鮎っこ鮎たろう 🐟

上月くるを

鮎っこ鮎たろう 🐟



 

 高い山脈の深奥に源を発し、児童数20人ほどの山の小学校の直下を流れる鰍川かじかがわの美しさを、国内外からの観光客や登山客は申し合わせたような言の葉で讃えます。



 ――おおっ、エメラルドグリーン!!!! 🟢🗾⛺🏞️



 むろん山の子どもはそういう宝石を知りませんが、生まれたときから見慣れている澄んだ川面と同じ色の高貴な指輪を想像して、うっとり夢見心地になるのです。💍



      🐠



 今年は遅咲きだった里の桜が散り、山桜や山吹が常緑の山に清楚な灯を灯し始めた4月の半ば、鰍川の上流では漁業組合の人たちが総出で、鮎の稚魚を放流しました。


 生け簀で大切に育てていた体長5センチほどの子どもの鮎を放ってやると、冷たい水を大よろこびで泳ぎまわり、石についた藻類を食べて、ずんずん大きくなります。


 そして、およそ2か月後には20センチ前後の大きさに成長するので、一定期間、川を開放し、爽やかな匂いから香魚こうぎょとも呼ばれる鮎釣りを楽しんでもらうのです。



      🍱



 梅雨の最中のご褒美のような五月晴れの日。

 山の学校の給食に鮎のから揚げが出ました。


 おさないころから食べ慣れているので、みんな大好きな献立……のはずでした。

 が、背丈も体重も並はずれて大きいユウイチロウは、内心で、ちょっと憂うつ。


 というのも、両親が洋食店を経営している街に生まれて育ち、祖母が老いたため、今年、村に引っ越して来たばかりで、生臭い川魚は食べ慣れていなかったから。💦


 みんなが「美味しいね」とよろこんでいるなか、ユウイチロウだけは目をつぶってやっとの思いで鮎の身の部分だけ飲みこみ、大急ぎで食器を片づけようとしました。



      🥘



 とそのとき、「あ、もったいない!」小さな、でも、よく通る声がひびきました。ユウイチロウと同じ6年生とは思えないくらい小柄な女子、サクラコの呟きでした。


 ぎょっとして振り返ると、白い頬を赤く染めたサクラコが、もじもじしながらも、「頭から尻尾まで、丸ごと食べるんだよ。そうでないと鮎に申し訳ないんだよ」と。


 いつもおとなしくて内気で、自分の意見などめったに口にしたことがないサクラコでしたので、言われたユウイチロウをはじめ、学校中みんなが呆気にとられました。


 そうそう、言い忘れましたが、山の学校では、1年生から6年生までの全児童と、校長先生から保健や用務の先生までの全職員が、ひとつ部屋で給食を食べるのです。



      👴


 

 な、なんだよう、おまえ、生意気に! ユウイチロウが言い返す前に、三角の頭を光らせた校長先生が「はっはっは、一本とられましたね~」と豪傑笑いをしました。


 ご存知だったんですね~、校長先生、獣肉が苦手で、無理に食べると吐いてしまうサクラコを、大人がいないところでユウイチロウがいたぶっていたことを。"(-""-)"


 あまりの怒りに思わず立ち上がっていたユウイチロウを落ち着かせた校長先生は、生来の体質もあるので、食べ物を無理強いしてはいけないことを話してくれました。


 そのうえであらためてサクラコが鮎にこだわった理由……山案内人でもある祖父らが丹精した鮎を、丸ごときれいに食べてほしいという気持ちを説明してくれました。



      🐒



 ところで、話は変わりますが……。🪰🪰🪳🪳🦗🦗🦋🦋🐝🐝🪲🪲🐞🐞⛅

 梅雨があけたら、環境省の捕虫網を持ったお役人さんたちがやって来るでしょう。


 山の学校に隣接する国定公園の昆虫採集は禁じられていますが、お役人さんたちは研究者なので、市販品の数倍は大きい特製捕虫網をふるえば、稀少昆虫も一網打尽!


 おおっと、いまのは不謹慎の誹りを免れませんね(笑)。とにかく山の子どもたちには、専門家の採集を間近に見られるという、暗黙の特典が与えられているのです。


 鮎給食の一件以来、すっかり仲よしになったユウイチロウとサクラコは、低学年をやさしくリードする6年生として、満を持して、そのときを待っています。( ^)o(^ )

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