すばらしい愛の入れもの

朝飯抜太郎

第1話 女子中学生は生首が欲しい

 わたしの名前は尾宮真菜。平成の昭和の日生まれ。おうし座のAB型、お父さんとお母さんがいて、兄弟と恋人はいない。今年から中学に通っているふつうの女の子。

 五月はもうとっくに過ぎたけれど、学校に行くのが憂鬱ででしかたない。

 そのわけは、生首と頭蓋骨にある。


 今、わたしの通う学校では、カバンに生首をぶら下げるのがものすごく流行ってる。というか日本中で流行ってて、わたしの住む田舎の町でも、駅前の通りには、生首をカバンやスマホにつけた女子高生が歩いている。で、わたしが気付いたときには、クラスの女子で持ってないのはわたしだけになっていた。

 生首の流行は今のところ女子が中心だけど、男子でもちょっとオシャレ系の人はつけている。生首男子なんて言葉もネットで見た。用途もアクセサリから、スマホケースや、財布入れとか、どんどん広がっているみたい。


 この生首は、防腐処理完璧で、血の一滴も垂れないし、死化粧で生前よりきれいな顔をしてる。生首ってそれぞれ個性があるから自分のアイデンティティみたいになってるって、このまえ推しのアイドルが言っていて、ショックだった。生首をもっていないわたしはアイデンティティを持ってないことになる。アイデンティティクライシスってやつ? でもしんどいのはそんなことじゃない。

 同じクラスの美緒ちゃんは、某男性アイドルグループのひとりに似た生首を持っていて、同じメンバーに似た生首を持ってる女の子たちと仲良くしてるし、超大金持ちの早川さんは、どういうつてなのかしらないけど、このまえ急死した有名ロック歌手とその前の奥さんの本物の生首をつけて登校して、学校どころか街中で有名になってしまった。別に有名じゃなくても、佐緒里ちゃんの生首は優しそうな目をしたイケメンで、佐緒里ちゃんが授業中たまに生首を見てうっとりした顔をするのをわたしは知っている。

 今のところ、女の子達の話題のほとんどが生首関連で、学校では生首談義に花を咲かせ、休みの日には、生首つながりで男子達と遊びに行ったりしてる。

 早川さんみたいなお嬢様グループに無視されるのはいいけれど、佐緒里ちゃんみたいな仲のいいともだちの話に加われなかったり、変に気を使わせたりするのはとてもつらい。

 でもそれは、しょうがないんだとわかってもいる。

 生首は、そこらへんで売ってるわけじゃないし、なんとか生首を手に入れたとしても、防腐処理やストラップへの改造なんかを専門業者に頼むのに、またお金とコネがかかるらしい。うちの経済状態じゃ、どうやら無理みたい。ふつうの公立校なのに、うちのクラスの生首所持率の方がおかしいのだ。


 それでも、それでも、わたしは両親に駄々をこねた。それまでいい子だったのに、生首のことで、親とケンカする子どもになった。わたしの居場所が学校から消えていくような、そんな気持ちが消えてくれなくて、いつもは気にならない、ほんの些細な小言に対してわたしは過剰に反応し、お父さんとお母さんに思いのたけをぶつけたのだ。

 そして、何度目かのケンカのあった次の日、学校に行くのが嫌になって、仮病をつかって休んだ。そしたら、夕方からほんとうに熱がでて、わたしはそれから三日も寝込むことになった。頭痛と熱でもうろうとしながら、ばちが当ったんだとわたしは怖くなった。

 わたしの両親が、わたしが感じていた恐怖と同じようなものを感じたのか、わからない。すっかりおとなしくなったわたしに何かを感じたのかもしれない。だいぶ楽になった三日目の夜、めずらしく、お父さんがわたしにおみやげを持って帰ってきた。

 得意先にもらったと言って渡されたのは、誕生ケーキにしては大きすぎる、正方形の箱で、一目見て、わたしには生首だとわかった。あきらめていた気持ちがふっとんで、わたしの中の生首への期待が突然むくむくと大きくなった。

 わたしは、ニコニコ笑うお父さんとお母さんの顔を何度も確認しながら、心臓をドキドキさせて箱を開けた。

 中には、ちょっとこぶりの、白い頭蓋骨が入っていた。


 このときのわたしの落胆を想像して欲しい。

 例えば、長い坂を、自転車でブレーキなしで、風をきりながら下っているときに、横からにゅっと出てきた角材が、前輪のスポークに間に入ってきて、わたしと自転車は前輪を中心に盛大に回転して、わたしは、道路に叩きつけられる。急な坂道で、勢いのついていたわたしの体は、身体を何度も不自然に折り曲げながら回転し、顔面をアスファルトでずざざと削って、ようやく止まる。そんな落差。まあ、ちょっと、おおげさかもしれないけど。

 なにげない風をよそおいながら、わたしの反応を気にしているお父さんとお母さんに、わたしは精一杯の笑顔をつくり、ありがとうと言って、頭蓋骨を持って部屋に帰った。そしてベッドに倒れ込んで泣いた。

 

 こんなの学校に持っていけない。持って言ったらなんといわれるかわからない。

 白くて、乾いた肌は、生首が辛うじて持っている人間性を完全に削ぎ落してしまっていて、ただの穴でしかない目は感情を全く持たない。せめてキレイに揃っていて欲しかった歯はあちこちにむかって自由に伸びていて、いくつかは欠けてしまっている。佐緒里ちゃんの生首と比べることもできやしない!

 わたしは流行に乗り遅れ、そして決定的に乗り間違えた。

 この頭蓋骨を、こんなの生首じゃないと投げつけたら、お父さんは、お母さんはどんな顔をするだろう。

 それが昨日までのできごと。

 明日は頭蓋骨を持って登校しなくちゃならない。

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