第11話(最終話)
八月三十日・七日目
ニュー・デリー~
三時半まで眠れなかったのは覚えていたが、いつの間にか眠っていたようだ。ゴソゴソという音で目を覚ました。ジェームスが荷物をまとめて発つ準備をしていた。八時だった。目覚ましの音が聞こえなかったのか、彼が八時前に起きていたのか、とにかく私を起こさないようにしてくれたようだった。十二時過ぎに帰って来たが、眠れなかったことを話す。まだ興奮していた。
行くの?
行くよ。
別れる前に、アドレスを交換した。ここでさよならするよ、と言うと、ああ、と答える。
よい旅を。いつかどこかで。
ああ、また会おう、と言ってリュックを背負い、ジェームスは階段を降りて行った。
一人になって、一抹の寂しさを感じた。もう少し寝ようかとベッドに横たわったが、思い直して起き上がった。あと半日しかインドにいられないのだ。やり残したことがあった。友人にハガキを出したかった。ホテルでうだうだしていられない。持ち金が心もとないからまず銀行だ。空港までの車代と空港税に三百ルピー取られる。他に何か欲しい物が出て来るかもしれない。
荷物をまとめて九時にチェックアウトした。フロントの男に空港までの所要時間と料金を聞くと、四十五分、オートリクシャーで百ルピーということだった。呼んでやろうか?正規料金で乗って行けるぞ、と言うが、ノー、まだ早い。空港には、フライトの二時間前、三時四十五分に着いていればいいのだ。
とりあえずコンノート・プレイスに出ようと思った。まず絵ハガキを買う。初日に買った(買わされた)物はやはり気に入らない。書いて、郵便局から出す。クツミガキを頼む。昨夜歩き回って、牛糞だか泥だかでずいぶん汚れていた。このまま飛行機に乗るのは気が引ける。そして、筋肉痛だ。最初に会ったアンマーを探してみよう。そして、帰る前に、もう一つ位アクシデントが欲しい。コンノートに出れば、必ず誰かが寄って来て、何かが起こる、、、。
コンノートへ続く大通りを歩いていると、前からサイクルリクシャーがやって来る。
どこまで行く?
コンノートで一番近い銀行。
乗れ。
いくら?
十ルピー。
オーケー。
乗り込むと男は、サイクルリクシャーは、コンノートに乗り入れ出来ないんだ、と言った。そうなのだ。それがコンノートは車の通行量が多いから、という交通問題なのか、カーストなどの別の理由なのかは知らない。
分かってる。行けるとこまで行って、銀行の場所を教えてくれ。
分かった。
通りを挟んで、銀行が見えた。金を払い、降りて、車の通りが少なくなったのを見計らって渡る。
扉をくぐり、窓口に、両替えしたいんですけど、と言うと、出来ない、と言う。両替えを扱っていない小さい銀行だったのだ。中の男が、近くにある銀行を教えてくれる。通りのすぐ先の角を右に曲がるとあると言う。
看板を見ながら歩いていると、クツミガキ少年が、どこへ行く?と声を掛ける。銀行、と言うと、そこだよ、と看板を指さす。見ると、American Expressと書いてある。マスターカードのトラベラーズ・チェックだけど、使えるかな?と聞くと、そばにいたターバンを被り、髭を生やした男(シーク教徒を意味するトレードマークで、インドと言うとこのイメージだが、シークの宗教人口は、全体の二%しかいないらしい)が大丈夫だ、と言う。
入って列に並ぶ。ツーリストが十人程来ている。二十分位待って十ドル両替えした。外に出て、二人に礼を言おうと思ったが、もういなかった。
商店街を歩き、店先に並んでいる絵ハガキを見る。すべて極彩色のヒンズーの神様が描かれている。一枚三ルピーと表示してある。クリシュナはどこ?と聞くと店番の少年はそれを指さす。柄がおとなしかったので、ガネーシャとカーリーの二枚を買った。
公園の芝までの道を歩いていると、男が近寄って来る。
ハシシ(大麻)要らないか?
いくら?
