郵便受け
買い出しから帰った後、僕の郵便受けにある一通の手紙が入っていた。
差出人不明、住所不明、私の名前不明……。
全てが不明だらけの封筒の桜色が蛍光灯に照らされてやけに生々しく僕の目に突き刺さる。
「なんだこれ、まさか僕へのラブレターか」
僕は、怖さよりその桜色から想像するもっとも単純な答えを導き出した。
きっと、恥ずかしがりやの彼女で僕の名前さえ書くのを躊躇したのだろう。
そうだ、そうに違いない。
そんな妄想を頭の中で繰り広げながら僕は嬉嬉とその封筒を家まで持ち帰った。
玄関に入り、すぐさま文房具ケースから鋏を取り出し封筒の端をトントンとそろえると一思いにジョキと鋏を入れた。
中を開くと、白い便せんでこのように書かれていた。
「あなたの孤独をいやします。」
とだけ。
いや、正確には、それと小さな文字でパソコンのメールアドレスが書かれていた。
何だこれ、今時パソコンのメールアドレスを書く人がいるだろうか。
でもとても美しく整えられた文字だった。女性らしさも感じさせる丸みを帯びた優しい文字。
きっと、このよくわからない手紙の差出人は、おばあさんだ。
そうだ、おばあさん……。
僕は謎に落胆し、肩を落とした。
桜色だからって、桜の妖精のような女の子が急に僕に告白してくるわけがない。
都合の良い妄想が頭の中で散り散りに破れていくのが分かった。
はあ、こんないたずらするやつ誰だよ。
僕は手に持っていた手紙を無造作に机の上にポンと置いた。
気を取り直して飯でも食うか。
たくさん買い込んだカップ麺の内、おもむろにシーフードを取ると、お湯を温め注ぐことにした。
そういえば、シーフードはなぜ、エビ、イカ、タコのラインナップなんだろうか。
寧ろ甲殻類あんど貝じゃないか。
シーフードと言って海の食べ物なら何でもよいと思わせてわかめとツナでもシーフードを名乗れるのだろうか。
このシーフードという名前に「それ以外は認めない」という傲慢さを僕は感じる。
それが嫌なんだ。
文句をぶつくさいいながら僕は、この麺をずるずるすするが、やはり先ほどの手紙が気になって仕方がない。
この封筒に名前を付けるなら思わせぶりな桜ってやつだな。
よし、これから、この差出人は、思わせぶり桜と呼ぼう。
この思わせぶり桜は、なぜ僕にこの手紙を送ったのだろうか。
桜だけに今の季節が春だから出会いが欲しかった?
いや、桜はそれだったら、おそらく出会い系アプリを使い、出会えばよいだけだ。
きっとこの思わせぶり桜は、僕に送る必要があったのではなかろうか。
そんなことを考えているうち、僕は思わせぶり桜に連絡を取ってみても良いかなと思い始めた。
これは答え合わせだ。
思わせぶり桜の正体を僕は知りたいだけだ。特に他意はない。
おばあさんだとして、まあ多少の暇つぶしになるだろう。
僕は、パソコンを開くとこうメールすることにした。
桜 様
こんにちは。
お手紙をいただきましたものです。
お名前がなかったので桜と呼ばせていただきます。
私はあなたを推測しました。
あなたは、孤独な老人いやおばあさんですよね。
それだけです。
どうせ失礼なことを書いても、こんなものを送ってくる相手も非常識な奴だろう。
僕はただ、時間の暇つぶしにメールを送り、そのまま放置した。
不思議と今日はため息のカウントがいつもより少なかったことはのちに気づく。
青い孤独 珊瑚水瀬 @sheme
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