死を迎えた元勇者、売られる
網野 ホウ
第1話
ダンジョンといえば、迷路の構造をふんだんに取り入れた建造物。
人工的な物もあれば、自然にできた物もある。
何れにせよ、最深部に到達するまでには、一本道を進むだけでいいというわけにはいかない。
そんな複雑な経路が造成された建造物は悪事を生業とするならず者たちのアジト、拠点にされたり、魔物の住処になることが多い。
となれば、ならず者たちが蒐集した高価な宝物が蓄えられていたり、倒せば貴重なアイテムを落とす魔物が奥深くで息をひそめていたりもする。
その地点には、誰もが簡単に到達できるものではなく、だからこそ手に入れた財宝を横取りされることもない。
攻略の難易度が高ければ高いほど、その苦労が水の泡になることは少ない。
しかし難易度が高い分、志半ばで倒れる冒険者や、絶命と同時に一攫千金の夢を手離した来訪者の人数は跳ね上がる。
その犠牲者は大人達ばかりではなく、年齢層が低い子供らにも及ぶ。
親を、家族を失った子供らが、親族や近隣からの援助を断られるケースがある。
そんな子供らは、似た者同士の子供らとグループを作り、生活の糧を得るための探索をする。
そんな彼らには前述の一攫千金の夢などはかけらもなく、悪知恵が働く大人から逃れるための、切羽詰まった状況という現実が目の前にそびえ立っているのみ。
しかも子供の場合は、周囲への注意や周りへの配慮などを思う余裕はない。
目の前にある通り道をただ突き進み、金目の物を見つけることしか頭にない。
もしもそんな子供らに、せめて周りにいる大人達に恵まれていればこんな悲劇は起きなかったであろう。
「ちょっとトール! ザイル! ちょっと休もうよっ! あたし、もう疲れたよ!」
「わがまま言うな、アイミ! 休んで何になるんだ!」
「そうだよ! せめて宝物見つけるまでは前に行かないと!」
男子二人、女子一人の三人組が、薄暗いダンジョンの中で彷徨っている。
出入り口からはもうかなり離れていて、この三人だけで無事に脱出するには難しいと思われる。
枝分かれが多い通路。
その枝分かれと同じくらい多い、上下の階層に移動できる階段も、ダンジョンの外への脱出を難しくしている。
このダンジョンにもたくさんの魔物が住み着いている。
そこに到達するまでに、怪我らしい怪我をしていないのは、三人にとっては実に幸運。
魔物らしい魔物と遭遇することなくそこに辿り着けたのだから。
しかし幸運だけではいかんともしがたい現実が、三人の前に待ち受ける。
「もう帰ろうよお……」
「せめて宝物を見つけるまで頑張れよ!」
「どこにあるのよ。あるのが分かったからこの中に入ったのよね?」
「それは……」
三人だけじゃ持ちきれないくらいの量の宝物を目当てに、このダンジョンに潜入したのだ。
だがしかし、そんな宝物があるかどうかは分からない。
三人はただ、あるに違いない、と言う思い込みだけでこのダンジョンの中に入ってしまった。
「それに……もし魔物が現れたらどうすんの? やっつけられるの?」
「……」
「どうすんのよ! 魔物がやってきたら、あたしたち倒せるの?!」
泣き言をいう女の子。
言い返そうとするも、言葉に詰まる二人の男の子。
さもありなん。
この三人が身に着けている防具は、冒険者の装備の真似をしたガラクタ。
魔物の攻撃から身を守るとはとても思えない代物だ。
そうして三人はようやく気付く。
もしもここで魔物と出逢ったら、どうしたらいいのだろう?
