今日、うちに誰も居ないんだ…。ねぇ、来てくれないかな?

@nishikida00

今日、うちに誰も居ないんだ…。ねぇ、来てくれないかな?

「今日、うちに誰も居ないんだ…。ねぇ、来てくれないかな?」


先輩の言葉に、俺はドキリとし、背中に汗を流した。


同じ高校を卒業し、大学では同じ学部の先輩。

同じゼミかつ同じサークルと何かと接点は多い。まあ先輩はサークルでは幽霊部員だが。



ありがたい事に接点の多い先輩は大学のマドンナだ。

成績優秀者として学費の一部免除と受講コマ数の制限撤廃という報酬を手にする程の学力を持ちながら図書館で日々努力する姿が目撃される努力家。


主張がはっきりとしたスタイルの持ち主で、時にはハイブランドを纏った大人の魅力を漂わせたり、時にはカジュアルな洋服を着こなし大学生らしいオシャレをしたりしている。

女性は憧れを男性は目で追い、整った顔立ちには、皆が見惚れてしまうのだった。


そんな先輩は、話しかけると気さくで、聞き上手なのかトークが弾んでしまい、いつしかみんなが虜になる。


もはや役満。いやトリプル役満の様な高い役である先輩を多くの男子が放っておく訳がなかった。

特攻し撃沈する男子は数しれず、俺が入学してからの二年間だけでも撃墜王ばりのスコアとなった。まさにエースオブエースなのだ。

それでいてフラれた腹いせや妬みなどから悪評が立たないのは、先輩の『暖かい人となり』によるものなのかもしれない。


その他にも、実は旧財閥の娘とか昔は華族だったとか真偽不明なモノや女優だとかVTuberの関係者であるなどの噂もながれているし、教授はもちろん守衛さんすら先輩に恋してるとか様々なエピソードを上げればキリがない。


だが、容姿・人柄・学力・経済力など様々な観点から超ハイスペックな女性であるということに間違いはなく、慶法大学の綱島理央と言えば学内ではそれはそれは有名な人物だ。


そんな先輩が、

俺を誘う。


大学からすぐそこの高層マンションにだ。

『あのマンションは俺が攻略する!マンションアタックだ!』とか『なぜ目指すかって?そこに綱島理央が居るからだ!』などまるで冒険家の様な迷言を残し散っていた男どもが目指した、目の前にありながら届かない桃源郷に俺は誘われているのだ。


俺はゴクリと唾を飲む。


先輩からの誘いだ。


誰も家には居ない…。


明日は1限から必修科目だが、今日の夜は長いかもしれない。


もう一度、ゴクリと喉をならた。


決断せよ。

今こそ、漢を見せる時だ!


