第5話 世界の終わりと始まり

 武明君はわたしのとなりにすわり、わたしが泣き止むのを無言で待っていてくれた。

 さっきまでの、世界が終わったかのような悲しみは消えている。わたしはしゃくりあげながら、たいていの、人が原因の世界の終わりの感覚というのは、人に会うことで和らぐのだと知った。

「大丈夫か」

 武明くんはほんとうにやさしい。

「だい、じょじょう、ぶ」

 わたしがどうして欲しいかわからなくても、わたしがどうして欲しいのか知ろうとしてくれていることがわかる。それがうれしい。

「尾宮、頭蓋骨かしてみ」

 わたしは、うなずいて、言われるがままに頭蓋骨を武明君にわたす。

 武明君は、頭蓋骨を手に取ると、頭頂部をつかみ、手首でまわした。しゅるしゅると頭蓋がまわり、やがて頭頂部が外れた。

 おどろく私をよそに、武明君は頭蓋骨に手を入れ、中から小さな頭蓋骨を取り出した。それをわたしに渡して言う。

「これはさ、『親子』っていうタイトルらしい」

 それから、わたしはだまって武明君の話を聞く。

「保根音哉って造形芸術家がいる。そいつは本物の骨を使って作品を創る。昔、生首が流行るちょっと前から売れ出したんだけど、人気も絶頂ってところで、作品を出すのをやめた。それからは、テレビにも出ないし、雑誌にも出ない。十分金は稼いだみたいだから、どこかで悠々自適に暮らしていても不思議じゃない。でも、都市伝説みたいな話なんだけど、保根はまだ日本にいて、たまに骨で作品を創って近くにいる誰かにあげるんだそうだ。友達の結婚祝いでアバラ骨のかたびらを贈ったり、近所の子供に喉骨でフルート作ってやったり、飲み屋で知り合った酔っぱらいに恥骨のアイマスクをあげたりな。この頭蓋骨もそうやって作られたんだそうだ。マトリョーシカみたいに頭蓋骨の中に頭蓋骨が入っている、頭蓋骨の親子」

 武明君はわたしに親の頭蓋骨もわたした。

 わたしは、あらためて頭蓋骨をみたが、わたしにはそんなすごい人がつくったようには見えない。

「でも、そんなもの、どうやってお父さんは手に入れたんだろう」

「『苦労』して、手に入れたんだよ」

 武明君はそう言ってわたしの目をまっすぐに見た。

 わたしは反射的に目をそらした。

 頭蓋骨が目の前にある。

 白くひび割れた表面に、保根音哉を探して、必死に頭を下げるお父さんが映っているような気がした。

「まちがいなく、おまえの親は、おまえのことを愛しているよ」

 わたしはまた泣く。

 武明君はすごい。愛しているなんて、言葉に出せる。

 わたしは、そんな言葉、いちどもお父さんとお母さんに言ったことない。

 わたしは伝えなくちゃと思った。いますぐ、帰らなくちゃいけない。

 お母さん、ごめんなさい。お父さん、頭蓋骨をありがとう。

 涙が止まらない。武明君は、何も言わず、泣き止むのを待ってくれていた。


 雨が止むのを待ってたら、ずいぶん遅くなってしまった。

 でも、武明君が携帯電話で家に連絡してくれていたみたいで、家では、お母さんが待っていた。

 お母さんはわたしを抱きしめてくれて、わたしはまた泣きながら、あやまった。

 武明君は家までわたしを送った後、一人でまた帰って行った。

「じゃあ、また、明日な」

「うん」

 彼女のことは聞きそびれたけれど、武明君が選んだ彼女なんだから、ちゃんとした人だろう。

 彼女がいても、武明君は、わたしのことを気にかけてくれて、助けてくれた。わたしは、武明君につりあうような友達になろう。わたしは、わたしのことをやるんだ。

 ダイニングでおかあさんと二人、暖かいお茶を飲みながら、わたしのこころは完全に回復していた。

「お母さん、お父さんにも謝りたい。お父さんはまだ帰ってないの?」

 そう言うと、お母さんは優しく笑って言った。

「お父さんも真菜に謝りたいって言ってたわ。真菜に悲しい思いをさせたって」

「ううん。いいの、わたしが間違ってたの」

「それでね、お父さんと相談してね。お父さん、真菜のために、またがんばってくれたのよ」

 そして、お母さんは冷蔵庫から、お誕生ケーキにしては大きすぎる、白い箱を取り出した。

 わたしは、その箱の中身よりも、お父さんとお母さんの気持ちが嬉しくて、箱を受け取った手が震えた。

 傷だらけのダイニングテーブルに白い箱を置き、お母さんと一緒に箱のふたをあけた。

 その中には、優しい笑顔に虚ろな目で、わたしを見上げる、お父さんの生首があった。

 わたしの目に涙があふれる。

 心配そうにわたしの顔をのぞくお母さんに、笑顔をかえす。

 わたしはお父さんを抱き上げて言う。

「お父さん、お母さん、愛してる」

 わたしもよ、とお母さんがわたしを抱き、わたしは今日何度目かの涙を流す。

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