第7話 ケルト神話

※これは2021年07月17日の記事をもとにしています。


本日はケルト神話いきましょう。くろてんといえばケルトな訳です。主人公、辰馬くんの本来の名(真名、という言い方は使いたくないです、あんまりにも手垢がつきすぎているのと、あれはエジプト由来の観念ですから)、つまりノイシュ・ウシュナハはアルスター神話の英雄「黒髪紅顔のノイシュ」からですし、実父「銀腕の暴君・魔王オディナ・ウシュナハ」の名はフィオナ神話のディルムッド・オディナから。「銀腕」というのはダーナ神話の隻腕の主神「銀腕のヌァザ」からの借用でした。「陸のケルト」の系譜である北欧神話をさきにやりましたが、本来であれば「島のケルト」であることらが先ですね。


というわけで。ダーナ神話→フィオナ神話→アルスター神話と続きますけども、まず今日はダーナ神話。ちなみに「ケルト=アーサー王伝説」と誤解しているかたが多分、ものすごくたくさんいらっしゃると思いますが、あれはケルトの神話伝説とは違います。むしろローマとかキリスト教圏から持ち込まれてケルトにあった伝説を換骨奪胎したもので、詳しくお知りになりたい方は「ブリタニア列王史」とかご覧下さい。なのでアーサー王伝説は除外。いちおう、あそこからもくろてんに借用はしてる(1幕3章、本編から数百年前の東西戦争期、伽耶聖が一戦で900人を斬った、というのは源アーサー王伝説に依拠します。だいたい作中でアーサー王の話をもってきたのはそれくらい)のですが。


創世神話

ケルトにはキリスト教やらインド・ヨーロッパ語族系のような創世神話はありません。創世がなかった、というより創生事業というものは現在進行形で行われている「現実」であり、その「第一日」が最初から最後まで、永遠に繰り返される……という考え方なのですけども、世界は今日創られたのであると同時に、明日もまた最初から創られて、終わって、またその翌日も最初から、です。


ドルイド(ギリシア人が見事な示唆をもって「哲学者」と表現した)は時間と空間、その相対性およびその内包する欺瞞について、かなり的確な認識を持っていました。『「現在の瞬間」とは今はもう存在しない過去から、未確定の未来への時間を伴わない移行である』と。無から無への、時間を超越した移行、ということになります。人間の世界とはかように不確定で、確実なものは神だけ。その中でも唯一「完璧なる者」はイルダーナフ(なんでもできる者)ことルーグ・ラファーダただひとり。で、神という完全なる前性の存在を舞台に上げるためには照応する悪(不完全性の証明)が必要になり、そこでケルト人が求めたのはこの、「完全」が「不完全」を打破する作用ということになります。ケルトの源神話としてもっとも旧いものは「海蛇の卵探し」であり、卵=性交と受精の象徴=宇宙の創成にかかわるもので、その卵の居所が海にあるのは海=生命の源であると言うね、そういうお話です。実のところドルイドが持っていたものは海蛇の卵ではなく、巨大なウニだったそうですが。海蛇の卵=宇宙卵(ヒラニヤ・ガルパ)だとすれば、インド神話やイラン神話に通ずるところが、やはりケルトにもあるわけです。ちなみにこの宇宙卵のエネルギーを持って氾濫した海を平定し大海蛇を征したのは太陽神ベレノス、別名ヒュー・カルダンといいますが、ウェールズローカルの神話なので有名ではないかもしれません。


ついでバローロンの神話になります。ある年のベレノスをたたえる祭りの日に、バローロンとその眷属は海を越えやってきました。彼らはただの荒れ地であったケルトの地を開拓し開墾し湖や川や平野を創って、豊かに変えます。この人々が最初のケルト人というべき存在で、彼らがフォモール族……悪魔と言うべき存在……と激戦を繰り広げることになりますがまあ5000年、平穏に過ごします。


