最終話 このすばらしい愛について

 お父さんの生首は、ろくに防腐処理もしてなかったので、一週間くらいで肉が削げ落ちてしまった。だから、結局わたしはカバンに頭蓋骨を二つつけている。お父さんの後頭部には少し陥没したようなひび割れがあるのでか見分けがついて丁度いい。

 あの憎らしかった最初の頭蓋骨も、アートとしてみると、今ではちょっとかわいく思えてくるから不思議だ。二つの頭蓋骨がぶつかって鳴らす乾いた音や、ざらついた手触りも、今ではわたしのお気に入りだ。まだまだ生首は流行っているけど、頭蓋骨について、誰に何を言われようと、それについて思い悩むことはなくなった。あれだけ辛かった気持ちが、嘘のようだ。こころというものは、何と結びつくかで、大きく変わる。

 ただ、生活はひとつだけ、おおきく変わったことがあった。お父さんが頭蓋骨になって、我が家はお父さんを失ってしまった。それでお母さんは、「新しいお父さんもすぐに見つけるからね」と言ってくれていたのだが、その言葉どおりに次の日曜日には、あたらしいお父さんを連れてきてしまった。そして、その連れてきたお父さんというのが、武明君だった。

「そういうことだから」という武明君は照れくさそうで、緊張しているようで、でも少し嬉しそうだったりする。

 驚きすぎると、言葉がしゃべれなくなるというのは本当の話だと思う。わたしはポカンと口を開けたまま、しばらくかたまっていたようだ。でも、しょうがないよね。新しいお父さんが中学生、しかも同級生で、しかもわたしの好きな男の子だったんだから。

 いつからそんな関係だったの? と聞くと、照れて二人で顔を見合わせたりして、どちらから言うのかタイミングをはかったあげく、初めて会ったときから、とか声が合わさってキャーキャー言ってる二人は、もう初めて会ったのって幼稚園くらいだろ、といつっこむのもめんどくさい、はいはい幸せにね、しか言いようが無い完全なカップルで、何だかもう、何だかもうだ。

 でもまあ、わたしも青春真っ盛りのサーティーンなので、実は、まだあきらめてはいなかったりもする。

 お母さんを好きになるのなら、その遺伝子を持っているわたしのことも好きになるかも知れない。熟女好きとかそういうのは知らないけれど、お母さんはまだ30代で若いので、そういうわけでもないだろう。そして、若さのアドバンテージはわたしにある。

 結局、その日、お母さんと武明君とわたしの三人でご飯を食べながら思ったのは、わたしは、これから頑張らなくちゃなってことで、わたしには、まだまだ頑張れる余地があるっていう前向きなことだ。わたしは、それがとてもうれしい。


 わたしは、頭に入るように改造したお父さんの頭蓋骨をすっぽりかぶり、ベッドに入る。そろそろ腐臭もとれて、安眠マスクの用途に足りるようになってきた。

 まだ武明君は13歳なので、結婚はできないけど、明日から一緒に暮らす。武明君の両親も反対とかしてないみたいで、変な親だなと思ったけど、うちの親だって、結構変だ。もしかしたら、どこの家庭も、どこか変なのかも知れない。とにかく、明日から、わたしは、好きな男の子と一つ屋根の下で暮らすのだ。まるでドラマみたいにドラマチック。「お父さんは同級生」って感じかな。なんだか、昔のドラマって感じ。


 わたしは目をつぶり、お父さんの頭蓋骨の中の、わたしの頭蓋骨の中で、夢を見る。

 夢の中で、わたしは武明君と手をつないで向かい合ってる。

 お互い、もう片方の手で、相手のほほに手をあてる。

 ほほから肌をすべらしながら、少しずつ手を下に下ろしていき、首と肩の付け根の所で、わたしは手刀で、武明君を切断する。切断した武明君の生首は、宙を回転しながら優しい笑顔で、「愛してるよ、真菜」と言った。わたしが武明君の生首をうけとると、みるみるうちに武明君の肉がそげ落ちて、頭蓋骨が現われる。

 わたしが両親の愛を頭蓋骨を開けて見つけたように、わたしがお父さんの頭蓋骨をかぶると安心できるように、全ての人の頭蓋骨には愛がつまっている。けれど、それは堅い骨に守られていて、外からは見えないんだろう。でも、愛は、案外簡単に外に出てくることだってある。頭蓋骨にはその為の穴がたくさん開いている。そして、その穴は愛を取り入れる為のものでもあるんだろうから。

 夢の中の、頭蓋骨の中のわたしは、武明君の頭蓋骨を頭にかぶり、その内側から、武明君にキスをする。

 そして、大きな声で言う。

「みんな、みんな愛してる」

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すばらしい愛の入れもの 朝飯抜太郎 @sabimura

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