ここまでずっと歩き詰め。
歩くことさえ難しくなるほど体力が消耗している。
こんなところに現われる魔物と言えば、大人だって苦戦するような力を持った者ばかり。
おまけに、魔物と戦って打ち勝てる武器もなければ技術もない。
同じ年齢の子供が普通に生活してるなら、昼寝だって必要な年ごろだ。
眠いだけじゃない。
「お腹が空いたよお……」
「な、泣くんじゃねぇよ! 俺だって我慢してんだぞ!」
「そうだそうだ! それに、泣いてたって食いもんでてくるわけねぇだろ!」
もっともな話である。
が、そもそも疲れただのお腹空いただので泣くくらいのことは、ちょっと頭を働かせれば容易に思いつく状況のはず。
それさえも出てこなかったということは、よほど切羽詰まったか、あるいは希望的観測に思いが凝り固まってしまったか。
しかし今ここでそのことについて議論を進めても、現状に変化が起きるわけでもなし。
実際空腹で動けなくなっても、食べ物を用意してくれる大人達はどこにもいなければ、満腹になって元気が出るようなことも起きない。
「もう帰りたいよお!」
とうとう女の子が泣き出した。
それまで励ましたり怒ってたりしていた男の子二人もつられて泣き出す。
空腹も眠気も我慢できていた二人の男児も、返りたくても変えれない現実を認識した途端、耐えきれなくなってしまった。
その時である。
「うるさい……。眠りの邪魔をするな……」
聞こえてきたのは、まるで地の底から響いているような声。
そして乾いた音の数々が、その道端から聞こえてきた。
子供らの泣き声は一瞬止まる。
体をこわばらせながら、どこから聞こえてるのかと目だけ動かして探る子供達。
全然分からないその声に恐怖した。
しかしその乾いた音の発生元はすぐに分かった。
そこを注意深く見ると、無数の骨が散らばっている。
「ひっ!」
子供らは怯える声を出しかけたが、それを懸命に堪える。
薄暗がりで、そんなものは今まで気にするどころか、あるかどうか分からない宝物のことしか頭になかった。
そこで初めて目にした骨。
しかし全身が露わになっておらず、所々が何かの物体によって骨の一部を覆っている。
いずれにせよ生き物の死骸であることは一目瞭然。
子供なら、そんな物体に驚くのも無理はない。
「ぐっ……! ……泣き喚かれても迷惑だ。とっととここから去れ!」
再び響く声が聞こえてきた。
道端に転がっている骸骨の声だと気付くまで、そんなに時間はかからなかった。
「ひいぃっ! 骸骨が……しゃべったあっ!」
「ま……魔物だあ!」
「助けてえ! 誰か助けてえ!」
子供らは新たな恐怖にとうとう耐えられず、悲鳴と絶叫をあげた。
「ぐっ……。帰り道なら、印をつけてあるからそれを辿っていけば、助けを求めずとも表に出られる。とっととここから立ち去れ!」
その印は、よくよく見ないと誰からも気付かれることはない。
壁と地面の間に、小さな矢印が刻まれている。
「俺がここから出るときのために、潜入する時に一定の間隔でつけてきた。お前達でも無事に戻れるはずだ。とっととここから去れ」
骸骨は通路に横たわったまま、ピクリとも動かない。
ただ、あごの関節が動くのみ。
骸骨が動くはずはない。
故に魔物と見なされても普通なのだが、それにしては随分親切なことを言う。
しかし子供らもなかなか図太い。
「こ……このまま帰ったらだめだ! 宝物、一つくらいは持って帰らないとっ!」
「脆弱なのか度胸があるか、よく分からんわっぱどもだな」
人の、いや、魔物の親切を踏みにじるふてぶてしさも大人顔負け。
生きるのに必死だと言われればそれまでだが。
「そ……その丸い板、よ、よこせ! せめてそれだけでもっ」
「そ、そうよそうよ!」
「死者を足蹴にするようなもんだぞ、それは。手を合わせるくらいの弔いの気持ちもないのか」
「死んだ奴が、何で喋れるんだよ! 魔物のくせに人間のふりしてんじゃねえぞ!」
親切にしてくれると見るや、いきなりこの態度。
子供とは言え、傲慢不遜である。
