第13話

僕はベッドの上にいる。


香ばしく鼻にまとわりつくような嫌な臭いがする。便臭だ。


誰かが僕のおむつを替え、お尻を洗ってくれる。


もう僕は足腰が弱り、自分で立ち上がることもできない。脚は浮腫んでいるようで重たい。寝返りも打てず、誰かが数時間おきに身体の向きを変えてくれるのを待つ。


妻が3年前に逝ってから、僕は一気に身体が弱ってしまった。もう僕は86歳だ。


誰かがナースコールのボタンを右手に握らせた。何かあったら呼べとのことだが、特に何も刺激もない寝たきりの生活で、これを押すことがあるのだろうか。


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とある夜、僕は激しい胸の痛みに襲われた。反射的にボタンを押し、すぐに誰かが僕の服を脱がしたり何かの装置を取り付けたりする。痛みが続き、僕は意識を失った。


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夢を見ている。夢の中では若い頃の妻や友人の笑顔が見られるし、笑い声も聴こえる。その代わり、現実に残っている感覚だけは夢で再現されないのだ。妻は僕に訊ねた。

「何してるの?早く夕飯を食べようよ」

「ああ、冷める前に食べなくちゃ、いただきます」

僕は答える。


そして、箸をとり、妻の得意料理のロールキャベツを口に運んだ瞬間、懐かしい出汁の香りと甘い野菜の味が、確かにした。

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5分の3・その後の2人 羊屋さん @manii642

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