しかしこれが疫病により一週間で全滅。生き残ったのはトゥアン・マッカラルという変身能力を持つ男ひとりでした。彼は神話の時代の最後まで、変身を続けて生き続けますが、最後はなんか、魚になって食われて死んだ、のではなかったかなと思います。確か。


次いでネヴェ族がアイルランドにやってきます。マッカラルは鹿に変身してこれに合流。ケルト神話には「変身物語」というたくさんの姿に変身するお話がありますが、そのベースになっています。ちなみにネヴェ族は24隻の船でアイルランドを目指したものの嵐に遭って座礁、たどり着けたのは9隻という、結構な損害に見舞われます。で、彼らがたどり着くやいなや、魔王バロール(バローロン族と似てますが、まったく別存在)とフォモール族、そしてバロールの戦士長コナンが襲いかかり、4度戦い4度目でほぼ全滅。ただしフォモール族にも大損害を与えます。


ついでフィル・ボルグ族がやってきます。彼らの王ヨッキーは公明正大な英主でしたが、やはり力を盛り返したバロール以下フォモール族に皆殺しにされる。


そしてついについに。北の海から……たぶんノルマン系でしょう……ダーナ神族、トゥアハー・デ・ダナーンがやってきます。彼らは最終的に「マー・トゥラの戦い」でバロールを滅ぼしアイルランドの正統支配者に……キリスト教によりその座を逐われるまで……なるのですが、一番最初にやったことはというとバロールやフォモール族と手を結んでフィル・ボルグ族を滅ぼすことでした。その後両雄並び立たなくなりますが、この最初期の同盟のときにダーナ神族は医学の神ディアン・ケヒトの息子キュアンと、バロールの娘エトネを結婚させました。この婚姻により「神と魔の血を継ぐ完璧な存在」太陽神ルーグ……まさしくくろてんにおける新羅辰馬くんの出自……神魔双方の血統……はこのあたりに依拠します……が生まれるのですが、それはちょっと後。


フィル・ボルグとダーナ神族の戦いは一進一退、ダーナ神族の王ヌァザはその戦中のある夜素晴らしい美女の訪問を受け一夜をともにし、実は魔女モリガンだった彼女から授かった力でフィル・ボルグを圧倒、それでも地力はあちらだったのか、フィル・ボルグの英雄スレングとの激闘の果て、右腕を切りおとされます。ちなみにこの戦の乱戦でフィル・ボルグの王ヨッキーは戦死、これによりダーナ神族はフォモール族とアイルランドを共同統治する立場を得ましたが、片腕になったヌァザは統治者としての資格を失っています。四肢を欠損しているものは王や貴族としての資格がない、というのが古代社会での考え方。差別表現だとか言われても困ります、昨今の「みんな平等でありましょう」みたいな考えは欺瞞の塊ではっきりいって吐き気がするところ。人間は差別し区別して生きる存在です。


ともかく。王権はフォモールのエラッハが犯したアイルランドの化身でダーナ神族の女王エリウが産んだ息子ブレシュに継がれましたが、ブレシュはフォモールを優遇、ダーナ神族を冷遇して父神にして魔術の神ダグザに要塞を築かせ、武神オガムには王宮で使う薪運びをさせるなど酷使します。ここでリアルな話になりますが、王が王に値しない存在であったために国が衰退し、そこにつけ込んでダーナ神族はゲリラ戦でブレシュを突き上げ、退位を求められたブレシュは猶予を求め、フォモール族に泣きつきます。


その時期にディアン・ケヒトはヌァザに銀の義手をつけました(このために銀の腕=アーケツラーヴと呼ばれます)が、さらにその息子ミァハはヌァザの切りおとされた腕をそっくりそのまま移植します。これでヌァザは王権を取り戻し、「銀腕」という異名も「佩剣クラウ・ソラス」の銀光のことを指すようになりますが、ともかくヌァザは神王に返り咲きました。しかしその裏でディアン・ケヒト、このひとは自分を上回る医療技術を持った息子を惨殺してしまいます。