三百ルピー。
どれ程の品質か知らないが、簡単に手に入るようだ。危ない危ない。ノー、と振り切ると、男は大声で叫んだ。二百ルピー!いきなり百も下がってしまった、、、。
通りを渡れば公園に着く。車が減るのを待って立ち止まる間、ゆっくりと周りを見回した。最初に歩いた時は恐ろしげに見えたコンノート・プレイスが、今はとても穏やかに見える、、、。
今、あのクツミガキの少年に問われても、笑って答えられる。「怖くないですよ」と。
公園内にあるコンクリ造りの建物の階段に座ってハガキを書こうとするやいなや、四人の男たちが寄って来た。アンマー少年二人、クツミガキ少年一人、もう一人は、自分はミミカキ・チャンピオンである、と名乗った。やろうと思っていたものがさっそく揃ってしまった。ミミカキは予定外だったが、ガイドブックでそういう人がいるというのは読んでいた。
どこから来た?学生か?などいつもの質問をされる。彼らにとってこの質問は、商売に引っ張り込むためのきっかけ作りなのだろうか?答え終わって、ミミカキはいくらだ?と聞くと、チャンピオンは自分の手帳を出して来てそこに書いてある日本人のコメントを見せる。五十ドルでしたが、決して高くないと思います、とか、十四ドルでもう最高!などと書いてある。
見るや否や、言った。五十ドル!千五百ルピーではないか、私の泊まっていたホテルは七十五ルピーだ。二十泊も出来るではないか、高すぎるよ。
値段に驚いたのは本当だが、なめるなよ、という牽制も含んでいる。それを聞くとチャンピオンは、ふむ、確かにこれは高い。彼はマハラジャだったのだ。お前はプーアル・スチューデントだから安くていいのだ、と言った。
アンマーの少年にも値段を聞いてみる。彼もまた二百とか三百とか提示した。
何分で?
十分。
高い、などと言い合った後、彼は十分五十ルピーと言った。最初に会ったアンマーの言っていた値段と同じだ。
二十分五十なら、やってもいい。
まとまったところで、芝生へ行ってやることになり、ぞろぞろ移動する。芝生にあぐらをかいて座ると、アンマー少年は後ろに回り、私の頭に手を掛けた。リラックスして、と言い、頭を左右にひねった。一回ずつ首が鳴った。次に腕を首の後ろに組ませ、体ごと締め付けた。背骨がボキボキと鳴る音が聞こえた。それが終わると、肩、腕を揉み始める。
あー、気持ちいい、などと思いつつも足元に置いた時計を見ることを忘れない。うっかり二十分過ぎてしまったら余計に請求されかねない。少年は、全身やろう、などと言って足など揉み始める。
ちょっと待った、それ料金に入ってるのか?
いや、別だ。
やっぱり、、、こら、やめなさい。
二十分のマッサージが終わって、五十ルピー払おうとすると、十分五十ルピーで、二十分やったから百ルピーだ、と言った。二十分五十って言っただろ、と言うと、違う、あなたは確かに十分五十でオーケーしたと言う。しばらく言い合ったが、少年は二人とも、あなたはそれでオーケーした、と言う。
あまりに真剣なので信じることにした。口約束である以上、水掛け論にしかならない。どこか変な所で相槌を打っていたかもしれない。慣れない英語で話している以上、否定出来ない。少年二人は、十分交代でやっていたので、五十ルピーずつ渡す。そんなことをしている隙に、クツミガキ少年は、私のサンダルのかかとにゴム板を貼っているのだった。
こら、止めなさい、頼んでない、と言うと、底が減ってる、足した方がいい、と言う。全く、、、ゴムサンダルの底にゴム板を貼ってどうするんだ、、、。私はゴム板をひっぺがした。そして本題のクツミガキを頼むことにした。少年は五十、私は十から始まって、少年の二十五、私の二十で膠着状態となった。どうしようかと思っているとアンマーの少年が、二十五がいい値段だよ、と言った。そうか、と二十五で任せた。そして、ミミカキをやってみることにした。
普通のミミカキとコンプリート(完全なる)・ミミカキがあるのだ、とミミカキ・チャンピオンは言った。完全なるミミカキってのは何だ?と聞くと、普通のミミカキより深い所のゴミを取るのだ、と言った。私はガイドブックの隅に顔を描き、普通のミミカキがここまでだとすると、と耳に線を一本引くと、ミミカキチャンピオンはその線をさらに奥に延ばした。これをすると音が非常によく聞こえるようになる。四~五年はミミカキが要らないのだ、と言った。
