真夜中の喫茶店

香ノ朱

第1話 オススメ


カチカチ. . . カタカタカタ


他人の気配が消え無機質なタイピング音だけが響くフロア。


カタカタカタ


「. . . はぁ。もうこんな時間か。」


23時59分。壁にかけられている時計を見て溜息をこぼす。

髪留めを外しながら、いつ買ったかも忘れたコーヒーに手を伸ばした。


「今日も残業かな。...お店のコーヒーが飲みたいなぁ。」


カチ


欲心を口にすると同時に時計の針が0時を指した。


「え。え、何これ」


目の前のパソコンに”招待状”と書かれたレター画像が表示されていた。


「待って待って⁉招待状って何。私のデータどこいった⁉」


残業までして彼女がまとめあげた努力の結晶データを写さず

アンティーク柄の”それ”を写し出した。


「招待状って何への. . .?何かのウイルスだったりして。」


マウスを操作してレターの部分をクリックする。

その瞬間画面が白く発光しだした。


「う、噓でしょ⁉爆発でもするの⁉ . . .って”お待ちしております。”?」


やがて光はフロア全体を照らし消えた。




リリーン。


数秒後、鈴の音が耳に溶け込む。


彼女は突然の未知の体験に腰を抜かす。

見渡す限りココは喫茶店のようだ。

濃いブラウンで統一された店内に、古く味のある無数の本。


どこか落ち着く雰囲気がある。

ようやく立ち上がった彼女は近くの窓に視線をずらす。


「わぁ。」


驚きと共に目を奪われた。

窓の外には星が散らばっている。

果てしない銀河。日々の生活では目にできない宇宙が広がっていた。


「凄い。. . .でもなんで。」


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」


身に起きている事に困惑していたとき

後ろから声をかけられた。


振り返るとそこには

眼鏡をかけ、優しい笑みを浮かべた白髪はくはつの男性が立っていた。


「あ、あの貴方が私を. . .?それにココってどこですか?

 私さっきまで会社で仕事を. . .。」


今まで起きたことを説明しつつ回答を待つ。


「失礼致しました。困惑なされているようですね。

 まずココは喫茶店に御座います。」


「喫茶店?」


「ええ。真夜中の喫茶店。そう覚えて下さい。

 そしてわたくし当店ココのマスターをしております。」


男性は執事のような構えでお辞儀をした。


「おっと。失礼いたしました。

 どうぞこちらにお座りください。」


まるで本物の執事かのように

手を引きカウンター席に案内をした。


彼女は案内されるがまま席に着き

マスターと名乗る男性はカウンターの中に入り向かい合う。


「あのそれで私はなぜ喫茶店に?

