傑は、広場端にいるルイズへ視線を向けた。

 それに気が付いたルイズは、仕方なさそうにこちらへ寄って来る。


「私に何か用か?」


「質問なんですが、今回の魔物の多さは最初から意図されたものですか?」


 傑の問いに、ルイズは首を振る。


「いいや、こんなことは想定されていない。そもそも今回の実習の意義は、金剛寺先生が言っていたように、他人との探索に慣れることだ。それは、張り合いをもたらすために作った特別実習でも同じ……なのでFランクの中でも比較的驚異度の低い場所が実習地になっていたはずだった」


 一息ついて、ルイズは続ける。


「……実際に、驚異度はそれほど高くはない。だが戦闘があまりに頻発するようであれば、限られた体力しか持たない学生にとって驚異的ともいえる」


「それは、あまり良くない状況なのでは……?」


 神妙に言う弥幸にルイズは頷く。


「その通り。大事に至らぬよう、パーティの実力に応じて人員を配置してはいるが、私や彼もどこかで駆り出されるやもしれん。君たちはある程度、実力が保証されてしまっているからな。緊急事態で真っ先に召集されるのは、私たちサブミッション組の教師だ。なので覚悟をしておくように」


 傑たちの担当の男性教師を見ながら、ルイズは注意を促した。





―――――――――――――――――――――――――――――

※説明するところが無かったのでここに。


 ダンジョン内では無線が普通に通じます。

 ただし階層を跨げば通じなくなるので、あくまで1階層のみの通信手段です。


 また生徒たちには発信機付きの時計が配られていて、事件発生時に居場所を知らせることができます。

 これは冒険者規則にも書かれていることで、ダンジョンへ潜る際には、居場所を知らせる発信機の装着が推奨されています。


 あくまで推奨であり、義務ではありません。



※次話の投稿は、25日以降になります。

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異世界少女の地球生活 和泉和人 @ioh137df4

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