そしてフォモールに泣きついたブレシュ、これが母の認知を受けてフォモールと大王バロールの援軍を得まして、このとき大戦起こる、の直前に登場するのが「ルーグ・ラファーダ(長腕のルー)」です。俺はキュアンとエトネの息子、ルーグやから登城させろ、というと、門番はどんな資格と能力を持つか、と誰何。ルーはアレが出来るこれが出来ると列挙しますが、門番は「お前の言う才能は、すでに他の神々が持っている」とはねつけるのです。しかし「ではそのすべてを一人で兼ね備えるもの(イルダーナフ)はいるのか?」と問い返すことで、ルーグは神王の前に目通りを許されました。ちなみにルーグはヌァザからダーナ神族の「マー・トゥラ」における戦いの指揮官に任ぜられますが、それは過去に一度もチェスで負けたことのないヌァザを完璧に負かせたから、だったりします。


そして始まる「マー・トゥラ会戦」。神王ヌァザはバロールの前に陣没、次いでルーグとバロールが対峙して言葉を交わすものの、古ゲール語よりさらに旧い言葉でしか記録されていないためにこの会話を読み解くことが出来る人間は現在地上に一人もいないそうです。バロールの必殺武器と言えば邪眼であり、普段は閉ざされたその巨大な瞳を見てしまった相手は何千人いようと即死してしまうと言う凄まじいもの。これはフォモール族の勇士4人がかりで開かせるのですが、これが開く瞬間、ルーグは投石機から放ったタスラムという魔弾……もうひとつブリューナクという槍もあり、どちらも必中にして必殺の武器です……で射貫き、バロールは戦死。この戦いの死者は少なくとも7000人といわれ、農耕が主体=牧歌的戦争=戦死者の数が非常に少なかった古代社会の戦争にしては非常に大きい死傷者率となりました。


最後にモリガンが登場し、ダーナ神族に祝福の魔法……バフですね……をかけると勝負は一方的となり、殲滅戦へ。オガムはフェモール王の一人インデモクと差し違え、そのため武神で力の神、而して知恵とルーンの守護者オガムは死んでしまい、ルーンの秘密はここに断たれることになるものの、戦争の趨勢は決しました。ちなみにブレシュは人間に耕作の方法とよき収穫の方法を教えて生き延びたそうですが、実のところアイルランドの土地の痩せ具合を見るにこの助言が役立ったとは思えません。


ここで直接は言及されませんが、この話はなにかというとブレシュは大地の化身だから悪行……自然氾濫……があっても結局は許すほかなく、ルーグは祖父でもある冥界神バロールを殺したことで深遠なる宇宙の秘密から手を離した、とかそういう含蓄を含むのだそうです。流石に「哲学者」が編んだ、ケルト神話。奥深い。


ついでアルスター神話。


まずクーフランは太陽神にして全知全能のルーグの息子。お母さんはコーンウォールの王妹デヒテラ。しなやかな容姿の美男子ですが戦闘時には顔が二倍に膨れあがり、太陽のごとく光り輝き、片目は細く、片目はバケモノのように大きくなり、口は耳まで裂け、脳天から光を発す……どー見てもバケモンやないかと。デヒテラからすぐ生まれたわけではなく、まず息子がいて愛情注いで育てたその子が病死するのです、不幸ながら。そして悲嘆に暮れて泣き疲れたデヒテラはコップの水を飲みますが、この中に入っていた小さな虫。これがルーグの化身した姿でした。そして解任したデヒテラにルーグは夢のお告げで「お前の腹ン中におるのワシの子やけん」と告げ、ついでに死んでしまった赤子ももう一度デヒテラの腹から産まれることになるだろうと告げて消えます。


