白確二人目



「これで九曜くようの人狼探しも終わりかなー?」

「そうなりますかねー」


 放課後のオカルト研究部部室。

 こたつの中でイルイとゆうが、九曜を挟んで会話をしていた。


「それにしても、水族館でキスですか。お熱いですねー。妬けちゃいますねー」

「いやー、×お恥ずかしい×。あの時の九曜ってば素直なもんで」


「×そんなこと言って×、夕さんも押せ押せだったんじゃないですか」

「一線を越えたなって感じはあったよねー。もうキスに夢中すぎて、周りに人いたかどうかも気にしてなかったからねー」


「ええい、やめろこんな話ー!」


 自分ののろけ話を目の前でされる以上に恥ずかしいものはこの世にない。

 あの時の柔らかい唇の感触を思い出しながらも、九曜はどうにか二人の会話を中断させる。


「だいたい夕、お前なんでここにいるんだよ!」

「オカ研部員だからだけど?」


 完璧な言い分である。

 反論の余地が一片たりとも無い。


 そもそもイルイと二人の部活というわけでもないオカルト研究部の部室で、人狼についての話をしようというのが間違っていたのかもしれない。


 そりゃあタイムリープ中の夕が盗み聞きをすることがあっても、仕方ないというものである。


「…………それはともかく」

「逃げたな」


「……ともかく! 今日は黒鐘くろがねと、今後の相談をしようと思ってたんだよ」


「相談」

「……と、言いますと……?」


 首をかしげる二人を前に、九曜は言葉を続けた。


「もちろん、雪姫ゆきひめについてだよ」


 雨宮あまみや雪姫。九曜の血の繋がっていない妹であり、恋人の一人。


 『魔法少女』百合川ゆりかわみどり。『胡蝶の夢』鷺沢さぎさわ夕。

 この二人が役能者やくのうしゃであることが判明し、恋の呪毒を解くキスまで終えた今、ただ一人残った、『恋する少女』である。


「ヒメちゃんについて……と言われても、普通に考えたら、消去法でヒメちゃんが人狼ってことになるんじゃないの?」


「はい。九曜さんに愛の告白をしたのはお三方。そのうちお二人は人狼じゃないことが確定しているわけですから、普通に考えるならそうなりますよね」


「いや、まあ、確かに、普通に考えたらそうなんだが……」


 どうにも歯切れの悪い九曜の、代わりとでもいうように、夕が私見を述べる。


「いくら人狼と言われてもまー、九曜にとっては昔からの家族だもんね。いきなり言われても複雑な気分になるのは分かるよー」


 そう言って、夕はイルイに言葉を向ける。


「人狼ってさ、見つかったらどうなるの? 人間側にも対応策があるんだよね?」


「そうですね。昔はそのまま処刑していたらしいんですが、非人道的だというクレームがありまして。今は人狼管理機関というところで、死ぬまで監視されながら過ごすことになります」


「それも十分、非人道的な気がするけど……」


 とはいえ、相手はキスしただけで人の魂を喰らう怪物だ。人類全体のためにも、厳しい対応で臨むのは当然というものだろう。


 人狼の今後を把握したところで、夕は改めて考え込む。


「うーん。でもそれなら確かに、ヒメちゃんを人狼として差し出しちゃうのは、気が引けるのも分かるなあ。家族を犠牲にすることになるんだもんね」


「いや、それもあるが、今回はそれ以前に……」


「……?」


 九曜は夕に、恋の呪毒について説明した。


 『人狼』を『恋する少女』に変える薬であること。薬の効果で三人が九曜に恋をしているであろうこと。そして、飲んだ人間は三度の満月が過ぎると、死を迎えるということ。


「夕は知らなかったのか? 恋の呪毒のこと」

「知らなかったけど……恋の呪毒、ねえ? それをわたしも飲んでたってこと?」


「ああ。三人ともそのせいで俺のことを好きになってたんだよ。そして、キスをすると呪いが解けて、死ぬ運命からも恋心からも逃れられる。

 そのために俺はこうして、今まで三人相手に四苦八苦してたってわけだ」


「………………ふーん?」


 説明は十分足りているはずだが、賢い夕にしては珍しく、どこか要領を得ないという顔をしている。


 ともあれ、恋の呪毒の期限はいよいよ間近。

 満月である十二月二十四日、クリスマスイブまでは、もう残り二週間ほどに迫ってきている。


「人狼であれ、役能者であれ、恋の呪毒を飲んでいるとすれば、三度目の満月で命を落とすことに変わりはありません。もしかして九曜さんは、これ以上雪姫さんを詮索しないつもりとか……?」


 尋ねてくるイルイに、九曜は少しばかり様子見しつつも答える。


「いや、むしろ、もう少し調べたい。なあ黒鐘、ちょっと例の人狼探しの鐘、鳴らしてもらえないか」


「え? は、×はあ×……構いませんけど……」


 九曜の頼みに従い、イルイは胸元から小さな鐘を取り出す。

 そしてその黒く小さな鐘を、一度だけ振った。


 ゴーン、と一回。

 そしてゴーン、ともう一回、追加で鐘の音が鳴り響いた。


「うるっさ!? 何それ!? 何の音これ!?」


 少し考え込んでいた夕が、鳴り響く轟音に大いに驚く。

 九曜の方も、軽く耳を塞いでいたものの、身体の芯まで響くような音が聞こえた。


「……黒鐘。回数はやっぱり——」


「二回。一回目と、人狼の数を報せる二回目で、二回ですね。九曜さんと最初に話した時と変わりないです」


 そう言って、イルイは尋ねる。


「……もしかして九曜さん、人狼がいなくなってるの期待してました?」


「…………。それもある」


 九曜はまた少し、イルイの様子を確認しながら言った。

 それはともかく。


 つまるところ、九曜の予想というのは——


「雪姫は人狼じゃない。……んじゃないかと、俺は疑ってる。少なくとも、人狼として俺の魂を喰おうとしてるわけじゃないと思う。でなけりゃ————」


 そうでなければ、こちらからキスしようとした時に、拒む必要がない。

 あれは恋人の——そして兄の、突然の行動に困惑しただけの素直な反応に見えた。


 いや、あるいは、それ以上に何か意味があったようにも思える。


 それは例えば、


「むしろあいつの方こそ、俺のことを人狼だと疑ってるのかもしれない」


「え」

「ええ……? なんでそんなことに……?」


「その理由を、俺は確かめたいんだ」


 そう言って、九曜はこたつの上で両手を握った。

 雪姫が——妹が、恋人が抱えている暗闇を、確かめたい。


 確かめるまでは、まだ終われない。


 残された時間で、雪姫のことをもっと知らなくては。


 九曜の決意に、イルイは半ば呆れて。夕はくすくすと笑った。


「でも、それなら思った以上に余裕はないかもしんないよ。なにしろヒメちゃんのバンド、クリスマスライブに向けてこれから大忙しだから」


「クリスマス……ライブ?」


「おおう……知らんかったんかい。九曜は本当にヒメちゃんのバンド事情に疎いね。ダメだよそんなんじゃ。お兄ちゃんとしても、恋人としても」


 夕の指摘はごもっとも。


 そうして残りの二週間。

 九曜と恋する少女たちの、最後の探り合いが始まった。

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