第4話 トンネル
頭のなかが、ぐちゃぐちゃで、自分が何を、どうすればいいのかわからない。ただ、走るのをやめられない。ここからいなくなりたい。
京極への怒りと、生首を持っていない情けない自分と、頭蓋骨を持っていて虐められる自分への嫌悪、騒ぎを起こして日常からはずれてしまった恐怖、そして武明君の、わたしの知らない彼女への嫉妬、わたしを助けてくれた武明君に裏切られたように感じる気持ち。全部、全部嫌い。大っ嫌い。
わたしは、頭の中を整理するのをあきらめて、心も身体も、そのまま放り出した。放りだした体は、息が切れても走り続けて、わたしを家に連れ帰った。
「ただいま」
習慣的にチャイムを鳴らさずドアを開ける。お母さんはよく鍵をかけわすれる。今日もドアはそのまま開いた。
靴を脱いでから、リビングに続く廊下と、わたしの部屋に続く階段の前で、少し迷う。誰にも会いたくないけれど、お母さんには説明しなくちゃいけないような気がした。
そう思っているうちに、リビングのドアが開き、お母さんが現れた。
わたしを見て、ひどく驚いている。
「真菜? どうしたの? 今日って、昼までだった?」
「お母さん……」
お母さんの姿を見ると、全部打ち明けてしまいたい気持ちになった。お母さんならわかってくれるような気がする。ここにきて泣きそうになる。そうだ、わたしの心は泣きたがっている。わたしは泣きたい。
お母さんは、わたしが手に持っていた頭蓋骨に気付いた。
「これ、どうしたの、ひび割れてるじゃない。あと、これ血? 何があったの?」
わたしの気持ちが止まる。泣きたい気持ちが、しゅるしゅるとしぼんでいって、やがて、反転する。お母さんの言葉と態度に、ほんのすこしだけわたしを責めるような気持ちがあったように感じた。
真菜、お父さんにもらった頭蓋骨を壊したの?
「ちがう!」わたしは爆発した。
「何があったのじゃないわよ! 全部、全部、この頭蓋骨のせいじゃない! みんな生首持ってる中に、頭蓋骨なんて持ってったら、バカに……ううう……バカにされるに決まってるじゃない! なんでそんなことわかんないの!? お父さんもお母さんもおかしいよ! わたしのことが大事じゃないの? 頭蓋骨のことなんて心配して! もうこんな家、いたくない!」
そして、わたしは飛び出した。お母さんの顔も見ずに。
いつの間にか降り出した雨が降っていた。雨は、やがて風と雷を伴って、ますます強くなっていた。
10分後、近所の公園の大きな土管のような遊具の中で、雷の音と光におびえながら、わたしは、三角座りでうずくまって、頭蓋骨と向き合っている。横から吹き込んだ雨が、筒状になった土管の中に小さな川を作り、わたしのお尻と足の間、ちょうど折り曲げたひざの下くらいを流れている。土管の両端から、公園の外灯がぼんやりと光を運び、中は真っ暗ではない。
小学生の頃は、よくこの土管の中に入って遊んでいた。薄暗くて顔が良く見えなくて、声も響いていつもと違うように聞こえる。秘密の相談や、おもちゃの交換なんかをよくやったのを覚えている。
いつのまにか、わたしたちの体が大きくなり、土管が狭くなってしまった。
そういえば、もっと小さい頃は、武明くんともこの土管に入ったことがある。わたしは、その頃からなんとなく武明君が好きで、付いて回っていた気がする。ある日、泥んこになって、お母さんにしかられると泣きべそをかくわたしについて、家まで来てくれたことがあった。武明くんの正義感というか、優しさは、あの頃からあったのだ。
武明くんに会いたい、と思った。
もう学校にも、家にも帰れない。帰ったとしても、これまでと同じようにみんなと接する事はできない。どうすればいいのかわからない。
武明くんなら、どうすればいいか教えてくれるような気がする。
そのとき、強い光がわたしを照らした。それが懐中電灯の光だと気付き、同時に体がこわばる。警察、いや、もしかして、何か怖い人じゃ……。
わたしは反射的に逃げようとして立ち上がった。
「危ない!」
ゴン、という鈍い音がして、わたしは痛みに再びうずくまった。
「大丈夫かよ」
わたしが振り向くと、かっぱを着て、心配そうにわたしを見つめる武明君の姿があった。
私は泣いた。
武明君が、もういちど「大丈夫かよ」と言って笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます