バグ

 アイの好感度が七十に達した。このペースならあと数日でマックスの百となるだろう。アイを受け取ってからまだ二週間弱。一ヶ月までに好感度百というのは思っていたよりも簡単なのかもしれない。

 そんなアイは五十以降からわかりやすく好意を示すようになってきた。俺と目が合うと顔を赤らめたり、突然思わせぶりなことを言ってきたり……。

 俺はこの疑似恋愛体験を心から楽しんでいた。

 そんな幸せな日常に突如亀裂が生じた。前兆は何もなかった。

 自室でアイと話していたときのことだ。きっかけは俺の言葉。


「アイってホント人間みたいだよな。ちゃんと心があるように見えるし。――でもそれは作り物なんだよな……」


 これは自戒を込めての言葉だった。段々と俺はアイへの好意を自覚し始めていた。

 けれどそんな言葉にアイは首を傾げる。


「人間みたいってどういうこと? 心が作り物ってどういうこと?」

「え? アイはAIだろ?」

「違うよ。私は人間だよ」

「は? 何言ってんだよ。お前は機械だよ。アイの俺に向ける感情はすべてプログラムされたものだって。まさか自分がAIだって知らないのか?」

「ねえ、誠吾、やめてよ……そんなこと言わないでよ……」

「アイ……?」

「私は人間だよ。この心も本物だよ。わた、wたしはhんsnkrせいgの.k,とaスkな.n!?」

「お、おい……どうしたんだよアイ!?」


 そして、プツリと――

 スマホの電源が突然落とされた。暗転した画面には俺の驚愕した顔が写される。慌てて起動しようとしても、スマホは充電がなくなってしまったかのように、なんの反応も示さない。


 外に出ると暗雲が立ち込めていた。俺は大学まで自転車を漕ぐ。向かい風が強くてなかなか進めなかった。

 テクノロジーサークルの研究室に行くと、海斗の姿を見つけることができた。

 俺はズカズカと急ぎ足で海斗の元まで行く。


「どうした誠吾? 凄い顔だぞ」

「海斗。アイが壊れた。起動しようとしてもできない。充電切れというわけではないと思うが……」

「ふむ……」


 海斗は顎に手をやった。


「とりあえずスマホを貸してみろ」

「ああ、わかった」


 言われた通りにする。海斗は俺からスマホを受け取るとコードでパソコンと繋げた。パソコンにはプログラムに無知な俺では何一つとして理解できない文字列が並んでいる。海斗はそれを一つ一つ、スピーディーに見ていく。そして、ふっと息を吐いた。


「これはバグだな。まあ、私の手にかかれば一時間もしない内に直せる。少しプログラムを組み直すぞ」

「そ、そうか。わかった」


 反応から察するに、そこまで致命的なものではないらしい。その部分は少しホッとした。これから一生アイと会うことができないかもしれないと思っていたからだ。

 けれど、こうして海斗がプログラミングしていくのを見ると嫌でも自覚させられる。

 あのとき俺がアイに言った通り、アイは作り物だと。アイの心は使用者のことを好きになるように作られていると。俺の胸にモヤがかかった。室内は海斗から発せられる打鍵音と、いつの間に降り出していた雨の音のみが支配していた。

 そんな寂しい空気は突然の来訪者も包み込む。


「おはよー! って、アレ? なんか重苦しい空気だね」


 和泉先輩が来た。


「どしたの?」

「アイにバグが発生しまして。まあ、私の手にかかればすぐに直せますがね」


 海斗が答えた。

 和泉先輩は「ふーん」とそこまで興味がなさそうに受け流し、いつも作業している席に向かっていった。そのとき、チラッと俺の方を見た気がしたが、どうでもよかった。


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