第3話 事件
事件は4時間目の体育の後に起こった。
先に教室に帰ってきたわたしは、頭蓋骨がないことに気づいた。机の周りをすばやく調べ、しゃがんで床も調べたけど、頭蓋骨は見あたらない。
勝手に落ちて、転がっていった? そんなことある?!
「どうしたの?」
あわてる私に、佐緒里ちゃんが心配そうに聞く。
「ないの!」
わたしの声に余裕がない。嫌な不安が吹き出してきた。
いつの間にか教室にみんなが帰ってきていた。今日はそのまま、昼休みだ。めいめいが、席を移動させ、昼ごはんの準備を始めた。とりあえず、わたしもみんなにあわせるように席に着いた。
そして、みんながおべんとうを食べはじめたころに、教室の戸が開いた。
入ってきたのは担任の加山。常に下はジャージ、上はアロハの、クラスで三番目に空気を読まない男。加山は、大きな声で言った。
「おい! だれか、この頭蓋骨の持ち主知らんか? うちのクラスのじゃないか?」
嫌な予感は的中した。加山が右手に持ち高くかかげているのは、まぎれもなくわたしの頭蓋骨だ。
誰も何も答えない。加山はめんどくさそうに付け加えた。
「2階の踊り場に落ちてたそうだ。これも、あの流行のやつなのか? 頭蓋骨は始めてだな。誰かのじゃなかったら、警察呼ばんといかんからな。誰か、知らないか!」
誰も答えないので、加藤がため息をついて去ろうとしたとき、後ろから声があがった。
「あれ、尾宮のだよな」
わたしが振り向くと、にやにや笑う京極と目があった。
視線を前に戻すと、今度は、わたしを見る加山と目があった。
「尾宮。そうなのか」
わたしは、頭が真っ白になりながらも、「はい」と言って立ち上がった。そのまま、ふらふらと加山のところまで歩く。
加山はわたしをぐっと見たまま、頭蓋骨でわたしの頭を軽くこづいた。
「流行か知らんが、ちゃんと管理しろ。生首よりは、楽だろうが」
わたしはうつむいて、頭蓋骨をうけとった。加山は、雑用が片付いてせいせいしたという様子で、さっさと教室を出て行った。
わたしはうつむいたままのろのろと席に戻った。わたしが座ろうとしたとき、後ろから声がした。
「気を付けろよ」
怒りが、悲しさやら情けなさを炉にくべられたできた純粋な怒りが、突如私の中で燃え上がった。わたしは顔をあげると、席を通り過ぎて、京極のところまで歩いていった。
「京極」
「何だよ」
京極はニヤツキを崩さない。楽しんでいるかのようにふるまっている。こいつは、こいつは、ここまで嫌なヤツだったか。
わたしが、烈火の如きわたしの内面を、どうぶつけてやろうかと思案していたとき、
「なあ、尾宮。これ、やろうか」
そう言って京極は、机の横のカバンから取り出したものを机の上に置いた。
わたしは机の上のものを見て、息を呑む。
京極の机の弁当の横には、短髪のアスリート系イケメンの生首があった。
これを、何だって?
「これ、欲しいならやるよ」
は?
「俺の親父のとこで、生首扱ってるんだよ。訳有りで、売れないやつとかもらってくるんだ。訳有りっつっても、別に見た目じゃ、わからない。どうだ? 俺のお古だが、こんなのいつでも手に入る。どうしても欲しいんだったら、これ、やるよ?」
京極のニヤツキから、どす黒いものを感じた。それでも、わたしの中には迷いが生じていた。
自分の気持ちが揺れているのを感じる。わたしは口をしっかり閉じたまま、京極をにらみつける。
それしかできない。
わたしは、それでいいのか。
こんなヤツに頼んで生首を手に入れて、いいのか。
それでも、生首があれば。
わたしは。
そのとき、ビュッと風が起こったように感じた。そして、目の前から生首が消えた。
京極が悲鳴を上げる。
いつの間にか、そばに武明君が立っている。
「調子に乗んなよ」
京極は、武明君にすっとばされて床に転がった生首を、必死になって拾い上げた。真剣に生首の傷がないか確かめている。
こんなのいつでも手に入る、か。
わたしは、京極の誘いに乗らなかったことに安堵した。こいつは、なにかおかしかった。わたしを貶めることに、意地になっていた。わたしが京極に生首を頼めば、どんなことになっていたろう。
顔を真っ赤にした京極が生首をかかえて立ち上がった。目が血走っている。やばい。怖い。
わたしは男の子の本気の怒気にビビる。
「真田っ!」
「何だよ」
でも武明君は揺るがない。わたしは、男の子が大きな声を出しているだけで怖いのに。
「俺は知ってるんだからな!」京極が叫ぶ。
「おまえだって生首欲しいんだろ! こないだ、久御山に聞いてたの知ってるんだからな!」
久御山君は、いとこが生首職人で、一時期、女の子達が群がっていた。今思い出したが、京極自身も、そのとき彼に群がっていたんだった。
武明君は揺るがない、ように見えた。でも、
「あれは、人に頼まれたんだ」
「誰だよ? なあ。言ってみろよ」
「関係ねーだろ」
武明君の顔に苛立ちのようなものが見える。
京極が勝ち誇るように笑った。「俺は知ってるぜ」
「は?」
「おれ、見たんだよな。こないだ、偶然、歩いてるとこ。あれ、彼女だよなあ? 彼女に頼まれたのか? いいなあ、きれいな彼女がいて。うらやましいなあ。他に知ってるやついるかな。なあ、こいつの彼女って」
そこで京極の話はとまった。
わたしが、投げた頭蓋骨が、京極の顔面にめりこんだからだ。
頭蓋骨は跳ね返らずそのまま京極の体を転がるように落ちたが、床につく前に武明君がキャッチした。
京極は鼻血を出し、鼻を押さえるのと、血が机の上の弁当にかかるのを防ごうとして、手に持っていた生首を差し出したが、やっぱり生首が汚れるのも嫌で、パニクったあげくに、弁当をひっくり返した。ひっくり返したご飯と肉じゃがが、隣の早川さんの何万円もする服にかかって、また早川さんがパニックになり……という騒動を後ろで聞きながら、わたしはカバンと頭蓋骨を持って、教室を出た。佐緒里ちゃんの声が聞こえた気がしたが、わたしは何も聞こえなかったことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます