ないりの祝福⑤
柚姫ちゃんは次の週から元気に登校してきた。
風邪というのは本当だったみたいだ。何もなくて良かった。
どうしてこんなふうに思うんだろう。何もないって、柚姫ちゃんは風邪だったのに、なんだかそれが、とても不思議なことのように思えるのだ。どうしてかは、分からないけれど。
そもそも、なんだか先週までの記憶が曖昧だ。
絵麻ちゃんとミキちゃんとで「ふれあいの丘」のおまじないの話をしたことは覚えている。それに、何かの約束をしたことも。
二人とも、おまじないの話さえ覚えていないらしい。だからきっと、私が夢でも見たのだろう。
「あら、横沢さん、なんのお勉強?」
秋野先生がいつの間にか私の横に立っていた。
「あ、これは子供用の聖書の勉強の本で……英語で書いてあって」
「素晴らしいわ! 横沢さんは英語もできるのね。何にだってなれちゃうわね」
秋野先生の顔を見つめる。先生は笑顔で手を叩いている。
私は知っています。きっと、本当に何にだってなれる。
私は恵まれている。クラスの誰よりも。
ありがとうございます、と言ってから、私は帰り支度をする。
今日は一旦家に帰ってから宿題をして、塾に行かなくてはいけない。
でも、その前に。
「先生、さようなら」
「はぁい、また明日」
校門を出て、右に曲がる。
しばらく歩くと、小さな丘が見える。
ふれあいの丘には、今誰もいない。
丘の一番上に生えたヤマモモの木には、大きな穴が開いている。
薄目で見ると、ハート形に見えないこともない。
手を差し入れてみると、土がしっとりと湿っている。
私は教会のパンフレットに載っていた彼の写真を奥に入れる。
外から見えないように。気付いた誰かが取り出さないように。
「ずっと一緒にいられますように」
ざわざわと風が吹いて、鳥が一羽、飛び立っていった。
『漆黒の慕情』読了後にお読みください。 芦花公園 @kinokoinusuki
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