エピローグ ――そして、愛は――

 アイが消えて、今日で五年だ。

 俺は会社員となり、まあそれなりに上手くやっている。アイは自分がいないほうが幸せになるとか言っていたけど、あの日感じた幸せはまだ胸に残ってるし、恋愛だって相変わらず興味なしだ。アイは俺のことを何もわかってなかったなと思う。


 勤務終わり、俺は焼肉店に来ていた。個室まで案内されると、そこには海斗と和泉先輩の姿がある。ふたりは俺に軽く手を上げた。

 俺たちは大学を卒業して、それぞれがそれぞれの道を歩むことになっても未だに連絡を取り合い、こうして食事をしたり酒を飲んだりしていた。大学時代、こんな悪友とはもう関わることはないと思っていたので、人付き合いというの何があるかわからないものである。

 俺は海斗の隣に座った。向かいには和泉先輩がいる。


「ビール飲む?」

「俺、車で来たんで遠慮しときます」

「そ、それなら仕方ないね」


 和泉先輩はそう言って肉を取ってくれた。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 俺は肉を食った。うん、やっぱ焼き肉は美味い。


「とりあえず、海斗、おめでとう」

「ああ、私は天才だから当然の結果だ」


 今日三人で集まったのは他でもない、海斗の昇格祝いだ。海斗は大手アプリ会社に就職し、エンジニアとしていろいろと開発しているらしい。まあ、俺には難しい話だからあまり詳しく知っているわけではないけど。

 自律型恋愛AIを創った手腕はやはり確かなものみたいだ。


「誠吾はどうなんだ?」

「俺? 俺もまあそれなりにやってるよ。とはいえ普通の会社員だが」

「そうか。まあ上手くやれてるならいいことだな」


 それからは近況報告やら雑談やらで盛り上がった。


「そういえば誠吾は彼女とかいるのか?」


 海斗が突然聞いてきた。


「なんだよ、急に」

「いやなに、私に彼女ができたからな。海斗はどうなのかと思い」

「ふーん……、ん!? え、お前彼女できたの!?」

「ああ、そうだ」


 前触れとか何もなかったから驚いた。


「びっくりだよねー。まさか海斗くんに彼女ができるなんて。恋愛とか全く興味なさそうな感じなのにね」

「そうですね……」


 和泉先輩は先に知らされているみたいだった。

 しかし海斗に彼女か……なんだか感慨深いな。


「で、誠吾はどうなんだ?」

「いやあ、俺はそういうのいいかな」

「ふむ」

「やっぱりアイちゃんのことまだ引きずってるの?」


 和泉先輩が聞いてきた。


「まあ、そうですね……」

「そっか……ねえ、アタシじゃダメかな?」

「えっ?」


 何を聞かれたのか、理解ができなかった。海斗は腕を組んで黙っている。和泉先輩は真っ直ぐ俺を見る。冗談の気配はなかった。


「それって……」

「誠吾くんさ、アタシとお付き合いしてみない?」

「え、えー!?」


 思っても見なかったことだ。

 ヤバい、心臓がめっちゃドキドキ言ってる。アイとしか恋愛経験がないからこういうときどうするのが正解なのかわからない。

 ま、まずは返事だよな……。


「え、えと、気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。こんな俺に……でも、ごめんなさい。やっぱりさっき言ったように俺、まだアイのことが好きで……」


 無意識のうちに、ポケットからスマホを出していた。これはアイがいたスマホだ。今でもずっと、近くにいるよう、忘れないよう肌身離さず持っている。


「そっか」


 和泉先輩は息を吐いた。そして、海斗に目配せする。


「まあ、わかってたことだよ。軽い気持ちで言っただけだからさ、誠吾くんは気にしないで」

「え、そうなんですか?」

「うん。だから、海斗くん」


 和泉先輩の呼びかけに、海斗は頷く。


「誠吾。そのスマホを貸してみろ」

「え、嫌だけど」


 アイを他の男に渡したくない。

 俺の即答に海斗は呆れたような顔をした。


「……はあ。天才たるこの私が、またアイを呼び起こそうと言っているんだ」

「……えっ?」


 時が止まったような錯覚がした。


「もちろん新しくアイを作るわけじゃない。あのときのアイだ。アイの情報は逐一バックアップが取れるようにしていたからな」

「それって、つまり……」

「またアイと過ごせるってことだ」


 俺は勢いよく立ち上がった。


「本当か!?」

「ああ、本当だ。あのときはアイの決断を尊重したが……誠吾は五年が経ってもアイのことを想っているんだもんな。だから、ほら。スマホを貸せ」


 言われた通り、海斗にスマホを渡した。


「明日、私の家に来い」

「ああ! 本当にありがとう!」


 涙が出そうなくらい嬉しかった。


 翌日。雲一つない青天のもと、俺は朝一番に海斗の家に行き、アイを受け取った。

 家に帰り受け取ったスマホを眺める。

 思えばあの日々はたった二週間だったけど、とても濃かった。これからはそれよりも、もっとずっと長い時間を過ごせる。こんな幸せなことなんてないだろう。

 俺はアイを起動した。

 ローディングが表示され、しばらくするとアイが出てきた。金髪のツインテール。碧色の目。メイド服。顔は驚きに満ちていて、それからすぐに涙でくしゃくしゃにした。


「五年ぶりだね、アイ。やっぱりさ、俺を幸せにできるのはアイしかいないよ」

「誠吾ぉ……」


 そんな様子が愛おしくて、また見れて嬉しくて、俺は笑った。


「これからは一緒に生きていこうな」

「うん……!」


 〜fin〜

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