シルヴィア……
セイコはトートバッグを引っさげながら電動ローラースケートで町中を移動し、『心のマッサージ』の店内に入っていった。
そして、微笑みながら軽やかな足取りで浮遊機械の後ろをついていく。
(シルヴィア。あぁ、シルヴィア! 約束通り、料理持ってきたよ! ちゃんと忘れなかったよ!)
セイコは案内された部屋の扉を抜けて、片手を軽く振りながら中に入っていく。
「シルヴィア、こんにちは」
胸に腕を添えながら頭を下げていくシルヴィア。
「ようこそおいでくださいました、セイコ」
「言われた通り、また来てしまいました!」
「再び僕を指名していただき、ありがとうございます」
セイコは明るい笑顔を作りながら頭を撫でた。
「シルヴィアにしか興味ないですからね、あはは」
「嬉しいお言葉ありがとうございます。……さあ、本日は隣に座りますか? 正面にしますか?」
「えっと、昨日対面で座ったので、今日は隣に座ろうかな?」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
シルヴィアは小さく微笑み、セイコの手を掴み長椅子に引っ張っていく。
そして、椅子に腰かけたシルヴィアのすぐ隣にセイコも椅子に体を預けた。
シルヴィアはセイコの顔を見つめながら首をかしげる。
「あの、セイコの顔がやつれているのですが、最近なにか疲れるようなことが起きているのですか?」
セイコは目を見開きながらたじろぐ。
「えっ、え!? わたし? ……わたし、別に最近なにも起きていませんけど……」
「でも、セイコの顔にはっきりと出ていますので」
「そうですか? 自分ではいつもと変わらないように見えて分からなかったんですけど。……シルヴィアにはそう見えるのですか?」
「はい。……大丈夫ですか?」
「全然平気ですよ!? ……うーん、ダイエットで食事抜いたからかな?」
「僕も食事を抜いたことが原因だと思います」
「でも、たった二回だけですよ? しかも、夕ご飯だけですし」
「それでも、必要な食事回数を減らしているのには変わりないですので……しっかり顔に変化が起きていますよ」
「さすがシルヴィア、すごい! ……あ、そういう意味じゃなくて。素直に観察力が高いのが素敵だなぁって!」
小さく笑いながら首をゆっくり横に振るシルヴィア。
「気にしていないので大丈夫ですよ」
「それならよかった。あ、シルヴィアが昨日わたしの料理を食べたいって言ってたから、約束通り作って持ってきましたよ!」
「本当ですか? わざわざ僕のために?」
「はい! ……カレーライス、大丈夫ですか?」
「確認してみないと分からないので、とりあえず一回見せてもらってよろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
セイコは明るい笑顔を浮かべながらトートバッグの中からカレーライスが詰め込まれた長方形の容器を取り出す。
それから、正面の机上にスプーンと一緒に置き、蓋を開けていった。
「これを作ってきたんですけど……どうですか? シルヴィア食べられそうですか?」
シルヴィアは一瞬カレーライスを凝視し、すぐに頷く。
「はい、食べてみます。いただきます」
シルヴィアはカレーライスが入った容器を片手で持ち、もう片方の手でスプーンを掴む。
そして、スプーンでカレーライスをすくったら、口の中に運んでいった。
一方、セイコは眉尻を下げながら握ったこぶしを口元に添えて、シルヴィアの顔を静かに見守る。
「……どう、ですか?」
頷いた後、すぐに口角を上げた口をセイコに見せるシルヴィア。
「……とっても美味しいです。きっと、今日作ったカレーライスではないですよね? それなのに、味が濃くしっかり口の中に広がり、具材の食感も損なわれていないので、すごく良かったです」
「えっ、本当ですか!?」
「はい、とても
セイコは少し硬い笑みを浮かべながら机を見つめた。
「わたし、こんなに褒められたことがないので……嬉しいです」
「本当のことを言っただけなのですが……喜んでもらえたのなら僕も嬉しいです。あ、お返しってわけではないのですが、僕もセイコのために食事を持ってきました」
「ん、わたしのため? って、シルヴィアは料理できるんですか?」
「セイコのように手の込んだものではないですが」
シルヴィアは近くに置いてあった大きめの箱の中から、おにぎりを一個取り出す。
それから、セイコに向けてゆっくり差し出した。
「どうぞ。……食べていただけますか?」
「はい、もちろん! ……これは、おにぎり?」
「セイコのために頑張って作ってみました」
「シルヴィアのおにぎり、形がとっても綺麗ですね。正確に整えられていて、まるで機――いえ、とてもシルヴィアらしくてすごくいいですね! ……あっ、じゃあ、いただきます」
「どうぞ召し上がってください」
セイコはシルヴィアが持っているおにぎりを両手でやさしく包み、ゆっくり口に運んでいく。
(……美味しい)
セイコは静かに小さく口を動かしていった。
そして、顔をしかめさせて、目から雫《しずく》をこぼれさせていく。
シルヴィアはセイコの涙を目で追い、慌てふためいた。
「セイコ!? どうかされましたか!? まさか、僕のおにぎりがお気に召さなかったのでしょうか? 申し訳ありません!」
目からこぼれ落ちた水滴を手で
「違います、違うんです!」
「もしかして、具がセイコの好みではなかったですか?」
「これ、昆布ですよね? 味付けされた」
「はい。……ダメ、でしたか?」
「おにぎりは問題ないです。とても美味しいです」
シルヴィアは眉尻を下げながら首をかしげた。
「では、一体なぜ?」
「なんだか、久しぶりに本当においしい食べ物を食べたように感じて……。自分でも分からないけど、涙が出てきちゃいました」
「そんなに美味しいですか?」
「はいっ。……シルヴィア、おにぎりありがとうございます」
セイコは頬を少し赤く染めながらシルヴィアの体に飛びつき、優しく抱きしめていく。
シルヴィアは目を見開きながら顔を固めさせた。
「深い体の関係は料金が発生します。十分でおにぎり三十個分か――」
シルヴィアはゆっくり目をつむり、微笑みながらセイコの背中を優しく抱きしめ返し、彼女の背中を軽く撫でていく。
「いえ、今回はセイコがよろめいてしまっただけですね」
それから、部屋の照明がセイコとシルヴィアを優しく包むかのように照らし続けていった。
綺麗な蝶は花の蜜以外も求める !~よたみてい書 @kaitemitayo
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