スカートの中はノンフィクション

紫恋 咲

第1話  スカートの中はノンフィクション

表通りはクリスマス商戦でLEDが青く賑やかに輝いていた。

無宗教の人々が毎年同じクリスマスソングに浮かれている。


裏通りは薄暗い街灯の明かりが、カサコソと風に流される落ち葉を照らす。

見上げると濃い藍色を溢したような空は星も瞬かない。


今日俺は会社を辞めた。

この四年間、何一つ身にならなかった。

世間では俺の様なヤツを社畜と呼ぶらしい。

四年間急ぎ足で通ったこの裏通りを、今夜はゆっくりと駅へ向かって歩いている。

降り始めた雪は俺の心にポッカリと空いた穴に降り積りそうに感じた。


ふと前を見ると、コートの前をはだけて壁に寄りかかる女の子に目が止まる。

どうやら中身はJKのようだ。

彼女の微笑みは銃口のように鋭く俺に向けられる。

会社で今日のカロリーを全て使い切った俺は、視線を逸らして通り過ぎようと試みる。


「オ・ジ・サ・ン」JKは少しだけ首を傾げて長いまつげを俺に向けた。


「おじさん?…………」俺はため息に乗せてJKに返す。


「じゃあ…………お兄ちゃん」意識を完全にこちらへ向けてきた。


短めのボブカットにマフラーで顔を隠しているが幼さを感じた。

少しイラッとしたので、軽く反撃してみる。


「俺は憎まれっ子だから近寄らない方がいいぜ!」


彼女は何一つ動じる事もなく「従順な人はイタイから憎まれっ子の方が好き!」そう言い放った。

俺は不覚にも足を止めてしまう。


通り過ぎようとした男が邪魔になったのか、舌打ちをした。

その音が二人を関係付けてしまった。


JKはマフラーを少し下げて俺を見ると「世界中の不幸を独り占めしたような顔をしてるよ……」

そう言って口角を少し上げた。


返す言葉を思いつかないのではだけたコートを見て「寒くないのか?」聞く。


「これは私の戦闘服なの」そう言って中身を確認させた後、コートのボタンを一つ一つゆっくりと留めた。


少しだけ暖かそうになったJKは、白い息に包めるように言葉を放つ。


「お腹すいたし、寝るところがあればそれだけでいいの」


「だったらもう少しマシな人に声をかけなよ」


彼女は少しだけ遠くを見るような表情をするとポツリと言った。


「私、今夜一つだけ物語を拾いにきたの、だからお兄ちゃんを拾ってあげる」


「…………………………」眉を寄せてJKを見る。


「今夜一緒にいてあげる」そう言って俺の腕に絡みついてきた。


この四年間で言葉を吐くより飲み込む事に慣れた俺は返す言葉を思いつかない。


「この先にいいホテルがあるよ、食事もできるし」そう言って俺の腕を導くように引っ張って歩き出す。

俺は信念のカケラをポンと爪先で蹴って一緒に歩き始める。

会社で汚れていく自分に慣れていた俺は、思ったより抵抗を感じなかった。


やがて粗末なホテルの螺旋階段を二人で登り始め、ふと思う。

俺は今まで誰も興味をそそられない螺旋階段をひたすら登っていた様に感じる。


青いLEDの光もクリスマスソングも遠ざかって無くなった。


部屋に入って照明がつくと、ドアを閉めた風でホコリが舞いキラキラと輝く。

何となくどんな意味合いのホテルかを感じとる。

JKはそのホコリを払うように俺の心に張った蜘蛛の巣を勝手に払いのけた。


コートを脱いでベッドに座ったJKは、神に見捨てられた迷子のようにあどけない笑顔を見せる。

俺は彼女を少しだけ身近に感じた。


俺はこの突発的な状況に、何の策略も持っていない。


ベッドの上の貧しきJKはゆっくりと火遊びの準備を始めた。


「…………………………」俺はもはや言葉を忘れてしまった様に感じた。


しかし存在感を増したJKはこの沈黙でさえ愉しんでいるように思える。


俺は人を楽しませるボキャブラリーをほとんど持ち合わせていない。

何も言えず何もできない自分に呆れて、鼻の奥がツンとなった。


彼女はそんな俺を見透かすように声をかけてきた。


