第3話
「それにしても、何でこんなの連れてきちゃったんだろ」
「ほんとよね。1Gの価値にもならないなんて」
「せめて20Gくらいで売れたらなあ」
実に身勝手なことを言う子供達である。
ラルフは、あのダンジョンから出たいとも、痛みを消してくれとすらも頼んでいないのである。
痛みは、なくなる方が確かに楽だ。
しかしラルフは、そんなことは誰に頼んでも叶わないと思っていた。
叶わない願いなら、願っても無駄。
だからこそ、痛みを忘れるくらいの深い眠りに就きたいとは願っていた。
この3人は、我欲に従ってその願いに反した行動を起こした。
だからラルフは、腹立たしいやら悲しいやらで心中は穏やかならず。
しかし親、家族を全員失った三人の事情を知り、この3人に憐れみも感じつつあった。
「そんな事ばかり……」
と諫めようとするラルフだが、アイミの突然思いついた勢いで出した声に制された。
「そうだ。こいつに風呂入れさせない?」
突拍子もないことを言われると、思考が停止するもので。
話し出したラルフだけでなく、トールもザイルも、いきなり何を言い出すのかとポカンとしている。
「ほら、鳥の骨とか魚の骨とか、お湯に入れて煮立たせるとだし汁がとれるじゃない? こいつからだしを取ったら、結構数出せるかも」
「おぉ、それはいいかも!」
親のすねをかじる、という言い回しがあるが、遥かに斜め上の発想。
人骨からだしを取る、など、悪魔の発想、所業である。
「止めとけよ、アイミ」
「何でよ、トール」
その発想を止める仲間がいる。
それだけでも、この3人には救いになるはず、とラルフは胸をなでおろすが。
「うまいとは限らないし、ずっと骨だったんだぜ? ばい菌とかついてたら、だし汁どころか毒薬になっちまう」
「お……お前らなぁ……」
その良心は見せかけどころか、さらに斜め上を行く悪魔の発想だった。
しかし上には上がいるもので。
「毒薬として薬屋に売り込んだらどうかな?」
「おぉ!」
「それよ、ザイル!」
もはやラルフには、この3人の勢いを止める気力が失われつつあった。
「どんな効果があって、どれくらい効き目があるのか分からんと、誰も手を出さんよ」
止めるでもなく、もうどうにでもなれと言った口調のラルフだが、3人はその言葉に意気が下がる。
せっかくの金づるを見つけたと思ったら、実行前に幻となってしまったのだから、ラルフ同様力を落とす。
が、ラルフはその3人の様子は目に入らず、うなだれたまま。
4人が並んでしゃがみこんでがっくりしている様子はあまり見たくない図である。
何せみすぼらしい格好の3人と、皮と骨だけの異形な人間が同じ格好で重い雰囲気を醸し出しているのだから。
「……じゃあこいつに毒味させて、効能とか調べたら」
「そんなこと、誰もしたくないだろ!」
「いいじゃん! お前はもう死んでんだろ?! だったら毒の心配なんかいらないだろ!」
身も蓋もない。
さらに、死者に鞭打つ子供達。
「そんなこともしたくないなんて、じゃあ何の役に立つ気?!」
「ガラクタ、ポンコツ。ほんとこいつに何の価値があるんだか」
ダンジョンから勝手に連れ去ったのは、こんな悪態をつくこの3人である。
自分のことを棚に上げるとはまさにこのこと。
「骸骨……ガラクタ、ポンコツ……。何か……」
「ん?」
「面白いな」
「人を馬鹿にして面白がるもんじゃない……」
普通なら叱り飛ばすところだろう。
が、ラルフはその気力すら萎えていた。
※※※※※ ※※※※※
「もうこのままでいてもしょうがないから、魚でも取って晩ご飯にしようよ」
目の前には流れが緩やかな小川がある。
子供が入っても、膝より上くらいの深さ。
足が底につかないことはないし、流されるほど強い水の流れではない。
大人の腹には分からないが、子供の腹なら十分満たしてくれるくらいには、魚は泳いでいる。
「……なぁ、ポンコツ」
「……」
「ポンコツってば!」
「トール、ガラクタじゃないの?」
「どっちも違うわ!」
流石に怒るラルフ。
しかし子供らは堪えない。
「骸骨だったっけ」
「ラルフだ!」
