懐かしきかな特等席



「あ。九曜くようくんだ。えっと……久しぶり。どうしたの?」


 久しぶりに顔を出した放課後の図書室では、みどりが前と変わらず図書委員の仕事をこなしていた。


 離れ小島になっている九曜の特等席も代わり映えなく空いており、九曜はもはや懐かしさすら覚えながらいつもの席に腰掛けた。

 仕事に余裕の出来たところで翠は九曜の元にやって来て、話を始めた。


「九曜くんとは、キャンプ以来だよね。……あの時はお世話になりました」

「こっちこそ。手間かけさせちまったよな」

「ううん。あれは魔法少女わたしの役目だから」


 キャンプ場では、魔法少女レリックブルーとしての翠に力を貸してもらったことを、お互いまだ覚えている。キャンプ場にあった魔王アークロードの残滓——とかいう物騒な代物を処理してもらったのだ。


 爆発物処理班のような扱いだが、被害者を生まないための大事な役割だ。これからも翠は時折こうして、影ながら魔法少女として力を使っていくのだろう。


 ……魔法少女というのが、いつまで魔法少女なのかは知らないが。


「ところで、今日は珍しいね、図書室に来るなんて。……最近は顔を出すことなんてほとんどなかったのに」


 少し拗ねた……ようにも見える顔をして、翠は九曜に尋ねた。


 九曜からすれば、さすがに恋の呪毒の効果も抜けてきたであろう時期に、あまり顔を見せるのも良くないかと距離を取っていたところはある。

 しかし、二人は元来友人——とまでは行かずとも、たまに言葉を交わすくらいの関係ではあったのだ。


 これだけ寄りつかずにいると、たとえ恋心などなくとも、多少の寂しさは覚えるものかもしれない。


「ここのところ慌ただしくてな。静かに自習する分には、やっぱり図書室もいいところなんだが」


「……都合のいい時だけ使われてるってことだね」

「言い方よ」

「えへへ。冗談」


 軽口一つ叩けるのなら大したもの。

 九曜と離れてどうなったかと思っていたが、存外心配の必要はなさそうだ。


「自習といえば……期末テストの成績上位が貼り出されてたけど、九曜くんの名前が無かったよね。ゆうちゃんも、見当たらなかったけど。……何かあったの?」


「何かあったというか、何もしなかったというか……」


 期末試験の最後の科目。

 九曜と夕は、二人で教室を抜けだし、一科目丸々サボってしまったのである。


 九曜からすれば、夕の能力を確かめるという大義名分はあったものの、そんなことは神聖なる学び舎からすれば知ったことではなく。


 結果として二人は、成績上位者どころか、近く補習を受けなければならない立場となっている。


「過ぎたことだし、気にしなくてもいいぞ」

「……何があったの?」


「いや、だから気にしなくて……」

「何があったの」


「話すと長くなるし……」

「じゃあ、ゆっくり聞くね。……待ってて。確認取ってくるから」


 なんという押しの強さか。

 見た目は以前の翠と変わらないものの、中身はずいぶんと変わったものだ。これも成長、ということだろうか。


 翠は暇そうにしている他の図書委員といくらか話をして、それから九曜の元に戻ると、隣の椅子に座った。


 こうなればもう、話は芋づる式に繋がっていく。

 結局九曜は、自身の能力から、人狼探しについて、恋の呪毒、夕が役能者やくのうしゃであったこと、さらには自分が翠と付き合った理由まで、洗いざらい白状することとなった。