「ねえ、お兄ちゃんの心のアルバムにはキラキラした写真がある?」


どうやら俺の心を覗こうとしているようだ。


「そんな写真は…………無い…………」


「そう……………私と一緒だ…………」そう言って肩にもたれてきた。


俺の肩に母性という暖かさを伝えようとしている。


「ねえ、お兄ちゃんの心の中にはどんな言葉が書いてあるの?」

興味があるはずの無い事を聞いてくる。


「人の心の中に書いてある言葉なんて、大体ろくなもんじゃないぜ」

俺は心のドアを閉めようとした。


「そうだね、私もそう思うよ」それ以上入って来ようとはしなかった。


俺は冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出し、プシュっと開ける。


「あっ!私も飲みたい」そう言って上目遣いでみた。


「その戦闘服が本物なら、進められないな」


「さあ、どうでしょう」そう言って缶ビールに手を伸ばし、少し飲む。


「うっ、まずい」眉を寄せて唇をキュッと結んだ。


俺は戦闘服が本物だと感じた。



「今夜の事は二人だけの秘密だよ」そう言って微笑む。


「誰に対して秘密なんだよ」聞いてみる。


「世の中全ての幸せな人達」JKは無邪気に笑う。


俺はテーブルの上のメニューをJKに渡す。


「何か食べて寝なよ」


JKは少しだけ不思議そうな顔を見せた。


「ねえ、過ちを積み重ねるのが人生なんでしょう?」そう聞いて来る。


「そんな笑い話を本気でしてるのか?」俺は冷めた笑いを返す。


「どうせみんな砂つぶみたいな人生じゃん」そう言ってマフラーを放り投げるとシャワーを浴びに行った。


きっと彼女には全てを壊してしまいたいと思うような事があったんだろうと思う。

そして今の俺と何処か似ているように思えた。


俺はベッドに大の字になって天井をボーッと見る。





「メリークリスマス」独り言が漏れた。




シャワーから出てきた彼女は圧倒的な存在感を放っている。

日頃から遊んでいる女の子とは一線を画した表情だ。

そして胸に強い決意を忍ばせているようにも思えた。


俺は彼女に何か伝えたいと思った、しかし何も言葉が出てこない。


立ち上がり窓のカーテンを開けて水滴を手ではらい外の様子を見る。

雪が少し積もり始める。


彼女は寄り添ってくると、外を見て「みんな真っ白になっちゃえばいいのに」吐き捨てるように言った。



「いくら無茶をしても問題が解決しない事を分かってるんだろう?」


「わかってる…………でも今夜あなたを私の体で受け止めるわ」


「俺は……こんな俺でも、心で生きている、体では何も満たされない」


「あなたは人を非難しないと生きられない人達とは違う気がする……だから……」


「体を重ねれば満たされる事もあるのか?」


「わからない…………でもスカートの中にはあなたを生み出した世界があるわ」


「生まれた場所には決して帰れないぜ」


「そうね、でもあなたは私の子宮という宇宙に抱かれて天国にも地獄にもいけるわ、どちらに行くかはあなたが決めて」


そう言って俺に抱きついてきた。


キスは少しだけ敗北の味がする。


俺の体は少しずつ重力を失っていく。






翌朝彼女は「ねえ、名前は聞かないの?」そう言って口角を上げる。


「聞いても何一つ出来ることがない気がする……」


「もし昨夜赤い糸で結ばれたなら、またどこかできっと会えるね」

そう言って微笑むと、戦闘服をコートで隠したJKは人混みに消えて行った。



「メリークリスマス」俺は彼女に届かないエールを送った。

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スカートの中はノンフィクション 紫恋 咲 @siren_saki

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