第2話 戦慄のクラスルーム

 結局、わたしは、頭蓋骨をカバンにつけて登校した。一晩泣いて、もう、どうにでもなれ、という心境だった。

 学校に行く途中で、佐緒里ちゃんと出会う。わたしのカバンについた大きな丸い物体を見て、佐緒里ちゃんは一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐにそれが生首でないことに気付き、かなしいような、申し訳なさそうな、そんな顔をした。いつも気をつかわせてごめんね。わたしは、やさしい佐緒里ちゃんに笑いかける。

「生首欲しいって言ったら、お父さんがこんなのくれたの。ははは、かっこわるいし、困った」

 佐緒里ちゃんは、微笑んで、そんなことないよ、と言ってくれた。

 こうなる前は、たぶんハンサムだった気がすると褒めてくれて、それからは昨日見たテレビ番組や今日の授業の話などをして、頭蓋骨にはふれずにいてくれた。

 わたしも笑顔に比例して重くなる足をひきずりながら、ついに学校に到着した。

 少し早い時間を選んだつもりだった。頭蓋骨を見る人は少ない方が良い。それでも、わたしが教室に入ったとき、クラスの空気が変わったのを感じた。

 ざわめきが、いっしゅんだけ止んだ。クラスの視線がわたしに、わたしの頭蓋骨に集中し、またすぐに不自然なほど逸らされていった。教室にざわめきが戻る。でも、その中に、あたらしい音が入っているように思える。

 わたしが席に着き、机の横にカバンをかけて、少しだけほっとしたとき、一本の矢のように、よく通る声がクラスに響いた。

「尾宮、なんでカバンに頭蓋骨付けてんの?」

 この声は、あいつだ。天然なのかわざとなのか(わたしは後者だと思う)、クラスで一番テストの点数が良く、空気が読めない男。

「うっわ、すげーな。これ、なんだよ。本物? あたらしいなー。生首とは違う新しい流行? さわっていい? おお、ザラザラしてる」

 京極がいつの間にかそこにいた。こいつの声は大きくてよく通る。教室に入ってきた人が、最初にわたしたちの方を見ていく。

「京極君」

 佐緒里ちゃんが見かねて注意してくれようとしている。ダメだよ。前に京極に泣かされたじゃない。大丈夫だよ。

 わたしは、昨日の晩から考えていたセリフを言おうと口を開く。

 本物だよ。いやーうち貧乏でさー。生首とか買えないんだけど、ダメもとで親に無理言ったのよ。そしたらお父さんが、よしまかせとけ、って自信満々で。あれ、なんか頼もしい……なんて、思ったら、これで、ぎゃふん。あー、死語なのかな。でも、こういうときだよね。ぎゃふん。初めて使っちゃったよー。あははは。

 ダメだ。もうくちびるがふるえている。今、ことばをしゃべったら、わたしは泣いてしまうだろう。じつはもう泣いているのかもしれない。顔が熱い。覚悟していたはずなのに、わたしは思ったより弱いんだ。

 言い返せない自分が情けなく、頭蓋骨を持っている自分が情けなく、生首を持っていない自分が情けない。情けなさのスパイラルがおしよせてくる。

「でもさー、尾宮。いくら、生首欲しくたって、やっぱりこれはないと思うよ」

 ニヤニヤと笑いをうかべる京極。

 言うな。それ以上喋るな。クラスの興味が、わたしと京極に集まっていく。

「だってこれ」

「うるせーよ。しょーもねーこと言ってんな。だまれよ」

 わたしの声ではない。もうひとつの声が、教室に響いた。京極が顔を強ばらせる。

 武明君だ。武明君は一番うしろの席に座ったまま、こっちを見ている。

 真田武明。クラスで二番目に空気を読まない。だが、武明君はいつでも嫌なヤツの敵だ。

「なんだよ、真田。マジんなんなって」

「だまれって」

「だから、冗談」

「だまれよ」

 こういうときの武明君は怖い。いつもは優しい感じなんだけど、武明君が怒ったときは有無を言わせない迫力がある。京極は何も言い返せない。


 中学生には、誰も助けられないのはわかっていて、声もあげられず、けれども誰か助けてと思うときがある。そんなときは、武明君はかならず手をさしのべてくれる。

 ああ、わたしは武明君が好きだ。

 緊張状態は、授業開始のチャイムで終わり、それから何もなかったように先生が来て、授業が始まった。いつもはゆううつな授業時間に、今日は救われている。

 わたしはぼんやりと黒板を見ながら考えた。

 今日はとにかく早く帰ろう。まだわたしは頭蓋骨について、自分で思うよりも、整理できてないんだ。帰って、お父さんとお母さんと話をしよう。

 休み時間、わたしを気づかって、いつもより、明るく話しかけてくれる佐緒里ちゃんにいやされながら、わたしは気持ちが戻ってくるのを感じる。

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