「まさか一から十まで説明させられるとは……」


「九曜くんの隠しごと……ずっと何かあるとは思ってたけど。そういう事情だったんだね」


 話して良かったのかは怪しいが、翠の追求が厳しいのだからどうしようもない。誤魔化すことも出来ず、九曜はただ翠の望むままに情報を差し出すしかなかった。


「……そっか。それで九曜くんは三人同時に……。ふうん……」


「なあ、もういいだろ。もう全部話したっての。いい加減解放してくれー」


 九曜が白旗をあげたところで、翠がくすくすと笑った。


「別に責めるつもりはないんだよ。……なんか、ごめんね?」

「いや、俺はいいけどさ。本音を言えば、恋の呪毒の効果も切れてるだろうから、できればこのまま、何も無かったものとして過ごして欲しいと思ってたんだけど」


「…………。えと。……そ、それは×どうかな×。うん。よく×分かんない×けど」


「…………?」


 九曜が怪訝な顔をしたところで、翠が表情を取り繕った。


「えっと……そ、そんなことより。……九曜くん、わざわざ図書室に来たってことは、わたしに何か話があったんじゃないの? 会いに来てくれたんだよね?」


「ああ。忘れるとこだった」


 そうして九曜は、雪姫ゆきひめについて、最近友好を深めている翠に尋ねた。


 この際なので、誤魔化しは抜き。

 直球に、状況的には雪姫が人狼と思われること、しかし雪姫自身は人狼として九曜を狙っているわけではなさそうで妙なこと、を伝える。


 その上で、


「翠の目から見て、雪姫は人狼だと思うか? バンド仲間の二人とか、操られてそうだったりする? あるいは、自分も狙われたとか」


「うーん…………。少なくとも、わたしがキスをされそうになったことは無いと思うけど……」


 翠は長い前髪を揺らしながら、これまでの雪姫とのやりとりを思い返しているようだった。

 どうやら、すぐに思い当たるようなフシはなさそうだ。


「……雪姫ちゃん、あんまり喋らないからなあ……。口下手なわたしより口数が少ない……っていうか、なんだろ。……すごく、言葉を……そう。言葉を選んで、話してくれてる感じがするんだよね」


「ふむ?」


「ああしろ、こうしろ、とかは絶対言わないんだ。普段は静かに話を聞いてくれて、たまにそっと手助けしてくれる……みたいな。わたしみたいな鈍くさい子にも優しいから、人気あるのも分かる気がするな」


「……へー」


 九曜からすると、雪姫に寡黙な印象はあまり無い。だが周囲からすると、一貫して無口、というのが前からの雪姫に対する評だった。


 その印象はどうやら、雪姫の友人となった翠から見ても同じらしい。


「……あ。でも、口喧嘩は強いよ。たしか前にも言ったよね。図書委員してる時に、助けてもらったって」


 その話は聞いた覚えがある。

 クレーマー気質の上級生を、雪姫が追っ払った。翠と雪姫が仲良くなるきっかけでもあったと聞いている。


「本当に一言で、ぴしゃりと黙らせちゃったんだ。その先輩、けっこう厄介な性格してたと思うんだけど……すごいよね」


 一言。

 それは口喧嘩が強いで括っていいものなのだろうか。


 人狼の能力? いや、初対面の相手を黙らせる力が人狼にあるとも思えない。その上級生にキスをして魂を喰らったわけでもないだろうし。


「その話題出すと、雪姫ちゃんすごい嫌そうにするから、あんまり本人の前では言わないんだけどね。なんか……昔、失敗したことがあるとか、言ってたな」


「————! 失敗って、どんなやつだ?」


 思わず前のめりに聞く。が、翠の反応は鈍かった。


「え……っと。ごめんね、あんまり詳しくは……。とにかくそれから、あんまり人と喧嘩しないようにしてるんだって」


「そうか……何かの手がかりになりそうな予感がしたんだが」


 親しい間柄とはいえ、詳細は話さないか。

 だが、重要な情報には変わりない。


「な、なんか……ごめんね。あんまり役に立てなくて」


「いや、全然そんなことはない。鍵さえあれば、扉は開くからな。助かったよ」

「う、×うん×……×そうだね×……?」


 とりあえずの相槌を打っている翠をよそに、九曜は翠の話した内容をもう一度頭の中で整理していた。


 普段は無口。

 一言で黙らせる。

 過去にそれで失敗している。


 どれも重要になってくるのは、『言葉』だ。キスではない。


 そしてそれは同時に、もう一つの疑問を浮かび上がらせる。最後の扉を開く鍵も、おそらくはここにある。


「話してくれてありがとな、翠。あとは俺が雪姫と話をしてみるよ」

「……うん。頑張って。雪姫ちゃんもきっと……その方が嬉しいだろうから」


 ふぁいとー。と、小さく腕を上げて、翠は軽く笑った。


「あ。そうだ。九曜くん、せっかくだからこれ、どう?」


 そう言うと、翠は小さめの包みを九曜に手渡した。中にはよく焼けたクッキーがいくつか入っている。


 九曜はさっそく一つ摘まんで、口に運んだ。


「ん! 美味い」

「えへへ。よかった」


 ずいぶんと久しぶりな会話をする頃には、帰りのチャイムが鳴り始めていた。

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人狼ラブコメ wani @wani3104

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