六冊目 愛しい名前-11
*
「やーなぎ! 紅茶じゃ」
「ちょっと待ってください。この前買った茶葉がなかなか難しくて、思ったような味にならないんですよ」
「むぅ、また新しいやつを買ったのか。お菓子は何があるのじゃ」
店内の椅子に座ったまま、桜子は柳に問いかける。今日の着物は、深い赤に薄紫の花が裾と袖に咲いているものだ。着物の柄に合わせた紫色の花が咲くバレッタが髪を飾っている。
「大福とみたらし団子ですね」
「ずいぶんと渋いな」
「沙希さんにおすすめの店を紹介していただいたので、買ってみました」
やっと納得のいく紅茶が出来て、ティーカップを二つ手にして柳は桜子の待つテーブルに持って行く。
「あいつ、和菓子が好みか。確かにそれっぽいのう」
「どっちにしますか?」
「ふむ、みたらしじゃ!」
桜子は人差し指をビシッと柳に突き立てて、にやりと笑った。紅茶の香りから、みたらし団子が合うと判断したのだろう。それは、柳の意図を把握したということで、柳も嬉しくなり、にっこりと頷いた。
「はい、分かりました」
一度キッチンへ行き、平らな皿にみたらし団子を乗せて、戻ってきた。
「この紅茶、和菓子に合うとあったので買ってみたんですが、適切な蒸らし時間や温度が少し違うみたいで。いつもの癖でやっていたら微妙な味わいになってしまいました」
「これは、成功したものなのじゃな?」
「はい、大成功です。みたらし団子と合わせてどうぞ」
柳は、自信作、と桜子に早く飲むように勧める。桜子は期待を膨らませながら、ティーカップに口をつける。すぐに桜子は、無言で親指を立てて、賞賛を送ってくれた。上出来だ。
そして二人は、同時にみたらし団子を頬張った。砂糖醤油の独特の甘味が口の中に広がり、自然と口元に笑みが浮かぶ。この店のは甘めの味付けで、桜子の好みだった。
「美味しいのう、これ」
「はい。確か、餡子もあったので、今度買ってきますね」
「良いのう!」
ふいに、物書き屋の戸が来客の存在を知らせた。柳は、紅茶でみたらし団子の甘さを調和させると、すっと立ち上がった。
胸ポケットに入った万年筆に手を当てながら、優雅な笑みを浮かべて客を出迎えた。
「ようこそ、物書き屋へ」
(了)
物書き屋~つくもがみものがたり~ 鈴木しぐれ @sigure_2_5
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