デヒテラはストルヴという人物と結婚、太陽神ルーグのおつげにより生まれた子の名前はセタンタと名付けられ、おおくの養育係が名乗りを上げるもコーンウォール王は自分達の妹フィンコムにその役を任せます。このときとあるドルイド僧が「王侯も戦士も、みながこの子のしたことをたたえるようになるでしょう、あらゆる悪と戦い、禍を防ぎ、そして争いを解決するでしょう」と言いたたえますが、最後に「そのかわり、長生きは出来ますまい」と告げます。


7歳の時、武技と球技をあわせたような競技があって2対1でも負けなかったとされ、それを目にとめたコーンウォール王からたたえられて「宴会ひらいちゃるわ」と王の下に招かれますが、宴会自体はアルスター赤枝騎士団のクランの屋敷で行われます。このときクランは番犬として巨大な猛犬を買っていたのです……勇者10人がかりでも太刀打ちできないという、どこが犬だみたいな猛犬を……が、王はセタンタを呼びつけたことを忘れていたためにクランは犬を鎖につなぐことをせずに放置していました。


どっこいセタンタはのちのクーフラン。荒れ狂う猛犬に襲わるも逆にこれを裂き殺し、忠犬の死を悼むクランに「じゃあ僕があなたの番犬になりましょう」と約しました。というわけでこの約束からセタンタは「クーフラン(クランの猛犬)」と呼ばれて名を知られます。名付け親はコーンウォール王。


クーフランは「今日元服したら栄光を手に入れるが早死にする」と言われた日に元服、普通の武器や戦車は彼の武技に耐えられず、よって王の武器と戦車を賜与されました。


そして冒険の旅に出ますが、このときアルスター赤枝騎士団の戦士の実に半数が殺されています。主犯はネフタ・スケニュという男の息子たちで、クーフランはこいつらを探し回って皆殺し。に、したまではいいのですが戦闘欲求が高まりすぎて敵味方手当たり知らずに殺す殺人鬼となり、ために女性の裸を見せて彼が顔を逸らした隙にアルスターの戦士たちがこれを拿捕。3つの桶の冷水に彼を突っ込み、一つ目は瞬時に沸騰して割れ、二つ目は煮えかえり、三つ目でようやく、お湯になってクーフランは平常心を取り戻したというそんな話。


その後、ただの戦士では役に立たぬということで武芸と戦術の深奥を極めます。師匠は影の国の女王スカサハ。このとき、全ての技を相伝された証として魔槍ゲイ・ボルグを授かりました。


影の国から帰るとクーフラン……というよりコーンウォールがクノートの女王メイヴの侵攻を受けます。メイヴの目的はドーン(夜明け)の名を持つ「クーリーの雄牛」で、夜明けを巡る「太陽と昼」のクーフランと、「闇と夜」のメイヴの闘争という側面を持ちます。最終的に戦争は和睦で終わりますがメイヴの恨みは深く、クーフランに倒されたガラティーンの六人の息子らに魔術を授けてクーフランを幻惑させ、さらにはドルイド僧を使ってクーフランの必殺兵器ゲイ・ボルグを借りる……というか盗むことに成功。敵は「この槍は王を貫く」と呪いしてゲイ・ボルグを投擲、最初は御者の王レーグにあたり、ついでクーフランの遭い馳せマッハ、その次とうとうクーフランの脇腹を貫いて致命傷を与えました。さらになお戦い続けるクーフランの命を絶ったのはクノートの勇士レウイですが、この男はのちにリ・ウィ河畔の戦いでクーフランの親友「勝利の」コナルによって討ち取られます。


やはりクーフランだけで長くなりました。ノイシュまでやりたかったんですが、とにかく「優雅で優美、品格あり、狩りに際しては俊敏、戦いに明いては勇敢で、烏羽の黒髪と白鳥の肌、そして仔牛の血のような赤い頬」を持ち合わせ、王女ディアドラとの道ならぬ恋で知られます。最後は王の嫉妬によりノイシュとディアドラは別々に葬られるんですが、そこからはえたイチイの木が互いを思い合うように絡み合った、というお話。ところどころちがいはありますが、たぶんトリストラム・シャンディの元ネタになってるんだと思いますこのお話。だから悲恋物語として最高水準。