 何が何やら . . .。」


コト。

目の前におしゃれなカップがいい匂いと共に置かれた。


「. . . 珈琲。あ、あの」

「冷めないうちにどうぞ。」


マスターは言葉を遮るように勧めてきた。


恐る恐るカップを手に取り口をつける。


「!お、美味しい!マスター凄く美味しいです!」


深いコクと癖になる苦味が押し寄せてくる。


「フフ。それが願いでしたか。」


微笑み、彼女に投げかける。


「え。それはどういう。」


マスターは珈琲の入ったカップを持ち上げた。


「お客様は招待状を受け取る前に何か願い事や欲心を口にしましたか?」


その質問を聞き思い当たる節を見つける。


「あ。確かお店の珈琲が飲みたいって言った。」


確かに言葉にして言った記憶がある。


「真夜中。珈琲。願い。そして言の葉。これらが同時に重なる時、

 時の力によって真夜中の喫茶店は現れるのです。」


「え、え。そんなファンタジーな。」


マスターの言葉に疑いを持つ。

しかし現に違う場所に来てこの目で銀河を見た。

窓の外を見て思う。


「本当にあり得るんですね。こんなこと。

 でも真夜中って具体的な時間帯があるんですか?」


真夜中と言っても一般的には午後11時から深夜3時を指す。

大まかな時間帯を表す言葉である。


「そうですね。真夜中であればいつでもいいというわけではないのです。

 厳密に言いますと、最も夜がふける頃。深夜0時を指します。」


「そうか。私0時ぴったりに珈琲を飲みたいって言ったから。

 凄い。そんな偶然があるなんて。」


「いいえ。偶然ではなく必然です。人生において奇跡はあったとしても

 偶然はないと私は思います。」


マスターは先ほどまでの笑みを消し真剣な表情を見せた。


「偶然ではなく必然。. . .じゃあ私が毎日重たい仕事を回されて、

 到底一人では捌けない内容なのは偶然じゃなくて必然なのかな。」


ポロリと出た弱音は今まで口にしてこなかった言葉で。

やけに心音がうるさく感じた。


「あの、私帰り、

「お客様はカクテルはお飲みになりますか?」


またもや言葉を遮るマスター。


「ココはアルコールも置いてまして。カクテルが一番の売りなんです。

 折角お越し頂いたのでどうでしょうか?」


優し笑みで聞いてくるマスターに

心地良い何かを感じる彼女。


「じ、じゃあオススメを。」


「承りました。少々お待ちを。」


カクテルができるまで先程の言葉が脳内を巡る。

今まで我慢してきたものが溢れ出そうになる。


「お待たせいたしました。お客様カクテルで御座います。」


出されたカクテルは初めて見るものだった。


「わぁ。凄い綺麗な青色。白や紫もある。」


普通のお店では出てこないであろう。

煌びやかでどこか大人しい印象だ。


「こちら ζ・Hydri ゼータ ヒドゥリーになります。」


「ゼータ ヒドゥリー?初めて聞く名前。」


「当店ではカクテルの名前は星から付けております。

 ζ・Hydri 。星座で言いますとみずへび座。」


聞いたこともない言葉はかりで戸惑う。

マスターに見守られながら飲む。


「美味しい。甘すぎずさっぱりとしててでもしっかりと味が残る。」


今までのどのカクテルよりも美味しく

記憶に残るものだった。


「お客様。ご存知ですか?星言葉というものを。」


「花言葉みたいな感じですか?」


首を傾げ聞き返す。


「ええ。星にも意味ある言葉が存在いたします。

 そして、お客様のカクテルの星言葉は . . .

【強い精神力と真面目さ】です。」


「!. . .ッう゛」


マスターの言葉を聞き我慢していたものが

溢れ出た。


「わたし、わたし仕事むいてないんじゃないかって . . .

 がんばっても意味ないんじゃないかって。

 それでも早く一人前にならなきゃって」


スラスラと今まで喉の奥で引っかかっていたものが

流れ出ていく。

アルコールのせいにしてもいいだろうか。


「お客様はもっと人に甘えてもいいのでは無いでしょうか。

 ゆっくり自分のペースで。

 星の光も今見えているのは何光年も前の光なんですよ。

 すぐにではなくとも届くのです。大丈夫ですよ。」


マスターの言葉を聞き体の重荷が無くなった気がした。

かすむ意識の中優しい笑みのマスターと

残った ζ・Hydri が淡く光っているように見えた。




「. . .。お . . .ぃ。」


声が聞こえる。


「 . . . おい!」

「はっはい!って部長⁉な、なぜここに。」


目が覚めるといつものフロアに戻っていた。

デスクにうつ伏していたらしい。


「書類を忘れてな。お前は残業か?0時回ってるじゃないか。

 程々にな。根詰めてもだめだぞ。それじゃあな。」


部長の言葉に反応して時計を見る。

0時2分を指していた。


あの時間は夢だったのだろうか。

こちらでは数分しか立っていない。


「時の力。」


「何か言ったか?」




 『お客様はもっと人に甘えてもいいのでは無いでしょうか。

  ゆっくり自分のペースで。』




「あの部長。仕事についてご相談が。」














今夜のご注文は . . . 【 ζ・ Hydri ゼータ ヒドゥリー

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