人生で1番美しい時に死ぬ病

論より硝子

第1話

15から30歳までの人が罹る致死率100%の原因不明の病、今や日本の若年層の9割以上が罹ると言われていたそれは、巷では人生で1番美しい時に死ぬ病なんて呼ばれていた。

私はそれが神様からの最後の贈り物のような気がしてならなかった。だって老いという恐ろしい死の気配を感じずに逝けるのだから。それはとても幸せな事だ。幸せなことだと、思う。

25歳、当時私は慣れない仕事に悪戦苦闘しながら生活していた。25歳にもなればそこそこの数のクラスメイトが死んでいて私はそれを羨ましく思っていた。有り体に言えば、人生に絶望していたのだ。

彼と出会ったのはそんな時だった。私は彼の教育係を命じられて仕事を教えてあげているうちにいつの間にかハートを射抜かれていたらしく、程なくして私と彼は付き合い始めた。

彼はよく笑う人だった、何がそこまで面白いのか分からなかったが彼が笑っているのを見るだけでなんだか心がふわふわして幸せな気分になれたし、彼がいれば他のことはどうだって良いと思える程度には彼に依存していた。

それから2年、ロクムみたいな甘い時間を過ごしていた。気づけばクラスメイトは残り数人というところまで減っていた。その頃から私は一層彼との時間を大切にするようになっていた、それと同時に何時自分が死んでも良いように料理のコツなんかを記したお手製の料理本や私と同じ年齢になるまでの彼への誕生日プレゼントなんかを用意していた。彼は仕事もできるし愛想も良いが、家事はてんでダメだったから残して先立ってしまうのが不安だった。

だけどそれは杞憂に終わった、彼が先に倒れて病院に搬送されたのだ。

例の病だった、日に日に体力が無くなっていく彼を見るのは正直辛かったが毎日お見舞いに行っていた。

そこからしばらくして医者から自宅で今まで通り過ごさせてあげてくださいと言われた、彼はもう助からないのだと言外に言われているようでその時の絶望ったらなかったが彼の事を思うなら尚更ご自宅で一緒に過ごされるべきですと言ってきた医者の言葉を受け入れて彼を連れて2人で住んでいた家に帰ることになった。

家に帰ってきてからすぐに寝たきりになってしまった。

ネットで調べてみると例の病は人生に未練が無くなれば無くなるほど死期が早まっていく、という風に書かれていた。

そんなことを知っていれば絶対に受けなかったのに、未練を残し続ければ彼は生きていてくれるのだろうかと思った。

例の病に罹った人はみんな死んでいて前例なんてなかったから確証はなかったけれども、彼を助けるためだったら絶対にやってみせるという強い決意を持つことが出来た。

それから直ぐに彼と沢山未来の話をできるように、仕事を辞めた。幸い貯金だけはあったのでしばらく働かなくても問題はなかった。

彼の生活の介助をしつつ治ったら遊園地に行ったり旅行に行ったりしよう、と話しかけ続けた。いくら話しかけても彼は困ったように笑うだけで決して頷いてはくれなかった。彼は徐々に体が動かなくなっていくのと同時に不安定になっていった、突然死ぬのが怖いと泣き出したかと思えば君にこんな風に何から何までさせてしまうのは申し訳ないから直ぐにでも死んでしまいたいと言うこともあった。でも決まって最後にはこの病気になってからおかしくなってしまった、生きたいという気持ちが無くなってしまった、一緒に生きれなくてごめんと泣いていた。

何度もその光景を見ているうちにこんなに辛い思いをさせてまで生かしておくのは私の傲慢なのではないだろうかと思うようになっていた。

自分で自分の行動に自信が持てなくなってきていたある日、消え入るような声で彼は私に話しかけてきた。


最後のお願いをしてもいいかな、僕を殺して欲しい。


何を馬鹿なことを言ってるの。とヒステリック気味に怒ると彼は神なんて見たことも無いものに殺されるのは恐ろしい、僕が愛した貴方の手で殺して欲しい。だって君ならきっと、お母さんが子供を寝かしつけるみたいに優しく殺してくれるでしょう。

と言って穏やかに笑った。

例の病に罹ってから初めて聞いた彼のお願いは酷く残酷で、悲しくて、それでいて信頼に溢れたものだった。

彼が初めて言ってくれたお願いを私は叶えてあげることにした。

ゆっくりと彼に近づいて行って涙を流しながら首に手を添えるそこからぎゅうっと徐々に力を強めて行って彼の首を締めていく。彼が最後に見る顔は笑顔の方がいいだろうと思って泣きながら笑顔を見せた、彼は目が合うと病に罹る前にみせてくれていた私の大好きな笑みを浮かべながらありがとうと呟いたあとパクパクと口を動かして直ぐに動かなくなった。彼はまるで遊び疲れて眠っているみたいだった。その日は彼と一緒に眠った、彼が寒くないように優しく優しく抱きしめて、頭を撫でて子守唄を歌いながら眠った。

それがもう50年も前のことになる、あの後私は自らのことを通報して逮捕された。お母さんやお父さんはそれは罪なんかじゃないよと言ってくれたけれど、私は彼を生かそうとしてしまった罪と彼の事を殺した罪、二つの罪を背負って生きていくべきだと思った。

それこそが私の贖罪であり、彼の本当の最後のお願いだった。

ねえ、もし私が貴方と同じところにいけたなら、たくさんの土産話を聞かせてあげるからね。だから代わりに、沢山抱き締めて欲しいな。

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人生で1番美しい時に死ぬ病 論より硝子 @ronyorisyouko

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