第11話

「でも、いいんじゃないの?今は、卒婚、事実婚、別居婚、週末婚等々いろんな形があるわ。でも、実際調べていくと、例えば、分かりやすい例でいくと別居婚や週末婚。お互いが干渉せず会いたい時に会えるし、愛し合うこともできる。ストレスがなくていいという話だけど、大きなウイークポイントがある」

 まるで結婚の形についてのセミナーのようだった。恭二は、ただ目を丸くして聞くばかりだった。妻によると、別居婚、週末婚の最大の悩みは、生活費、住居費が単純に二倍かかるということだ。事実婚のそれは税制上の恩恵がない。卒婚の場合、デメリットとまでいかないまでも、収入の多い方が相手を支え続けるという事実があると言う。

「じゃあ、不倫ではないという現実を確認できれば、僕たちの今の形が理想と言うわけ?」

「そう、思わない?だって、いろんな夫婦の形を考えても、どの形の夫婦の弱点もクリヤーしているわよ。おまけにあなたは、性欲を満たすこともできる。こんないい夫婦ってないんじゃない?」

 妻は、あっさりと言ってしまったが、現実として周囲が受け入れるのは、簡単ではなさそうだった。まして、この田舎ではさらに、無理に近い。

「私は、兄ちゃんと姉さんがそれでいいなら、何も言うことはないよ」

 諒子は、大きなおなかを恭二の腹に当てながら、首に抱きついてきた。恭二は、同居の二人がそう言うならと、腹をくくるしかなかった。

 数日後。案の定噂は広がり、恭二とあいさつを交わす近所の人たちが、明らかに軽蔑のまなざしで彼を見るようになっていた。困り果てた恭二だが、もう後戻りはできない。仕事に行くのも嫌になっていて、うんざりしていた。

 しかし、妻の行動を目の当たりにして、度肝を抜かれた。あろうことか、妻はSNSで最近の様子をアップし、拡散させ、フォロワーを集めていた。その表題も『いかがですか、シェア婚』であった。

「私は、まさにこれだと思ったの。結婚と言う形にとらわれないで、自由な恋愛を楽しむと同時に、出産、子育て、そして老後。生活のすべてが安定している。そう、すべてをシェアするの。特に、男性の方が子育てを一回経験していると、初婚の女性の初産でも、安心じゃない!あなたなんかぴったりよ」

 満面の笑みを浮かべて言われると、何だか褒められたような気がするが、果たしてどうなのか。女性の立場からすれば、すべてが保険付きのような結婚でいいかもしれない。ただ、どうしても大切なのは、愛情である。尊敬と愛情。互いが相手に対してこの二つを持っていないと、この形は成立しない。恭二夫婦の場合は、たまたま恭二が二人の女性ともに大好き。尊敬もしている。さらに、女性二人も一人の男性を争うのではない。お互い望むところが違っていたので成立したまでだ。

 ところが、その反響の大きさに恭二が驚いた。妻のフォロワーはあっという間に、数万人から数十万人に増え、いろんな団体から講演等の話も舞い込むようになってきた。恭二はただ単に数字に驚いたが、その数字のわけを考えた時、自分も含めた男性の存在の重要性を疑うようになっていった。今、自分にかかわりのある二人の女性は、子どもが生まれても互いに協力して生活していけるはずだ。もちろん、恭二の存在は『いてくれれば助かる』程度には評価はもらえるだろう。

 しかし、恭二は妻の行動を見せてもらって、さらに血の気を失うことになる。

 あまりの反響に驚いた恭二は、妻に謳い文句を見せてもらった。恭二は、その文言におそるおそる目を通していった。

『あなたはまだまだ、女です!カミさん、家内、奥さん、ではない。女なのです。旅行、ランチ、ディナーそして恋。あなたは、自由です!そして、老後も余裕。家で怠惰な夫を死ぬまで役立てましょう。こんな結婚の形があるのです……。

 そのためには、こんな条件を設定すれば、この結婚は可能です。

 一、夫婦の形はそのまま 一、扶養は死ぬまで約束 一、ご主人よりも年下の女性に目を向けさせる 一、その女性に対して嫉妬ややきもちは厳禁 一、介護が必要になれば、その女性も協力させる 一、その女性も夫に扶養させる 一、子どもができたら必ず認知させる 一、愛はあるように振舞う、或いは持っていてもよい…… 

 ※ 万が一破局した時の対策も万全です。さあ、踏み出しましょう、新しい一歩を!』

 恭二は、身震いした。

”まさに、俺たちの関係だ。万が一の時って、美咲が言っていたあれは……” 

 恭二は以前、職場の同僚の女性数人と冗談で、赤ちゃんの話をしたことがあった。その時『旦那は要りません。子どもだけほしいです』と言う話を聞いたことがあって、その話と現在の自分の置かれた立場が、似た状況になりうるとおぼろげに感じていた。極端に考えれば、冷凍精子でも十分なのである。子どもさえできれば夫婦における男は、その後不要でもありうるのだ。女性を差し置いて男が勝手をできる時代は、とうに終焉を迎えている。自分も含めた男性は、そのことにいち早く気が付かなければいけない。

 仕事を辞めてしまった妻は、いよいよ新しい結婚の形を求めて、会社を起ち上げるという。恭二は、以前職場で聞いた話のような存在にならないですむよう、今後も二人を本気で愛し続けること。子どもの世話をすること。美咲のアシストをしっかりすること等を、震える心に再度強く誓った。そして、何か相談をする時の、順番を間違えないことも……。

 江戸時代、女性は家にいて家の中の仕事を中心に行い、夫を支えるように位置づけられた。そして三百年以上、男性より低い地位に甘んじてきた。平成から令和にかけて、女性の立場は大きく、急激に変容するのではないかという期待半分、男性が置き去りにされることのないように懇願半分で、今後生きていこうと恭二は思った。

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