ここまでが2021/07/18まで書いたエッセイ分。

ここからケルト神話のラスト、フィアナ神話となります。今回フィンとオシァンの二人は絶対必要として、ディルムッド・オディナも語りたいですが……先日のノイシュみたいに竜頭蛇尾で終わる予感も。


ともかくまず、フィン・マックールことディムナ・フィン。この名前すごい有名ではありますが、フィンというのは「美しい、美貌の」という意味で、自分の顔が大好きでそう名乗っていたという、相当のナルシストです。ナルキッソスか。実際金髪の腰まである長髪で、肌は白く、神々しいまでの美貌であったと伝わりますが。ちなみに母マーナは神王ヌァザの孫に当たるので、フィンもまた神的英雄でした。いやまあ、「ケルト民話物語集」という作品があってその中でフィンは頭でっかちのもやしっ子でクーフランに喧嘩売られて腰抜かすとか、そういう説話もたまーに、見受けられるんですが、一応は堂々たる「フィアナ騎士団」の団長。


師匠はフィネガス。といっても武芸のではなく、知恵の方です。ボアーン(ボイン)川ほとりに住むドルイド僧、フィネガスは全知を与える「知恵の鮭」を7年間探していましたが、これを見つけて喰ったのがフィン。フィネガスは「お前、ディムナゆーたばってん、他に名前は?」フィン「フィンゆわれとります」この名前にフィネガスは大いに驚き啓示を受け……フィネガスは知恵の鮭のことをフィンと呼んでいたので……「お前は聖なる知恵の人になるんや!」と改めて鮭をフィンに与え、それによってフィンは勇気プラス知恵までをも身につけたというお話。


父クール(故人)の地位を継ぎたいと願ったフィンは父の仕えたターラ王の元に単身、向かい、その放胆からターラ王より騎士に叙任されます。こののち人々を苦しめる妖怪……竪琴の音で眠らせ、炎の吐息で焼き殺すというバケモノ……がターラを脅かし、フィンはこれを討伐してフィアナ騎士団の頭領に任命されました。このとき使われたのが「魔の槍」というもので、たぶん原語では「○○ボルグ」とかそれに連なるものだと思われますが、これは必中必殺、ということではなく「竪琴の魔力を払う」ために使われました。かくしてフィアナ騎士団団長となったフィンは男には寛容、女には優しさを示し、万民に暖かみを向ける騎士団長としてフィアナ騎士団を最盛に導きます。詳述は避けますがフィアナ騎士団入団試験というのは非常に厳しい上、それを優雅に独創的に決めなければならないとあってなかなか、なれるものではなかったとのこと。


ちなみにフィンは二匹の猟犬ブランとスコローを飼っていましたが、この二匹はフィンの母の妹チレンの子です。妖精に一方的に恋情を向けられたチレンは魔法で犬に変えられた上でレイプされ、この二頭を産みました。まあともかくこの二頭がフィンをある場所に連れて行きます。そしてフィンが気づけば美しい女性が。女性の名はサヴァ、妖精の求愛を断ったため鹿にされた女性でしたが、フィンに遭うことで……じっさいもっと細かい条件ありですが……呪いが解けるとされていてここに解呪されたわけです。事情を聞いたフィンはサヴァに惹かれ、同情もあり、求愛してやがて二人は結婚。フィンが七日間戦場に赴く間にサヴァは偽物のフィン(妖精が化けた)に連れ去られ、七年が経過。サヴァは貞節を守って自分とフィンの間の子を育て抜き、フィンはようやく自分の息子に巡り会いました。この子がオシァン(子鹿)です。もうひとりファーガスという息子もあるのですが、戦士として勇敢でフィアナ騎士団の語り部としても有名なのがオシァン。そのものズバリで「オシァン」という、オシァンその人の口述によるとされる、ケルト・フィアナ騎士団の問答集みたいな著作があるくらいです。


