第4話

「大体浮袋にしたってさぁ。こんな気味悪い浮袋、誰が使いたがるんだよ」

「しかも海で使って、波が来たらその波にのまれて、浮くどころか一緒に海の中だろ」

「……使えないかぁ」

「使う人が溺れて死んで、浮袋は死なないってのも問題じゃねーか」

「なぜ俺が死んだら問題にならないって話になるのだ……」


 大金どころか、小銭すら手にできない。

 お金を手に入れる方法が思いつかず、力を落とす3人。

 一人につき2匹程度の魚では、食べ盛りの3人には腹も満たせない。

 常にひもじい思いをしているこの子らは、なかなか元気を取り戻せない。


 世の中、金がすべてだ。

 などと言う言葉もある。

 確かにお金なしには何もできない。

 が、お金があればすべてを手に入れられる、とも言いきれない。

 しかし、1日3度の食事すらまともに摂れず、まともな服もなく、毎日野宿で生活しているこの3人の子供には、お金がないのは切実な問題。

 所持金を増やす以外に解決法はないのである。


「……そう言えば……お前たちは洞窟に行ったことはあるのか?」

「……洞窟?」

「ダンジョンの話? 行けるところは全部行ったわよ」

「でも、俺らが行けるところにあったらしい宝物とかは、全部大人達が持ってったらしいから何もないよ」

「ダンジョンではなくて洞窟だぞ?」


 ラルフは唐突に3人に話しかけた。

 3人からの言葉の暴力に怒ったり凹んだりするばかりの彼から、珍しく話をふられた。

 何の話か、とつまらない顔をする反面、自分達が、大人達すらも知らない金儲けの話かもしれないという期待もラルフに向ける。


「洞窟? ダンジョンじゃないの?」

「洞窟なんて、ただの横穴だろ? そんな場所のどこにお宝があるんだよ」

「あるわけないじゃない」


 ダンジョンとは、地上だろうが地下だろうが、あらゆる道において行き止まりまでのルートが迷路になっていたり建築物の内部と似通っている場所のことである。

 対して洞窟とは、上下左右の方向問わず、行き止まりの地点までは一本道という単純な構造の、主に自然の中に存在する地点である。


「お前達は知らんのか? まず洞窟というのはだな……」

「そんなことより、そんな場所にお宝なんてあるもんかって話だよ」

「そうよ! 探さなくても目に付くようなそんな場所、あったらみんな持ってってるわよ! 見つかりづらいダンジョンなら、あたし達にしか見つけられない宝があるかもしれないから行くんじゃないの!」

「見つけたのはこんなガラクタポンコツだけだったけどな」


 まるで、ラルフには発言権すらないと言わんばかりの否定の数々。

 しかしラルフは、この時ばかりは言い負かされずに発言を貫いた。

 何せラルフは今から約七百年前の人間。

 現代でも通用するなら、先人の知恵は過去のものと馬鹿にされるどころか、間違いなく希少価値である。


「確かに洞窟と言ってもいろいろある。俺が言う洞窟は、ドラゴンとか大型の魔獣の住処とされてた場所のことだ。魔物を退治して、その死体を解体して道具屋なり武器屋なりに持っていくのだろう? なぜ店が買い取ってくれるか考えたことはあるか?」


「くっだらねぇ。欲しい奴がいるから安く買い取る。で、欲しい奴に高く売る。それだけだろ」


 偉そうなことばかり言って、それ以外に何の役に立つ、と言わんばかり吐き捨てるトール。

 二人はそれに激しく同意する。

 が、ラルフはそれを否定した。


「いいや。その前に、買い取ってもらう物に価値があるかどうか、というところから始まる。そして、その洞窟の主の死体を持ち去られた後も、買い取ってくれる品物が潜んでいる。だから行ったことがあるかどうかを聞いたのだ」


