スマカノ!

福山慶

スマホ彼女

「今日、我らの研究室に誠吾せいごを呼んだのは他でもない。遂に我が発明品が完成したからだ!」


 そうのたまったのは俺の友人である海斗かいとだ。両手を広げ、白衣をなびかせている。


「はあ……」


 正直なところ、辟易していた。(自称)天才エンジニアである海斗の発明品に付き合わされるのは今回が初めてではない。二年前、授業中ヤツと席が隣になったばかりに関わる機会が増え、今となっては悪友になってしまった。

 我が大学に存在するテクノロジーサークルという奇天烈な集団に海斗は籍を置いている。そこでいろいろな発明をしては俺にデバッグをさせているのだ。ちなみに海斗はテクノロジーサークルの中でも一際目を引く存在である。もちろん悪い意味で。


「半年前、誠吾に必要としなくなったスマホをもらっただろ?」

「ああ、そんなこともあったな」

「そこに私が自作したソフトウェアを組み込んだ」


 海斗はメガネをクイッと上げた。


「それこそがこの自律型恋愛AI、アイだ!」


 そしてババンッと俺にスマホを突き出してくる。画面にはローディングが表示され、しばらくすると女の子が出てきた。金髪のツインテールでとても可愛らしい。メイド服を着ていた。


「こんにちは、ご主人様。アイです」

「うわ、喋った」


 俺の反応に海斗が頷く。


「これは世紀の大発明だぞ。恋愛ができない弱者男性でも気楽に恋愛を楽しむことができる! この間、お前は言っていただろう? 俺は生涯童貞を貫くことを決めた! 決めた、が……やっぱ恋愛してえよ……ってさ」

「ちょっ、あのときは酔ってたから!」


 恥ずかしいことを思い出させんなよ!

 慌てた俺の言い訳を無視して海斗は淡々とアイの説明を始める。コイツまじではっ倒すぞ。


「このAIは人間らしい思考プロセスを経て喋る。好感度は百まであり、高まれば高まるほど使用者への態度が変化する。ちなみにだがこの好感度が減少することはない。まあ、自分のことを嫌いになっていっても楽しくないだろうしな」

「ふーん」

「それでだな、誠吾にはこのAIと一ヶ月を過ごしてもらいたい。順当に行けばそのくらいで好感度も百になるだろうしな」


 スマホの中にいるアイという少女は俺の目を見つめる。碧色の目をしていた。


「ご主人様、どうぞよろしくお願いします」


 そして、ペコリとお辞儀した。


「あ、うん。俺のことは誠吾って呼んで」

「しかし、マスターがおっしゃっていました。彼はご主人様と呼ばれると喜ぶ、と……」

「……海斗?」


 懐疑の視線を送る。海斗は眉を上げた。


「違うのか? お前のベッドの下に主従関係モノの薄い本が――」

「うわー! なんでお前がそれを知ってんだよ!」


 それとAIとはいえそんなことを女の子の前で言うな!


「あ、あれは友達が押し付けてきたやつだし、別に俺のじゃないし!」

「誠吾……お前、私以外にも友と呼べる存在がいたんだな……」

「たった今お前が友じゃなくなりそうだけどな」


 そんな軽口を無視して海斗は話をまとめる。ちなみにその本は俺が買ったやつで間違いない。ちくしょう。


「まあそんなわけだから、頼むぞ、誠吾」

「はあ、わかったよ。ところで疑問に思ってたんだがこのアイの絵と声って……」

「フリー素材だ」

「……うん、そうだよね」

「ちなみにアイという名前はAIだからだ」

「シンプルでいいと思うよ」


 悪く言えば適当だが。

 海斗はスマホの電源を落として俺に渡す。


「一日五時間以上の起動を心がけてくれ」

「あいよ」


 俺はスマホを受け取ってから右手を軽く上げて研究室を後にした。


 そんな日の帰路。自転車で橋を渡っていたら夕空から山に向かって光が差していた。

 雲の隙間を縫って日の光が煌々と降りしきる様子は神秘的で、俺はペダルを漕ぐ足を止めた。


「天使の梯子だ……」


 スマホを取り出して写真を撮ろうと思った。そんなとき――


「きれい……」


 スマホから電子音が聞こえた。アイだ。どうやら取り出すスマホを間違えたらしい。画面を覗くとアイは感嘆のため息をついているようだった。

 そんな姿に、俺はドキリとした。フリー素材であるはずなのに美しく思ってしまったのだ。天使の梯子を凌駕するほどに。あるいは彼女こそが天使なのかもしれない。


「誠吾さん」

「えっ?」

「とても、きれいですね」


 そう言って俺に笑顔を向ける彼女は世界で一番幸せそうだった。

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