ちなみにフィアナにはディルムッド・オディナという騎士がいて、美貌と勇敢を兼ね備えた理想的な騎士でしたが、フィンが後妻にと見初めたコルマック・マックアート王の娘グラーニャと駆け落ち(当時祖父さんになっていたフィンを嫌って、グラーニャの方からディルムッドを口説いた)しますがフィンはここで寛容さをかなぐり捨てて執拗に二人を追跡、ディルムッドを殺し、グラーニャを妻とします。いやまあ、そうなるまでグラーニャはディルムッドと自分の息子たちにフィンの命を狙わせたりするんですが。


ディルムッドの話はさておき、フィンの息子オシァンです。母は前述通りにサヴァで、シーという、妖精というか半妖精というか? そういう存在でした。妖精で悪のドルイド僧ドゥル・ヴァハによって鹿に変えられたサヴァを、フィンが救って妻にしたのは前述通り。


成人したオシァンはフィアナ騎士団最高の詩人にして最強の騎士の一人になり、フィアナ騎士団がほろびさらにずっとずっと時間が経ってキリスト教の聖パトリックに出会うまで長生きすることなります。これについては後述。


フィアナ騎士団の最激戦と言われるガウラの戦い、これにも生き延び(息子オスカーはここで戦死)たオシァンですが、このとき妖精の女王ニャヴという女性が、オシァンを迎えに来ます。妖精の国……正しくは常若の国であるティル・ナ・ノーグの主マナナン・マク・リルが、娘婿に王座を奪われるという予言から美しいニャヴをブタ顔の女性に変えていましたけども、オシァンと結ばれれば呪いは解けるという条件がついていました。本質を見るオシァンは彼女を受け入れ、たちまちニャヴは本来の美貌を取り戻します。


本来の姿に戻ったニャヴを見て、オシァンは一発で参ってしまい、そしたらニャヴは「一緒にティル・ナ・ノグにいくことをあなたのゲッサ(誓い=ギアス)とします」ということで常若の国に行くことに。ちなみになんでダーナ神族がティル・ナ・ノグなんて僻地というか隠れ里に住んでいるかというとこの時期、ダーナ神族はミレシウス族……おそらくはローマ=キリスト教圏の種族と思われます……に排斥され、この時期から旧来のケルトの神は「妖精」に堕とされ、かつてあったケルト神話の代わりに押しつけられたのがアーサー王伝説、という流れが始まりつつありました。かつての神々は敗れてひっそり隠れ住む時代になっていたのです。世知辛い。


さまざまな冒険を経ながら、オシァンとニャヴは3年、一緒に幸せに過ごしました。しかしオシァンの心の中にはやはり、父フィンや仲間の騎士たちの様子を知りに戻りたいというものがあり。ニャヴもオシァンの真摯な願いは断れずこれを聞き入れます。ただし、「白馬から絶対に、足を地に着けてはいけません」というゲッサを付け加えますが。そしてオシァンは3年ぶりに地上(エリン)に戻るのですが、地上では300年間が経過していたという、浦島太郎状態。そして人々が大岩を動かそうとして苦闘しているのを見たオシァンはきやすく彼らを助けようとして、足を地に着け。その瞬間300年分の時間が経過して老人になってしまいます。で、このときすでにアイルランドを征していたキリスト教の聖パトリックが彼と出会い、オシァンの後述を元にありし日のフィアナ騎士団の様子を著した、とされています……けれども聖パトリックが実在ではないという説がかなり強く、アイルランド人が過去の栄光を伝えるために創作した架空の人物といわれています。それでも「オシァン」の文学的価値が下がるものではないですが。


以上早足でダーナ神話、アルスター神話、フィアナ神話でした。他にもブランウェンの話とかタリシエンの話とか語りたいところはたくさんありますが、その辺は原書房「マビノギオン」なんかをお読み下さい。

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世界神話考 遠蛮長恨歌 @enban

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