「やめい! これは俺の身を守る壁だ! 大体お前たちの方が、よほど便利な物を持っているではないか!」
「便利?」
「どこがだよ!」
「あたし達は、宝物を探しに来たの! 何もないなら、そこらに落ちてる物なら何でも持って帰らないと、何の得にもならないでしょ!」
子供らの声に、骸骨は「はあ」とため息をついた。
それもそのはずである。
「魔物魔物と言うが、俺は人間だ」
「え?」
「嘘つけ!」
「そんな人間なんているわけないでしょ!」
ごもっともである。
しかし人の話は最後まで聞かなければ、正しい情報は入りづらいもので。
「元人間、というか、随分前に死んでしまった。死んだ後もこうしてこの世に留まって、今ではこの有様ってことさ」
「だったら人間の持ち物はいらないよね! その丸い板、寄越しなさい!」
「お前ら、人間の子供じゃなくて悪魔か何かだろ」
さっきまで泣きべそをかいていた子供とは思えない言動。
そして何を言われても動けずにいる骸骨。
まさにこの骸骨の言う通り。
どっちが悪魔か分かりゃしない。
「丸い板というがな。これは俺の盾だ。随分朽ちてしまってはいるが、それでも役には立っている。が、こんなもんを持ち出したって、何の価値にもなりゃしない。それにお前たちは、もうすでにこの盾よりも高価な、そして便利な物を持っているではないか」
「こんなぼろきれのどこが高価なんだよ!」
「そうよ! 穴だらけだし、この格好だってそう! 少しでも冒険者らしくしてるだけよ!」
「そうだ! お前のその丸い板の方が高く売れるに決まってる!」
もはや追剥のレベルである。
彼らの脳内にあった一攫千金の夢はすでにない。
「何を言うか。お前達にはその肌……皮膚があるだろう。おまけにその下には筋肉もある。それ以上価値のある者なんぞないぞ?」
三人は互いに見合わせる。
骸骨の言うことが理解できないようだ。
「これでも俺は、人間だった。死んでからは体を動かせないままずっとここに留まっていた。そのうちこんな骨だけの体になった。……肌というのは、すごく価値のあるものだぞ? 水滴が当たっても痛くない。砂を浴びても痛くない。こうなってしまってからは、ずっと痛みに苛まされている。痛みが和らぐのは、深い眠りについた時だけさ」
話を続けるうちに、やや投げやりな口調になっていく。
誰も手向ける者もなく、弔う者もなし。
過去のものとして忘れ去られた者のわずかな意地のなせる業か。
「今はこんな姿だが、死ぬ間際までは勇者の一人だった。嘘だと思うなら調べてみればいい。勇者をしてた時の名前はラルフ=ローヌ。鎧をまとった戦士だったんだが、その鎧も持ちされてしまってな。憐れんだそいつらが代わりに置いてった物がこの丸い板ってわけだ。まぁこんな姿になっちゃ、一般人も勇者も変わりないんだがな」
生前どんなに功績を上げようが、死んでしまっては無残なものである。
しかもその魂は、未だに天に召されることもなく、常に痛みを感じながら、誰も足を運ばなくなってしまったダンジョンの奥深くに存在し続けている。
ましてや元勇者。
その現在の姿がこの有様である。
哀れと言うよりほかにない。
「そうだ! いいこと考えた!」
「どうしたの? トール?」
「こいつを道具屋で売ったらいいんじゃない? 一万Gくらいにならなるんじゃない?」
「へ?」
骸骨は我が身を疑った。
持ち物をすべて奪われて、装備もすべて剥ぎ取られ、挙句自身もどこぞに売られようとしているのである。
「しゃべる人形の玩具って、五百Gくらいしかしないって聞いたわよ?」
「ゼロじゃないならなんでもいいさ。ご飯代にしかならないならそれでもいいよ」
「それもそうだな。ザイル、足の方持って。アイミも手伝えるか?」
「もちろん! 任せて!」
「こら待てっ。俺の話聞いてたか? 水が触れただけでも痛い痛い痛い!」
痛がる骸骨。
しかし身じろぎ一つしないまま、子供ら三人の手によって、ようやく念願のダンジョンの出口に移動されるところであった。
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