普通のミミカキだけ頼んだ。三百ルピーだと言う。体験者がコメントを書いた彼の手帳をめくってみる。書かれた値段はまちまちだが、三百ルピーが最低ラインだった。綿棒を耳の中で回転させたり、耳かき棒でカスを掻き出す。なかなか気持ちいい。次にチャンピオンはピンセットをそろりと突っ込んでカスをつまみ出す。ユーのミミはヒジョーにキタナイ、と言って耳カスを見せる。
両耳が終わって、完全なるミミカキもしないか?とチャンピオンは言った。音がよく聞こえるようになるのは眉唾だとしても、せっかくだから体験してみることにした。こちらも三百ルピー。両耳で?と聞くと、片耳だと言う。
両耳で三百ならやってもいい。
ノー。それは出来ない。
じゃあ、片耳だけやってくれ。
片耳だけでは不十分だ。
でもいい、片方だけやってくれ。空港税三百ルピーと、空港までの車代を残しとかなきゃならない、と言うと、何で行くんだ?と聞く。オートリクシャーと言うと、オートリクシャーでは空港まで百ルピー掛かる、と言った。宿の主人と同じ値だ。それが最低ラインであるのは確かなようだ。適当に言っている訳ではないのか、、、。
しかし、とチャンピオンは言った。バスで行けば二十五ルピーだ。バスで行った方がいい。後でバス停まで案内してやる、と言う。思いがけず七十五ルピー浮いてしまった。
チャンピオンは完全なるミミカキを始めた。カバンから何やら液体の入った瓶を取り出し、綿棒に付けて私の耳に入れた。それ何?と聞くと、ローションだと言う。それからミミカキを始めた。さっきより深いところをかかれているような気がする。鼓膜、大丈夫だろうな?と緊張しつつ、じっと座っていた。
完全なるミミカキは終わった。もう片方やるか?とチャンピオンは言った。いや、もういい、と言うと、片方だけでは不十分だ、と言った。何度かそんなことを言っているうちに、負ける、と言った。
二百でどうだ?
百ならやる、などとしばらく続き、百三十でやることにした。それにしてもチャンピオンはよく粘る。金の問題は置いといて、片耳だけの完全なるミミカキなんて、彼のミミカキ・チャンピオンとしてのプライドが許さないのだろうか?
両耳が終わって、料金を払おうとするとチャンピオンは、ルピーが無きゃ、日本円でもいい、と言った。千円を日本円で払うことにして、財布から出し、チャンピオンに言う。一ドルは今三十一ルピーだが、日本円だと三十二ルピーだ。だから千円は三百二十ルピーになる。残りはルピーで払おう。
チャンピオンはうむ、と頷く。本当は銀行で見たところ、ドルと円はほとんど同じ両替えレートだったので、ここで十ルピー浮かせることに成功した(もちろん正規ルートでの話だが)。にやにやしそうになるのをこらえて払う。
そんなことをしている隙に、クツミガキ少年は、磨き終わった安靴のかかとにさっきのゴム板を貼り付け、内側の布の破れた個所の修理を完了していた。
頼んでない、はがしなさい。
破れていたので、修理したんだ。牛の皮を使っていて、とてもいい物だ。
牛、、、牛には弱かった。神聖なる牛の皮を引っぺがすのは気が引けた。頼んだクツミガキに、牛の皮、ゴム板をひっくるめて七十五ルピーで手を打った。全く油断も隙も無い、、、。呆れて、怒って、最後におかしくなった。
大したもんだよ、、、。金を得るための彼の真剣さ(態度に表すと、ふてぶてしい、とか図々しいという表現になるが)と、そんな金は払えない、という私の真剣さ。どちらが勝つと言えば、絶対に彼の勝ちだ。私にとっては、面白い体験だった、と言ってしまえばそれだけのことなのだから。
そんなやりとりをしていると、通り掛かった人が寄って来て、じーっと見ていたり、座って話に加わったりする。
男が一人やって来た。私はアンマーなのだ、と言った。それはさっきやっちゃったから、要らない、と言うと、男は足を出せ、と言う。足の指を一本ずつつかんでポキ、ポキと鳴らす。痛くはなかったが、何故そんなに鳴るのか不思議だった。私はメディテーション・ヨガを学んだのだ、と男は言った。メディテーション(瞑想)とマッサージとどういう関係があるのか知らないが、男は私の足を揉み始めた。
要らないよ。金は払わないよ。
サービスだから、タダだ。
でもあなたはタダじゃ仕事出来ないでしょ?