 ラルフの話を理解するつもりがないのか。

 その前にラルフの話を聞く気がないのか。

 ラルフの話に三人は反応を示さない。

 だがラルフはそれに構わず話を続ける。

 聞く気がないなら聞かなくてもいい。

 だが損をするのはお前達だぞ、と言わんばかりに。


「そして、なぜ俺がお前達に洞窟のことを聞いたか、お前たちは考えるべきだ。ダンジョンではほとんど見つからない物で、洞窟ではよく見かけてた物。そしてなぜ洞窟というものができたのか、をな」

「最初からそういう穴があったんだろ?」

「ドラゴンなどが住み着いた洞窟は、最初からそんな物は存在してなかった。人が入れるくらいの洞窟は、自然の中に存在していたものもあったし、人が作ったものもあった。だがドラゴンくらいの大きい物は、人の手で作られたものはない。ましてや自然にできるわけがない」

「話がまどろっこしいのよ。何が言いたいわけ?」


 結論をはやるアイミ。

 他の二人も、やはり今すぐにでも欲しいのは大金。

 その大金に絡む話であるなら、誰だってすぐに結論を聞きたがるものだ。

 だがラルフは、順序だてて話す姿勢は崩さない。


「そのお宝が潜んでいる洞窟か、そうでないかを見分ける目も必要だろうが。洞窟ならどこにでも、誰の目にも触れないお宝があると誤解されても困るしな」

「む……」

「だったらさっさと教えなさいよ!」


 話し始めたときの、端から拒否一辺倒の三人。

 しかしラルフのここまでの話を聞いて、一刻も早くその結論を聞きたがる。

 そんな三人を見たラルフはというと、やや悲しい思いも持っていた。

 彼らにとっては古い年代の人間であるが、それでも生きていくために知恵は必要ということはに今も昔も変わらない。

 その知恵だってこの時代にも必要な物と思っていたから、その知恵が失われてしまったのか、と。

 自分の時代では自然に身に付いた知恵だったが、価値がない物、意味のない物としてその知恵が失われたのか、と。


「……ドラゴンや魔獣……いわゆる実体を持っている生き物は、必ず五感も持っている」

「五感?」

「何よそれ」


 ラルフは、年端のいかない子供らには難しい話だったか、とため息をつく。

 それでも、ここまで話を進めておいて、途中で止めるという選択はない。


「見る、聞く、嗅ぐ、味わう、感じる、ってやつだな。難しく言うと、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚ってやつだ」

「なんだ、そんなことかよ」


 子供らは、難しい言葉を言えば偉そうに見えるから偉ぶっている、とラルフを見下すような反応。

 ラルフは、知恵をひけらかす気はないから子供らの態度には妙に鼻につく。

 が、何も知らずに大人にいいようにされつづけてひねた成長をしてきた背景を知るラルフは、それもまた致し方ない、と注意することを諦める。


「その触覚ってのが重要だ。その触覚から感覚ってのが得られる。……どういうものか分かるかな?」

「感覚ってつまり……」

「えーと……」


 分かっていても誰かに説明するのが難しい、という場合がある。

 このように聞かれたときに、そういうことで答えようにも答えられないというのは、実にもどかしい。


「痛いとか痒いとか暑いとか涼しい、とかだな。うれしいとか悲しいという感覚は、まぁそれはこの話からはちとずれるからひとまずおいとこう。……で、そんなときにはどう行動する?」

「痛かったら……身を守るよな」

「痒かったら掻いたり?」

「それだよ」


 痒いときには掻く。

 それだよ、と言われても、それがどうした、としか思えない。


「我々人間は、痒いときは手で掻いたりする。犬や猫ですら後ろ足で掻いたりするが、その部分まで届かない手足を持つドラゴンなんぞはどうする? もちろん手足が届くドラゴンもいるが、手足で掻いてる間はあまりに無防備だし、力加減がうまくいかないと羽根を持つ種族はその羽根を破くこともあるから、手足を使うことはほとんどない」