「わかりました。お邪魔します」


俺は手を差し出す。


「邪魔なんかじゃないよ」


先輩は俺の手を優しく包むのだった。





日付が変わる頃ーー


丁寧にそして大胆に手を動かして俺たちは高めあっていく。


「ソコが気になるわ…うん。そう。それがいい」


「先輩1人で処理するのは大変でしょ?手をつけますね」


「あぁ、そんなおちるなんて言わないで。恥ずかしいから」


「先輩も強情ですね。早くこうしておけばよかったのに」


夜はふける。そして、二人の活動は日の出まで続くのだった。




ピコンと音が鳴った。

『Rio先生

原稿確認しました。

お疲れ様でした。

田中』

そのメッセージに俺と先輩は自然とハイタッチするのだった。


「いや〜今回は落としたと思ったわ。単行本作業優先していたら、風邪とぎっくり腰でアシさん3人とも来れないなんて」

先輩は冷蔵庫から取り出したビールのプルタブを起こしながらピンチだったと言う。

「もっと早く相談してよ。徹夜で後6枚って無理矢理すぎる」

俺は差し出されたビールを『1限がある』と断りながら答えた。

「行けるかなって思っていたんだけど、展開を少し変えたのが痛かったわ」

「痛いのはディスプレイに向き合い続けた目ですよ。全く」

悪態を付きながらも、姉弟子のピンチを救わなければ師匠から鉄拳制裁されるだろうし、先輩漫画家の作業に関われるのは純粋に良い刺激になった。

「今度はそっちを手伝うよ〜。単行本作業は全部上がったから今月は余裕あるし」

「今は連載ストックに余裕あるので大丈夫ですよ。どちらかと言えばゼミの課題のが大変だからそっちを教えて欲しい」

そう言って俺は時計を見る。

「やばっ!谷山の憲法始まっちゃう!お邪魔しました」

俺はカバンを抱え、先輩漫画家の自宅兼仕事部屋を後にするのだった。







♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪





閉まりかけの扉の先にある背中に「気を付けて」と私が言うと、手だけ上げて彼は応え大学へ向かっていった。

私は新妻感に嬉しくなりながら、少しだけ過去を振り返る。


彼は私の師匠の息子で、私から見ると弟弟子にあたる。

そして、私と同じく現役大学生漫画家だ。


彼との出会いは私が高校生の頃だった。


高校一年生の頃、漫画賞で大賞には届かなかったけれど「アシスタントとして学んでみない?」と編集の田中さんに誘われた。

私は漫画家への道が開かれたと思い、嬉しさから飛びついた。


しかし、有名漫画家である師匠の発想力や技術は、当たり前だが私とはレベルが何段も違くて、同じアシスタントの先輩達も私よりみんなずっと上手かった。

自分の今までを全否定されているようで、厳しい現実から逃げ出したくなった。


そして、いつしか、アシスタントだけでなく漫画家という夢さえやめたくなっていた。



そんな時だった。


彼に出会ったのは。


アシスタントの同僚になった1歳違いの彼。 師匠の息子と聞いて、「恵まれていてズルい!」とさえ最初は思った。

そんな彼の指導担当には私が就くことになった。


歳下に私は負けたくなかった。見栄を張りたかった。


それと同時に、彼が偉大な親の影という私とは違う苦しみを抱いていると知ってしまった。


だから私は雑念を振り払った。

一緒に戦うんだと。


そう思ってからは、悩んでウジウジなんてしていられなかった。


取り組みが変われば見える世界も変わる。

師匠や先輩は知識や技術だけでなく、業界で戦うという事に対して様々な気付きや向上のチャンスを私に与えてくれていた事に私はやっと気が付いた。

そう。私が勝手に落ち込んで無視していたのだと気がついたのだ。


私は悲劇のヒロインではなく、業界で生きる覚悟の足りない『ただの人』だと認識してからは自分でいうのもおかしいかもしれないが、本当に努力をした。

そして、メキメキと私は力をつけていった。


共に戦う弟弟子も成長し、私が教える相手のレベルが上がった。

そうなると教える側もそれ以上のレベルアップが必要だったからか相乗効果でどんどん技術も向上していくのだった。

そして、遂に私は、高校3年の秋に新人賞を獲得し、運良く連載の枠まで手にできた。

今では、アニメ化もなされた人気漫画家として扱われており、あの辛い日に『後輩の男の子』に出逢わなければ私はここにいないだろう。


ビールを飲み干し、もう一缶冷蔵庫から取り出した時、スマホが鳴った。


「どうしたんですか?師匠」


『いや。ピンチだって田中くんに聞いていたんだけど、何とか間に合ったみたいじゃないか』


「はい。弟弟子をこき使っちゃいましたが」


『全く。あのバカを使うのは構わんが、ちゃんと向き合えよ。お前と違ってあいつは考え無しだからな』


「それは…」


『お前は考えすぎて勝手に落ち込んだり、凹んで、「なんでわかってくれないの〜」ってウジウジするメンヘラだがな』


「っなっ!」


『一方あいつは理想を追う童貞で、師弟関係を神聖視しすぎるきらいがある。このままだと女としてみてはいけないと無意識的に避けられる可能性すらあるぞ。

少し売れてきたし女に粉かけられるかもな。師匠としても母としてお前たち二人は心配だよ』


「うぅ〜」


『深夜に連れ込んだんだ。もう既成事実作っちゃえよ。息子の息子をもらってやれ。赤飯炊いてやるぞ?』


「師匠のばか!アホ!下ネタ変態!最近下っ腹出てる!」


『最後のは関係ないだろ!まあ…なんだ。あんまり気長にやりすぎるとお前は拗らせるから。どうせ新婚気分とか思ってたんだろ?もう素直に言えって話だ』


「うぅ…師匠は見てきたみたいに話しますね…」


『なんてったってお師匠様だからな。まあ、フラれたらそれをネタに短編描いてやるがな!』


「もう!師匠なんて嫌い!」


私の叫びと師匠の笑い声が響いた仕事部屋で私は決意する。


今度は弟弟子としてではなく、彼氏として招待しようと。

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