うむ。だが、問題無い。
払わないことは明言したので、そのままにしておいた。ミミカキ・チャンピオンが、手帳に一筆書いてくれ、と言う。寝そべって、何と書こうか、と考えていると、アンマーの男は、背中やら腰やらを揉み始めた。ありのまま感じたことを書いた。要するに、気持ちよかった、と。金額については触れなかった。それは彼と客が交渉して決めることだ、、、インド価格だから交渉が必要です。いいと思ったら、やればいい、と書き、最後にこの文章を読む見知らぬツーリストに向かって、よい旅を、と書いた。
書けたよ、と言うとチャンピオンは、読んでくれ、と言う。彼は漢字を読むことは出来ないが、日本語を話せて、少しなら字も書けるようだった。その他に、と言って、スペイン語だかイタリア語だか、巻き舌言語を発した。全く、不思議なミミカキ・チャンピオンであった。
アンマーの男に、もう十分だよ、ありがとう、と言うと、何かプレゼントしてくれ、と言う。そう来たか、うまいなあ、と思いつつ、これはどう?とサングラスを出すと、じ~っと見ていたが、要らない、と言った。日本のお金を見せてくれ、と言うので見るだけね、と千円札を渡す。
じーっと見ていたが、これをくれないか?と言う。珍しがっているのかな、小銭は持っていないしななどと思い、いいよ、と言う一歩手前で、ハッと気付く。珍しいはずが無い。彼は当然、日本円の価値を知っているのだ。千円=十ドル=三百ルピーなのだ。ダメ、と引っ込めた。
じゃあ、ドルはあるか?と聞く。持っている現金ドルは、一ドル札で四枚だった。一枚渡すと、もう一枚、と言う。そこでまたハッと気づく三ドル=九十ルピー。だめ、と一枚引き取る。私も二ドル、あなたも二ドル、これがちょうどいい、と言うと、うむ、そうだな、と頷く。
危ない危ない。でも面白い。非常に面白い!
ルピーでは、高い、払えない、と思う金額が、円やドルに置き換えると、するっと払いそうになってしまうのだ。円やドルをルピーに替えると、わずかな円、ドルが大きなルピーになる。円、ドルは価値があると言うことだ。ルピー思考で暮らしていて、不意に円、ドルを出すと、日本で物を買うときの感覚に戻ってしまい、何気なく渡してしまいそうになるのだ。
商売が全て終わって、話をする。アンマーの男はユーノス・カーンと名乗った。歳は?と聞くと二十六だと言う。もっと老けて見えたので、本当に?と言うと、いくつに見える?と聞く。三十と言うと、ガクッと肩を落とすポーズをした。
ミミカキ・チャンピオンはシーラ・ジュディ、二十七歳だった。お前はいくつだ、と聞かれて、いくつに見える?と聞き返す。チャンピオンは、そうだな、二十三、行ってて二十四だ、と言った。当たり、二十四だ。アンマーの男は日本人女性と結婚していると言う。彼女は今日本で働いていて、この秋にインドに戻って来ると言う。不意に彼は歌いだした。
Oh my little girl、、、
アタタメテ・アゲヨー
Oh my little girl、、、
コンナニモー・アイシテルー、、、
あっ!尾崎豊だ!知ってるの?と聞くと、彼女に教えてもらったと言い、また歌いだした。アイシテルーまで来ると、またアタタメテ・アゲヨーに戻った。サビのその部分しか知らないらしかった。続きを教えてくれ、と言うので、サビを歌った。
Oh my little girl、、、
あたためて あげよう
Oh my little girl、、、
こんなにも 愛してる
Oh my little girl、、、
二人 たそがれに
肩寄せ 歩きながら
いつまでも いつまでも
離れられないでいるよ、、、
アンマーの男は、自分の手帳にヒンズー語をローマ字式に書いて、口ずさむ。何度か一緒にやるうちに、彼は歌えるようになった。インドで尾崎豊の歌を聴いて、教えて、歌うとは、、、。期待した以上のアクシデントであった。
一時半を過ぎていた。三時間以上も芝生の上にいたのだ。結局ハガキは書けなかった。
腹が減った、とアンマーの男は言った。ターリーを食わないか?食ったことあるか?と聞かれて、無い、だけど食べたいと思ってた、と答える。
