第2話
「結局10Gにもならなかったよ!」
「連れてきて損した!」
「ご飯一日分にもならないしっ!」
動けないしゃべる骸骨を3人がかりで抱えて、無事に地上に戻ることができたトール、ザイル、アイミの3人。
しかしその口から出た文句は、誰が聞いても身勝手なものばかり。
「ひどいことを言ってくれるじゃないか。それでも血の通った人間か?」
元勇者の骸骨、ラルフ=ローヌは呆れてそう言い返すのがやっと。
「血どころか装備品だってなくしたあんたには言われたくないわよ!」
「ほんとだよ! 人の皮をかぶった骸骨のくせに!」
「……血も涙もないとはこのことか」
ラルフは3人の子供に抱えられ、道具屋に持ち込まれた。
ダンジョンには魔力が充満していたのだろう。
その力によって会話ができていたのだが、ダンジョンから出たとたんにその口数が格段に減った。
道具屋に着くころには全く喋らなくなったため、3人がどんなにしゃべる骸骨だと説明しても、道具屋はその話を信じない。
その話がもし本当なら、術士に頼んで、まずは術による人工の皮膚で体を覆ってしまおう、と道具屋が発案。
その術にも料金がかかるのだが、3人は「あんたが言い出したことだから」と道具屋に無理やり払わせたのである。
さて、その皮膚のおかげで、ラルフは体中に感じていた痛みを気にする必要がなくなった。
それと、人工の皮膚は魔力によるもの。
そのおかげで、ダンジョンの中で受けていた量とほぼ同等の魔力を保持することができ、喋ることばかりではなく五感も生前同様に働かせることができるようになった。
だからザイルの言う通り、人の皮をかぶった骸骨というのは、間違った表現ではない。
もっとも、骨の周囲を皮膚で覆っているのは、生きている人間にも当てはまってはいるのだが。
4人は、子供ら3人がねぐらにしている、郊外を流れる小川の近くの洞窟に移動している途中であった。
「にしても、元勇者なんていうから、かなりの有名人だと思ったのに……」
「まさか700年前の、しかも魔王を倒せなかった勇者だなんて思いもしなかったわ……」
「魔王を倒した勇者の死体だったら高く売れてたろうし、連れて帰ってきた俺らも有名になってたかもしれなかったのに……」
「死んだ者に向かってなんてことを言うんだ、お前たちは……」
骨と皮だけのラルフのボヤキの声に力は感じられない。
その胸のうちは推して知るべし。
「だって何の実績もなかったってことなんだろ?」
「こんな子供までそんな世知辛いことを言う世の中になってしまってたのか……」
生活に余裕がなくなれば夢を描いたり楽しいことをするなんて考えられなくなるのは、大人も子供も変わらない。
この子供らの事情を知らないラルフからは、そう思われても仕方のないことだろう。
「そ、そういえば、あのダンジョンにいた魔王はどうなったのだ?」
「え?」
「魔王、いたの?」
「聞いたことないわよ、そんなの」
一瞬の沈黙。
「何……だと……?」
ラルフが驚くが、ふと気付いた。
志半ばで倒れたラルフは、当然魔王を見たことはない。
残った仲間達がそのままダンジョンの奥まで進んで、魔王討伐に成功したら?
七百年前のことなら、あのダンジョンに住み着いていた魔王のことなど、こんな子供らが知ってるわけがない。
が、次の彼らの言葉がラルフをどん底に突き落とす。
「百年くらい前に討伐されたって聞いた」
「え? 百五十年前じゃなかった?」
「まぁ大体そんくらい昔の話だよな。英雄館に詳しいこと書かれてあったよ?」
「え?」
英雄とは、魔王と呼ばれる魔物を討伐した人物やパーティメンバー、いわゆる勇者達のことを言う。
そんな彼らの雄姿の像や肖像画、達成した偉業を後世に伝えるためにそれぞれの経歴の記録が展示されているのが英雄館という記念館である。
入場無料。入場制限なし。
だから、誰でもその偉業を知ることができる。
「そ……そんなものがあるのか……。なら、俺……俺たちの」
「お前のはねぇよ」
「あったら、名前聞いた時にすぐに分かってたはずだしね」
「勇者なのに何もできなかったんだろ? だったら英雄でも何でもねぇじゃねぇか」
辛辣な三人の言葉にラルフは何も言えなくなった。
おまけに留めまで刺された。
ラルフは泣きたくなるが、骸骨の上に人工の肌を張り付けただけの体。
涙が出る仕組みは当然ない。
「血も涙もないとはこのことか……」
「あるわけないじゃん。骸骨なんだから」
「そうそう。いくら肌を張り付けたって、それ以外は骨ばかりなんだしね」
「それに、意外と堅そうだから使い道、いろいろありそうだよな」
耳を疑い、驚くラルフ。
死んでからの七百年。
心も体も休まるときはなく、さらに自分の意図せぬ使役をさせられようとしている。
「英雄となって国民から称えられてたかもしれなかったのに……どうしてこうなったのか……」
「魔王も魔物もいなくなったら、魔物と戦う能力って必要ないじゃん」
「む……それは……そうだが……」
ラルフは何度も言葉に詰まる。
これが自分のことでなければ、もうすでに舌を巻いていることだろう。
だが、言い負かされっぱなしのままでは、この子らにとっても良くないと考える。
まず、自分に対する数々の暴言を思い返す。
普通に考えるなら、この年代の子供の発言とは思えないし、考え方もそうだ。
周りの大人達から、学びの場に限らず、日常生活の中で教わるものだろう。
それが、全く教わってなさそうな様子。
ということは。
「……お前達……家族と一緒に住んでいるのではないのか?」
「魔物に殺されたよ。家族全員」
「父さんと母さんは冒険者だったんだけど、いつからか帰ってこなくなっちゃった。お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも死んじゃって、兄ちゃん達とははぐれちゃって一人ぼっちになったんだ」
ザイルはその後でこの二人と出逢った、とのこと。
「あたしは、お金も食べ物も残してもらえてたんだけど、知らないうちに知らない大人達に持っていかれて何もなくなって、食べる物探す毎日だったわ」
「お前達……」
ラルフがもし涙を流せる体だったなら、間違いなく涙を禁じ得なかったろう。
辛い目に、酷い目に遭いながらも、自ら進んで人の道から外れることなく、子供たちなりに無い知恵を絞って工夫して日々を生き残ろうとしているのだ。
死者の持ち物を奪おうとする行為も褒められたものではないが、生きている者の持ち物とも違うし、私利私欲のためではなく生きようとする本能故の行為なら、それは仕方のないことではないだろうか。
「そうか……みんな、逞しく生き延びてきたんだな」
「あぁ、そんなのはいいから。少しでもたくさんの金生み出してくれりゃいいから」
「そうそう。でも力仕事難しそうだよな」
「でも、何も食べなくても動いてくれる感じだから、やっぱり便利な道具にはなってくれそうよ?」
ラルフから、さっきまでの涙を流しそうな感情が一気に消えて、悲しみと腹立たしさが再度湧き上がる。
「お前達には死者を弔おうという気持ちはないのか……」
「死んでから言えよ、そういうことは」
「死んでるのか生きてるのか分からない奴から言われてもなぁ」
立ってるものは親でも使え。まして他人はなお使え。
そんな言い回しがあるが、その斜め上を行く3人であった。
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