「え?」

「えーと……」


 ドラゴンや大型の魔獣などは、滅多に人の目に入らない種族。

 昔は大勢いたらしい。

 が、人目につかなくなったのは、ドラゴンが人里から離れた場所を住処とするようになったのか。

 あるいは被害者である人間が、ドラゴンの群れから遠く離れた場所で済みやすいところを見つけるようになったからなのか。

 いずれにせよ、その知恵を伝達されたところで、その知恵を活かす機会がなくなってしまえばその価値も次第に下がるものである。

 ラルフは、三人からどんな答えが出るか楽しみにして待ってたが、その答えが出る気配がない。


「それはな、自分よりも背が高い崖の壁に、体の痒い所を押し当てて引っ掻いて痒みを堪えるんだよ」

「……適当な話じゃないの? それ」

「信じらんないよな」

「ありえねぇだろ、それ」


 三人は想像もつかない答えに、頭ごなしに否定する。

 もちろんドラゴンの生態を知らないから、にわかに信じられないのも無理はない。

 しかし。


「信じられないも何も、俺が生きていた頃は、そんなドラゴンや巨体の魔獣の行動は、数えきれないほど目撃してたからな。その結果どうなると思う?」


 信じられない子供らを信じさせるような物証は、ラルフは持っていない。

 だからここで、本当のことだと言い張ったところで水掛け論。

 反論したところで話は進まない。


「皮膚はやがて固くなる。それは人間でも同じだろ? マメができたり皮膚が硬くなったりする」

「あれ? 皮膚が硬くなるってことは……その壁は……」


 ラルフはにやりと笑う。

 ようやくここで洞窟の話につながるのだ。


「ドラゴンの圧力や、固くなった皮膚に削られて、壁にくぼみが生ずる。そのくぼみに体を当てる角度を変えたりして、そのくぼみのところから、更にどんどん壁が削られる」

「……それがどんどん進めば……」

「洞窟が出来上がる……」

「自分の体にあった洞窟になる、ってわけ?」

「そういうことだ。で、次はお宝の話になるわけだが、皮膚が硬くなるって話が出ただろ?」


 人間でも、何かを何度も強く握って、それと手の平の摩擦を何度も繰り返せばマメができる。

 そのまま放置して、更に同じことを繰り返せば、その部分はやがて固くなっていく。

 この三人は未経験だが、そんな状態の手をしている大人達は周りに何人もいたのは目にしている。


「ただでさえ硬い皮膚。それが一層硬くなる。さらに岩などに擦りつけられることで地面に落下することもあるし、老化や新陳代謝……皮膚の再生によって剥がれ落ちることもある。宝石のように煌びやかな物はないが、その硬さは宝石以上。それに、中には魔力が含まれることもあるから、それを加工して胸当てにしたり盾を作ったり、なんてこともあるはずだ」


 ラルフは防具関連し各地にしなかったが、武器だの何だのと使い道は多岐にわたる。

 そんな素材が、重宝されないわけがない。

 希少なものではないが、状況によっては手に入りづらい物でもある。

 探せば数多く見つかるものかもしれないが、そういうことで高値で買い取られるケースもある。


「落ちたそれらをドラゴンが踏んだりすれば、地面にめり込み、より見つけづらくなる。が、そう言った魔物の生息区域は、どうやら俺が知ってる時と比べて大分変化してるようだ。どこにあるか、なんて予想すらつかんのが……」

「ポンコツだよな」

「期待してたのに」

「こいつの骨擦って、更に固くした方がよほど高く売れそうだよな」


 情報を与えてやったのに、結局ラルフをどうこうする話に戻る三人。

 しかしその表情はやや明るい。

 生きることに希望を与えられたかもしれないことに、ラルフの気持ちに晴れやかさが見えた。

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死を迎えた元勇者、売られる 網野 ホウ @HOU_AMINO

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