アンマーと、ミミカキ・チャンピオンと、近くにあるという食堂に向かう。歩きながらチャンピオンは、日本の鍵をくれないか?と言った。芝生でリュックを開けた時、チェーン式の鍵を見ていたのだ。いいよ、と言った。日本で買った値段を、ドルにもルピーにも置き換えるのを止めた。これはプレゼントだ。こんなもんでよかったら有効に使ってくれ、、、と思った。何に使うんだ?と聞くと、家に鍵を付けると言った。暗証番号を教えると、手のひらにボールペンで書いた。
カーキ色の服を着たポリスが近づいて来た。チャンピオンと並んで、何やら言っている。鍵を渡したことで何か言われているのかと思ったが、彼の友人のようだった。
ポリスを加えて四人で食堂に入り、ターリーを注文する。大皿に、カレー二品、ダル、オニオンスライス、ダヒ(ヨーグルト)、チャパティ二枚が乗っている。二十五ルピー。
あ、ターリーは食べたことがあった、、、アグラで最初に食べて、ひどくまずかった夕食が、ターリーだったのだ。
黒い豆スープ、ダルはここでもまずくて食べられなかったが、カレーはうまかった。チャパティを付けて食べる。ここでもまた、無くなると、言えば足してくれる。いくら食べても料金は同じ。皆、素早く食べてお代わりをもらう。チャパティ四枚を食べたところで、チャンピオンは、ライス食うか?と言った。係の男に言うと、大皿にどさっと盛ってくれる。
チャンピオンは、ダルはこうやって食うのだ、とライスに掛けてくれたが、やはり苦手な味だ。せっかくの好意なので押し込み、野菜のカレーをかけて残りを食べた。ヨーグルト、ダヒはデザートに、と取っておいたが、腹がパンパンでとても入らない。一口なめてみると、、非常に酸っぱかった。
一息ついて店を出る。ポリスと別れ、アンマーの男も、お祈りがあるから、とどこへか去った。ムスリムなのだろうか?リクシャーのオヤジの名はラール・カーン。ムスリム帽を被っていた。アンマーの男の名はユーノス・カーン。共通点はカーンという名字だ。ヒンズー語のテキストに出て来たムスリムもカーンだったから、たぶん彼もムスリムなのだろう。
チャンピオンと二人になった。バスのチケット売り場へ案内する、と言った。歩きながら、ふと思い出したことを聞いてみる。映画館のすぐ脇の路上で、何かの紙きれを売っていた。チケットかとも思ったが、違うようだった。通りに同じ物が無数に散乱していた。何だろうと思って一枚拾っておいたのだ。
取り出して、これ何?と言うと、宝くじだ、と答えた。拾った時は気付かなかったが、紙を見ると、確かにDaily Lottery(宝くじ)と書いてある。一枚二ルピー二十パイサ、十枚のブロックだと二十ルピー、一等は五万ルピーと記されている。そうだったのか、、、インドにもまた、わずかな期待を持ってか、必ず当たる、当ててやる!と思ってか、宝くじを買う人々がいるのだ。外れたら路上に投げ捨ててしまうのも分かる、、、。
バスのチケットを買う。バス停は、通りを挟んだ売り場の前にあった。次のバスは間もなく来るはずだ。ツーリストやらインド人やらが集まっている。アドレスを交換してくれ、と言うので彼の手帳に住所を書いた。チャンピオンが私の手帳に自分の住所を書こうとした時、バスが来た。バスに向かいながら、チャンピオンは、問題ない、私がお前に手紙を書く。そうしたらお前は私に手紙をくれ、と言った。オーケー、と言い慌ててバスに乗り込む。座席の窓から彼が見えた。
手を振った。
グッドバイ、、、。
彼と、デリーの街に別れを告げた。
旅は終わった。
飛行機に乗れば、明日の朝には東京に着く。いい旅だった、、、。
「一週間で何が出来るのか?」と言う問いに対する答えは、「一週間でも、色々出来る」、そして次に浮かぶのは「でも短い」だ。
きっとまた来る。終わりじゃないんだ、、、。
遠ざかる街を見ながら、そう思っていた。
旅は、これからだ!
~続く~
1週間、インドで @nekomatake
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