「いいよ何でも。……魚、とってきて。お前も食べたきゃ自分の分も取っていいから」
自分のことなのに、なぜ人から許可をもらう必要があるのか。
普通に考えると、そこでも怒るところだろう。
だがラルフは、そこは違った。
「別に腹は減ってない。今まで何も飲まず食わずだったしな。……が、魚を獲るくらいはしてやるよ」
「ガラクタのくせに偉そうに」
「ガラクタ言うな!」
ラルフは立ち上がってそのまま小川に向かう。
素手で魚を捕るつもりのようだ。
道具を使う方が効率は高い。
しかし3人は特に何も言わない。
「……火の用意しないとな」
「串も見つけてこないとな」
「とりあえず、石、集めよっか」
そんな作業もラルフ一人に任せたかったようだが、それだと晩飯の時間が遅くなる。
流石に空腹には耐えられないようだ。
一方ラルフは……。
「ん……?」
小川に足を入れる。
と、意外と流れの圧が強く感じられた。
それもそのはずである。
ラルフの体は、骨と皮だけなのだから。
それどころか……。
「いかん。体が……浮く?」
川に突っ込んだ足に重心をかけようとしても、水圧の方が強いため、川底に足がつきそうにない。
「うおっ!」
バランスを崩して体全てが小川にはまってしまった。
「うお……、おおお?! お、おーい、お前たち―! 助けてくれーっ!」
子供ら3人は一斉にラルフの声がする方を見た。
小川から上がる派手な水しぶきが、ゆっくりと川下の方に移動しているのが見えた。
「な……流されるっ! 助けてくれっ!」
その様子は、例えて言うなら、ラルフにとっては地面が水、といったところか。
ラルフの体は、ある程度水の中に入るが沈まない。
だから溺れることはないが、地面とは比べ物にならないくらい安定しない。
ましてや、川上から川下へ流れている。
ベルトコンベアのようなものだが、床は水。
水面で四つん這いになるのが精一杯。
右手が沈めば左手が浮く。
右足が沈めば左足が浮く。
片側が沈めば仰向けになる。
仰向けのまま後ろ手に体を支えるように水の中に突っ込むと両足が浮く。
岸に手をかけても、手以外の体全てが川の流れに持っていかれ、手ではその流れに逆らえない。
魚取りどころではなかった。
「何なんだよ、ほんとにもお!」
「やっぱガラクタじゃねぇか!」
「ポンコツよポンコツ!」
ののしりながら小川に駆け寄り、ラルフを岸にあげる。
「……ド……どうなることかと思った……」
「泳げないなら泳げないって言いなさいよ! こっちの準備もしなきゃならないってのに!」
と言われても。
「こんな体で水に入るなんて初めてだったから、まさかこうなるとは思わなんだ……」
「入る前から分かりそうなもんじゃねぇか!」
予想もしなかった事態な上、普通の人間ではない体での体験や経験は、これからはすべてが初めてのこと。
子供らの言い分は、ラルフにはあまりに酷。
知識や知恵は大人だが、体の把握については赤ちゃん並みと言っても差し支えはない。
「お前達……少しは労わる気持ちと言うものをだな……」
「あ、そうだ。海とかで魔物に襲われて、溺れてる人達にこいつを放り込んでやったら助かるんじゃない?」
「え? えっと……それって……俺達、何か得するの?」
「人助けしたら、謝礼とかもらえるんじゃない?」
「お、なるほど、それはいい!」
「俺が魔物に襲われたらどうするんだ……」
「水の中に潜ったらいいわよ」
「潜るって……すぐに自ら浮くのが分からんかったか?」
「動きが予測できないから、襲われても大怪我はしないわよ、きっと」
「だから、そう決め付けるのは……」
子供の突飛な発想は、聞いてて飽きないものではあるが、当人には、時には針の筵である。
「バラバラになったら、浮袋の数が増えて助かる人も増えるってもんだしな」
「こらちょっとまて。人を何だと」
「ガラクタになればなるほど役に立つって、結構気楽って感じしない?」
魔物は目の前にいる3人のことだろう、とラルフは思わずにいられなかった。
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